「開放主義今一歩を進む可し」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「開放主義今一歩を進む可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

開放主義今一歩を進む可し

官民の隔壁を破て聊か人民に近きたるは今の政府の特色にして人に接するにも自から空威張り少なきのみか是迄は秘密として容易に語らざりしことも颯颯と公にして憚らざるの色なきに非ず例へば日露恊商條約を發表し日布談判の模樣、日米交渉の始末等も大抵世に示さざることなし又閣議の如きも特に秘密を要するものの外左まで世間に洩るるを厭はざる其趣意は盖し國民に喜憂を分たんとするものにして時としては反對派に非難の材料を與ふるの不利なきに非ざれども政府が國民の意向を察し又國民をして國事を思はしむる其効能は甚だ内なる可し左れば開放主義は我輩の喜ぶ所にして更らに大に歩を進めんことを望む其次第を述べんに政府の書類中には世に公にして何の差支もなきに拘はらず尚ほ秘密として保たるるもの少なからず例へば目下の財政事情を知り且つ來年の豫算を議するに昨今兩年度收支の現状を知るは極めて必要にして今日までに收入の内、經常は何程、臨時は何程、地租、酒造税、所得税等は何程、又歳出の内軍艦製造費は何程、兵營建築費は何程、鐵道電信等の事業費は何程など細に公示したらんには其便利一方ならざる可きに當局者は只前月までの收支總額を示すのみ國庫原簿の詳細は容易に語ることなきが如し未定の財政計畫ならば或は秘密の必要もあらんかなれども既往の入金、支拂を示すに何の不都合かあらんや又議會に提出する議案の如き當局者は秘密に調査して突然持出すの例なれども是亦然る可らず議會の會期は甚だ長からずして議す可き議案は山の如し如何に勉強するも一一十分に調査して可否を熟議するの遑なし是に於て往往盲判を押すことあり又或は議了に至らずして空しく廢案に歸するもの少なからず遺憾の至にして其遺憾なからしむるには豫め議案を示すに若かず新聞紙が前以て之を記し其利害を論ずれば議員は議塲に入るに先ちて篤と其得失を考ふるの猶豫あり且つ之に對する世間の意見をも十分に聞くことを得て議事の進行も自から速なる可く盲判の憂も亦少なかる可し且つ政府の側面より見るも豫め國民の意向を知るは大切のことにして艱難辛苦、竊に案を作り是れならば大丈夫賛成を得べしと信じて不意に提出したるに案外非難の聲喧しくして脆くも廢棄せらるるが如きは徒勞を勞して不體裁を犯すものにこそあれ寧ろ始めより提出せざるに若かず例へば今回提出す可しと云ふ職工條例の如きも遠慮なく世間に示して識者又は當業者の意見を徴し其意見にして尤もなるか或は反對の聲高くして到底通過の見込なきに於ては斷然見合はす方得策なる可し何か政略問題ならば不意打も或は必要ならんかなれども通常の問題は一切打明けて何の差支もある可らず或る點に於ては既に開放主義を執りながら是等の事■(てへん+「丙」)に付て躊躇するは我輩の了解に苦む所なり