「北越鐵道の爆裂事件」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「北越鐵道の爆裂事件」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

北越鐵道の爆裂事件

は實に言語道斷の始末なり同鐵道停車塲の位置云云に關し新潟市民の中には兼てより異論を唱へて既に先頃も穩ならぬ擧動を演じたる者ありし由なれば今回の暴擧も何れ其邊の事情よりして無智の末輩が譯けもなく一時の憤に乘じ斯る始末に及びたるものならん單に破落戸輩の擧動にして深き原因はなきことならんと雖も若しも今後の惡例ともならんには容易ならざる次第にして斷じて看過す可らざる所のものなり西洋諸國にても爆裂彈の騷動は珍らしからず先年露國にて虚無黨の輩が同國皇帝を弑したるが如き最も著しき例にして政治上の不平などに出でたる暴擧は往往耳にする所なれども鐵道開通の爲めに地方の利益を殺がる可しなど單に一地方の利害論の爲めに爆裂彈を用ひて鐵道を破壞したるが如き事例は未だ曾て見ざる所にして若しも外國人をして聞かしめたらば如何なる感覺を起す可きや鐵道は文明の機關にして其開通は地方の發達の爲めに大に喜ぶ可き所のものなるに其人民が苦情を唱へて反對の運動を逞うするのみならず果ては爆裂彈などの兇器を用ひ破壞を試みるものありと云ふに至りては取りも直さず野蠻人の擧動にして日本は近年來大に進歩して文明の施設見る可きものありと云ふも是れは單に政府の事にして其人民は依然たる未開固陋の頑民、全く事理を解せずして文明の利器を嫌ふものに外ならず鐵道破壞の暴擧こそ明白なる證據なれとて事情實際をば知らずして概して日本人を蠻民視するに至るの掛念なきに非ず即ち世界に對して國の品位を落すものにして容易ならざる次第なれども更らに眼前の利害を見れば更らに容易ならざるものあり改正條約の施行、外人雜居の期も甚だ近くして近來は内地漫遊の外客年年増加の勢のみならず外人の中には内地の事業に資本を投ぜんとする者さへ少からず外資輸入の道も漸く開けんとする今日に當りて斯る變事の出來を聞かば彼等の驚愕は如何なる可きや外國人は日本を文明國と認め財産生命の安全を期して自から資本を投ずるの考を起すに至りしものなれば斯る出來事を見ては日本の文明は名のみにして實際その人民は全く未開の蠻民なり未開の土地に放資するは危險至極なりとて先づ以て思ひ止まらざるを得ず即ち將に開けんとする外資輸入の道を塞ぐのみか爆裂彈を以て鐵道の破壞を企つるが如き蠻民の住する國中には只の旅行さへも劍呑なりとて漫遊の客も自から跡を絶つに至らざるを得ず外人の身として考ふれば無理ならぬ次第にして果して斯る成行を見ることもあらんには啻に外人來遊外資輸入の望を絶つのみならず其結果は外國貿易の不繁昌を致して日本は世界に對して野蠻の惡評を受くる其上に南〓貿易の利益をも失ふに至らざるを得ず返す返すも容易ならざる次第なりと云ふ可し近來地方の有樣を見るに何か事業を發起するものあれば傍近の人民等は恰も徒黨して種種の苦情を唱へ強迫の手段に出づるもの少なからず而して其始末を如何と云ふに警察官などの處置は甚だ緩慢のみか實際には往往事業家の不利に歸することなきに非ず畢竟今回の事件の如きも徒黨強迫の流行病に感染して既に種種の手段を逞うしたる末、尚ほ厭き足らずして斯る暴擧に及びたるものにして其本を糺せば政府の威嚴立たずして暴民輩をして恰も亂暴に慣れしめたるの結果に外ならずと云ふも可なり若しも今後かかる暴擧が續續行はるることもあらんには文明進歩の爲めに非常の妨害にして其影響する所は實に容易ならず單に一地方の出來事として見る可きに非ざれば政府の當局者は地方官に嚴命して警察官をして飽くまでも事實を探究せしめ法廷に於ては一毫も用捨せず嚴重に處分して大に警しむる所を知らしむるは勿論、今後彼の徒黨強迫がましき擧動に對しては行政權に許す限りの力を用ひて充分に取締り寸毫も怠慢を容す可らず是れぞ文明政府の威嚴にして我輩の敢て望む所のものなり