「外交官の責任」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「外交官の責任」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

是れまで日本の外交は甚だ閑散にして聊か外交化の頭を惱ましたるものはたゞ條約改正の一事のみ左れば各國に公使を派遣するは殆んど一片の儀式に過ぎずして何人を以て之に任ずるも實際の利害には左までの影響なかりしことなれども今や形勢一變して東洋の風雲甚だ急なり何時如何なる變も測る可らず近着の電報に據れば獨逸は新に四千五百の兵を清國に向て搆ュす可しと云ふ其擧動いよいよ大膽にしていよいよ活溌、裡面には必ず深き仔細なきを得ず米國新聞に據れば佛獨兩國は聯合して支那に對して外交運動を試み必要あれば海軍運動に出でんことを商議したりとの風説あり風説固より信ずるに足らざれども近來の外交事情に徴すれば或は何か此邊の協議ありしやも知る可らざるのみか露國は今や朝鮮の兵事財政に干渉すると共に支那に向ても軍事顧問を傭聘せしむるなど極東の経營に苦心の最中なれば今度の機會を空しく看過す可しとも思はれず左れば彼の上海電報の傳ふるが如き大計畫が今日直に事實として現はれ來る可きや否やは容易に知る可らざれども兎に角に東洋の形勢切迫したるは疑もなき事實にして日本の如きは方に禍機の上に位するものと云ふ可し危險至極にして寸時も油斷す可らざる時節なれば一方に於ては國論の一致を計ると共に他の一方に於ては外交機關を整備して列國の向背を察し外交の事情を明にして萬一の塲合に處するの用意肝要なる可し何れの邊に如何なる暗礁ありて何れの所に如何なる潮流あるか審に海上の模樣を知るに非ざれば船を洋中に乗出すこと能はず外交の何處を押せば如何なる音を發するや何れの國が如何なることを計畫しつゝあるや豫め其内情を知るに非ざれば手も足も出でざるは勿論にして事發して後その意外なるに驚き狼狽して始めて事情を探知せんと欲するも容易に端緒を得ざるが如き次第にては迚も列國の間に國を立つるに足らず而して國家外交上の耳目は即ち各國駐在の公使にして其働如何は直ちに國の安危に關することなれば政府が之を任免するに深く注意す可きは勿論、當人も亦その責任の重きを察せざる可らず是れまでは内を主として外を從とし同じ大臣にても外務は自から内務の下に位し公使を任命するにも専ら内の都合より割出すの例にして必ずしも其人の外交家としての適任なるや否やを問はず當人も亦たゞ兩三年間外國に漫遊するの心得にて赴任するの事情なきに非ざりしかども今や形勢切迫して外交こそ即ち國家の重大事なれば今後は從來の筆法を倒にして先づ人材を外交官に採り其餘を以て内の用に供せざる可らず而して今差當り相當の人物を求めて速に派遣す可きは獨逸駐在の公使なり膠州灣を占領したるが上に更らに水陸の兵を發して大に爲す所あらんとするは即ち獨逸なり然るに伯林駐在の公使は召還せられて東京に在り新公使未〓た人に赴かずして肝腎心の塲所に人なき〓〓〓と云ふ可し〓〓に公使を置くは斯る塲合にこそ〓〓〓〓はしめ〓〓が爲めなれば速に適當の人を任命して〓〓〓運動せしめざる可らず要するに是れまで〓〓〓外交と稱す可きものなかりし日本國が今や俄に難局の中心に押出したることなれば外交官こそ最も重大の責任を負ふものにして國中の材能を此點に活用するの工夫肝要なる可しとして我輩の敢て當局者に注意する所なり