「圓銀處分法の改正に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「圓銀處分法の改正に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

圓銀處分法の改正に就て

一時倫敦市塲に於て二十三片臺に下落したる銀塊相塲は近日に至りて再び二十七片臺に騰貴したり僅か一二ヶ月の間に斯る變動を來したるは金價の動搖に因るものなるか將た銀價の動搖に因るものなるやは金貨國と銀貨國との物價を調査するの餘日なき今日に於て之を知る能はざれども兎に角に斯く金銀價の〓〓甚しき〓に殆んど市價に近き〓〓比價を以て金貨本位を實施するは〓〓〓極にして銀價下落して金一に對し三二、〓〓〓〓の相塲を示さんには海外に流通する圓銀は數〓〓して内地に歸來し政府は其引換の爲めに多少の損失を免かれざるのみならず歸來の銀額多くして國内の金貨を驅逐すること甚しければ或は經濟社會に不安を懐かしめて意外の變を見るやも知る可らず又その反對に銀の價が法定の比價以上に騰貴することあらんには圓銀の引換を申込む者なき其代りに政府は補助貨鑄造の材料を得るが爲めに騰貴したる銀塊を購入せざるを得ず而して若しも金に對して二八、七五以上の相塲を示すに至れば如何に巨額の補助銀貨を鑄造するも地金として續々海外に輸出せられ左なきだに欠乏の憂ある補助貨はいよいよ欠乏して經濟社會に非常の不便を與へざるを得ず要するに是等の結果は市價に彷彿たる法定比價を以て金貨本位を實施するが爲めに生ずるものにして金貨本位の實施後尚ほ圓銀を無制限に法貨として流通せしむる以上は比價の變動する毎に圓銀の自由鑄造を停止したる範圍内に於て世界に對して恰も複本位の作用を爲すものと云はざる可らず比價の變動甚だしき今日に際し政府が法律の許す限り成る可く速に圓銀の通用を禁止せんとするは其通用期限の長きに從て政府に損失を招くの危險いよいよ大なるを以て右の複本位の作用を制限して此危險を少なからしめんとの意に外ならざる可し元來金貨本位ほ實施に當り在來流通の銀貨を盡く引揚げ之を鑄潰すは全く無用の業にして銀貨の自由鑄造を停止して其流通高を制限し金に對して相當の價を保たしむれば無制限に法貨として金貨と併行せしむるに難からざるは亞米利加拂蘭西獨逸其他の現状に徴して甚だ明なるに我貨幣法の法定比價は殆んど市價に等しきを以て假令ひ銀貨の自由鑄造を停止して其價を保たしめんとするも市價に多少の変動あれば直に其影響を免かれざるが故に鑄潰の損失如何に拘はらず圓銀の通用を停止して引換を了るの必要を生じたるものならん左れば弊害の根源は本來法定比價の當を得ざるに在り通用期限の如き枝葉の問題に過ぎざれども枝葉の改正尚ほ無きに勝れり貨幣法の規定通り勅令を以て通用禁止の旨を公布し六ヶ月後に於て斷然通用を禁止するは別段差支なしとして通用禁止と共に政府は成る可く圓銀の引換猶豫期限を長くして苟も金貨と引換ふるを得る圓銀は遺漏無く其引換を全うするの覺悟こそ肝要なれ從來政府にて發行したる圓銀の總額は一億六千五百十二萬四千餘圓にして其幾分は通用停止後當然政府に於て引換へざる可らざるものなるに若しも昨今風説の如く政府が引換の期限を三ヶ月に短縮せんには地方の人民中には通用禁止の布告は勿論引換期限の如何をも知らざる者も少なからざる可ければ引換の機を失して期限後は地金として取扱はれて意外の損失を被むる者ある可く又海外に流通する分も短日月の間には容易に取纏めて引換の請求を爲し難ければ矢張り同樣の損失を免かれざる可し政府が刻印を印し一圓として流通せしめ人民も一圓として受取りたる貨幣が幣制改革の結果として一圓の價格を失ふが如きは人民の既得權を害するの甚だしきものにして今後銀價にして騰貴すれば兎も角も更らに下落の塲合に通用禁止と共に非常に引換期限を短縮するときは到底右の不公平を免かれず政府の處置として斷じて行ふ可らざるものなり幣制改革の目的は要するに政府の利益より打算し之に〓て外資の移入を容易にし為換相塲の變動より生ずる金貨仕拂の增加を防かんとの主意に出でたるものにして人民の利害の如き深く顧みる所に非ざれば引換期限を短縮するが如き己れに便利なりと知れば遠慮なく之を行ふことならんなれども枝葉の改正の爲めに人民既得の權利を害するが如き決して策の得たるものに非ず左れば複本位の作用を制せんが爲めに圓銀處分法を改正するの必要ありとするも成る可く引換の期限を長からしむこそ至當の處置なる可し