「 增税と行政整理 」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「 增税と行政整理 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 增税と行政整理 

增税は實際の必要とするも國力薄弱にして取る可きの税源に乏しければ如何ともす可らず出來ざる相談なれども目下我國の事實は然らず國力の豐なるは何人も認むる所にして增税の實行誠に容易なる其次第は差當り數字の上に現はれたる二個の事實に徴して明白なる可し第一は貨幣下落即ち物價騰貴の事實にして例へば地租の一事に就て云はんに明治何年その税率を地價百分の二個半と定めたるは既往幾年間の米價と平均して田地の價を割出し其價の二分五厘を課したるものなり而して其當時に於ける貨幣の相塲を如何と云ふに金銀の價、正しく同格にして其間に一厘の差異をも認めず即ち其二分五厘の税は金にて拂ふも銀にて拂ふも同樣なりしものが近年來金銀の比較著しく變動して止まる所を知らず貨幣下落、物價騰貴の相を呈したるは正に今日の實際にして試に金貨一片を把て銀貨に比較するに其價は恰も二倍以上に當るを見て其變化の異常なるを知る可し左れば田地の價の如き當時に比すれば倍以上に騰貴したるは明白の事實なるに地租率は依然舊のまゝにして恰も金貨にて約束したるものを銀貨にて拂ふ姿なりと云ふ人民は實際に租税を半减せられたるものに異ならず單に地租のみならず酒税なり所得税なり貨幣下落の爲めに自から輕减の實を呈したるは孰れも同樣の次第にこそあれば此際更らに税率を高むるも實際に差支はなき筈なり第二に實業の發達は是れ又實際の數に明白にして國力の富實を示すものなり例へば鐵道の如き既に二千哩以上に達したりと云ふ其鐵道は以前には全く無かりしものにして新に國の富を添へたるに外ならず其他各種の製造工業を見れば孰れも鐵道と同樣、近年來新に起りたるもの指を屈するに遑あらずして孰れも國富の源を成したるは商賣貿易の進歩に徴するも明白の事實にこそあれ左れば今の國民が納税力に乏しからざるは何人も認むる所にして苟も國家の必要とあれば國民は固より增税を辭するものに非ず否な甘んじて之を負擔することならんなれども政府が此塲合に臨みながら尚ほ决斷すること能はざるは畢竟自家に成算の定まりたるものなくして一般の信用を博するに足らざるが爲めのみ喩へば町内の祭禮を催ほすにも其祭禮は斯く斯くの趣向にして云々の躍りを催ほし云々の山車を出し又從來の神官は既に老朽して役に立たざるが故に之を放逐して更らに他人を聘したり樂人も同樣、別に雇入れたるに付ては若干の費用を要する筈なれば有志者の寄進を願ひたしとて其次第を明にしたらんには町内の人々も安心して寄進に付くことならんなれども若しも然らず單に之祭りの爲めとて費用の徴集に奔走するときは又も例の若者共が飲食の爲めなる可しとて之に應ずる者はある可らず今の政府が今のまゝに何事も爲さずして增税を要求するは町内の若者が單に之祭りの爲めにとて寄進を募るに異ならず金はなきに非ざれども何の爲めに使用するか其使途も分明ならざるに誰れか進んで之に應ずる者あらんや左れば政府に於ては果して增税の覺悟ならんには先づ自から奮發して實際に腕前を示さゞる可らず即ち行政整理の如きは自から實行を宣言して自から着手したる所なれば先づ此一事より片付くるこそ肝要なれ今の官吏中には老朽の神官もあらん無能の樂人もあらん速に斯る輩を淘汰して颯々と新人物を登用し部内の始末を始めとして之祭りに取掛る可し其趣向にして妙ならんには人民は敢て費用の寄進を辭するものに非ず增税の斷行甚だ容易なれども政府の創立以來殆んど一年、何事も爲さずして單に增税を云々す其增し得たる收入は如何なる事に使用せんとするの覺悟なるや國民は立國の大勢よりして增税の實際に止む可らざるを認めざるに非ずと雖も今日までの體たらくにては何分にも之に應ずるの安心を得ざることならん當局者の决斷、目下の急なりと云ふ可し