「政府の立脚地」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「政府の立脚地」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政府の立脚地

縱横に策略を廻らし八方に愛嬌を賣り以て巧に人心を籠絡せんとするは才子の事にして細事に頓着せず大膽に决斷するは武人の長所なり今の政府を見るに策士もあり才子もなきに非ざれども其柱石たるものは武人にして自から文思に乏しきことなれば緻密なる細工は其長所に非ず得意とする所は寧ろ活溌果斷に在る可し而して今の時勢は恰も第二の維新にして退ては行政を改革し進んでは新事業を經營せざる可らず此間に最も必要なるものは决斷なり行政整理とは從來の仕來りを改め人物を入れ代へて事務を敏活にするの謂ならん然るに其仕來りを改め人物を入れ代へんとすれば苦情も生ず可く故障も起る可し即ち勇氣を要する所以にして是れまで何れの政府も改革を思はざるに非ざれども何時も著しき功を奏せざりしは畢竟改革其物の難きに非ずして决斷に乏しきが爲めなり増税の如きも其必要は既に世人の認むる所にして最早や説明を要せず要する所のものは只實行の一事のみ其他監獄費問題と云ひ交通機關の改良と云ひ利害の存する所は明白にして只實行の勇氣さへあれば功を奏す可きもの少なからず然るに今當局者實際の擧動を見るに往往不决斷の失敗なきに非ず臺灣施政の改革の如き其著しきものにして爲めに一般の信用を失ひたること一方ならず埋骨の地として同嶋に赴任したる現任總督さへ今は辭職の念切なりと云ふ然かのみならず政府は時に小政略を施して人氣を損することあり例へば今回の政變に付政黨出身の官吏を處分するに辭表の提出を待たず強ひて免職したるが如き官紀振肅と云へば云ふものの寧ろ大人氣なき仕打にして放膽主義を以て立つ可き政府に不似合のことなり盖し部内小策士輩の細工に出でたるものならん然れども又時としては意外の决斷を斷ずることあり進歩黨と絶ちしが如き是れなり公同會は四十名に過ぎず自由黨、國民恊會は擧て賛成す可きに非ず進歩黨と絶てば困難に遭遇す可きは分り切たることなるに然るに敢て斷じたるは兎も角も勇斷と云はざるを得ず要するに政府の擧動は硬軟定まらず勇怯一ならざるが故に世人も自から迷ふことなれば自家の特色は活溌果斷に在りと覺悟して一直線に進行す可きのみ時は果斷を要し政府は其性質に於て果斷たる可き筈なり前途立功の餘地なしと云ふ可らず假令又政府が果斷の爲めに蹉跌することありとするも尚ほ無爲にして自滅するに勝るや萬萬なる可し一進一退は政治家の常なり要は只一たび失敗するも再び回復するに在り然るに何事をも爲さずして失敗するは恰も肺病を患ふるが如くにして回復容易ならざるに反して活溌果斷の爲めに蹉跌するは猶ほ金創の如し速に快癒するの例なれば退て自滅せんよりは寧ろ進て失敗する方、後の爲めにも得策なれ我輩の毎度英斷を促す所以なり