「行政の威嚴」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「行政の威嚴」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

我輩が前號に述べたる如く北越鐵道の爆裂弾事件は實に言語道斷の擧動なり素より無智無識なる領民輩の暴擧に外ならざれども其事■(てへん+「丙」)は容易ならずして將來に非常の影響を免かれざることなれば飽くまでも嚴重に處分して今後を警めざる可らずとして本來その事件は决して偶發の出來事に非ず聞く所に據れば新潟市民の中には同志會とか名くる一個の團體あり從來も壯士などを使用し鐵道會社の役員に對して強迫がましき擧動を演じたることもなきに非ず今回同鐵道がいよいよ開業に就てはますます反對の氣焔を高めて穩かならぬ模樣もありたるよしにて假令ひ爆裂彈の暴擧は意外なりとしても何か騷動の出來するならんとは地方人の一般に豫想しつつありし所なりと云へば同地の警察に於て豫め注意を密にして警戒したらんには自から事を未發に防ぐの手段もなきに非ざりしならん然かのみならず同志會從來の擧動の如き地方の治安上、斷じて許す可きものに非ざれば解散を命ずるなり又は非行の虞あるものに對して懲戒處分を行ふなり兼てより行政上に施す所あらんには今日までの極端に至らずして止みたることならん然るに是等の點に注意を缺き遂に今回の如き容易ならざる出來事を演ぜしめて世間を騷がしたるのみならず畏る可き大罪人を出したるは畢竟地方警察の怠慢に歸せざるを得ず我輩は敢て其責任を問はんと欲するものなり然りと雖も近來の地方政を見れば其怠慢は必ずしも新潟のみならず各地方共に工業製造事業等の計畫實施に付き無智無識なる人民輩の反對運動は毎度の事にして事業化の迷惑一方ならず而して地方官の輩は其反對運動に對して如何なる態度を取るやと云ふに多くは傍觀して無智輩の擧動を恣にせしむるの觀なきに非ずして實際に恰も某輩の申分を通さしむるの姿なるが故に反對運動の頻りに行はるるも無理ならず今回の事件の如きも自から流行病に感染して然かも極端に趨りたるものとして見る可し左れば直接の責は固より地方官の怠慢に外ならざれども更らに其原因に溯れば畢竟中央政府の行政振はずして毫も威嚴の認む可きものなきが爲めと云はざるを得ず我輩の更らに大に問はんと欲する所なり抑も文明國の人民が政府の下に安心して商賣營業に從事し以て銘銘の利益を謀り又國力の發達進歩を助くるは生命財産の安全なるが爲めにして即ち其安全を保證するは政府職務の最も重要なるものなり然るに目下の有樣を見れば法律上には其保證の確實なるにも拘はらず各地方の實際に徴すれば正當の營業に動もすれば無智輩の反對を見て自由を得ざるのみか遂には今回の如き出來事さへも生じて甚だ危險の虞なきに非ずと云ふ生命財産の安全未だ全く鞏固の實を見ざるものにこそあれば此一段に至りては我輩は大に政府の反省注意を望まざるを得ざるなり政府にては外人内地雜居の期限もおひおひ近づきたるに付き改正條約實施委員なるものを命じ法律その他に就て調査中のよし法律上の調査も固より必要なれども若しも實際に今回の如き危險の掛念もあらんには外國人は容易に來らざることならん或はいよいよ雜居して事業に着手の塲合に至り萬一にも其生命財産に危險を及ぼすが如き出來事あらんには夫れこそ容易ならざる次第にして單に政府の信用に關するのみならず大に日本の國光を傷けざるを得ず國家の大事にこそあれば政府の當局者たるものは深く考へて從來の態度を改め先づ中央政府の威嚴を正して地方行政權の刷新に及ぼし地方民などの反對運動は嚴重に取締りて寸毫も假借せず其弊風を根絶せしめ以て確に商賣營業の安全を保證せんこと我輩の屹度注文する所なり