「新關税則の實施に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「新關税則の實施に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新關税則の實施に就て

我國民が多年希望したる條約改正の事業は先年來着着歩を進め佛蘭西墺地利兩國との新條約も近近批准交換を了る由なれば遠からずして完成を見るに至る可し元來改正條約の實施期限は明年七月以後なれども税權の實施に就ては議定書に特例を設け全締盟國との改正條約成れば右の期限前に於ても現行の關税則は無効に歸し昨年發布の關税定率法并に新條約に於て約定したる恊定税則を以て之に代ふるを得る次第にして當局者の見込にては本年九月頃に至れば實施の運に至る可しと云ふ西洋諸國の實例を見るに海關税の收入は歳入の二割以上を占むるの常にして最近の調査に據れば合衆國關税の收入は一億六千萬弗にして經常歳入三億二千六百萬弗に對して五割に相當し伊太利の如き貧國さへも尚ほ一割五分以上の割合なるに我國に於ては開國以來貿易上に非常の發達を見たりと云ふに拘はらず輸入税の收入は甚だ微微として僅に經常歳入の三分五厘に過ぎず斯の如きは現行の關税則に樣樣の欠點あるが爲めにして新條約に於て税權を恢復し慶應二年の改税約書に定めたる課税率の制限を撤去したる其上に輸入税の賦課法を改めて輸入品の産出地仕入地に於ける原價に輸入港に到着するまでの諸費用を加へたるものに課税することとし又從量税の改算期限を一定したる等種種の改正を加へたるは税則上非常の進歩と云はざる可らず從て新關税則實施の曉には關税の收入は一千萬圓以上に達する由にして財政困難の今日には此上もなき好都合なれども我輩の所見を以てすれば關税定率法並に恊定税則には尚ほ種種の欠點も少からざれば其欠點を改正するに非ずんば决して税則の完成を見る能はずと信ずるものなり抑も關税則を制定するに當て眼目とす可きは成る可く貿易の自由を妨げずして多額の收入を收むる一事に外ならず或は之に依て内國の産業を保護す可しとの説もありて既に先頃も一部の實業家間に此説を聞きたれども斯る目的を達せんには勢、外國品の輸入を排斥せざる可らざるを以て輸入の數量は大に■(にすい+「咸」)少して啻に關税の收入を失ふのみならず結局貿易の利益をも失ふに至る可し新關税則が保護の主義を取らざりしは至當の處置にして今後も〓方針を以て内國消費力の許す限りは輸入品に相當の税を課して收入の増加を謀るこそ關税法制定の眼目なれ或は酒煙草の税率の如き四割以下に限られたれども實際今の消費力より云ふも又内國税と平衡を得せしむるの點より云ふも尚ほ此上に増率の餘地あるは明白にして之が爲めに消費を■(にすい+「咸」)じ收入を失ふなどの掛念ある可らず大に増率して差支なき所なれども之と共に最も必要なるは原料日常消費品を無税とするの一事にして斯の如くすれば税目は自から簡單となりて貿易の發達に著しき便利あるは疑なき所なり殊に原料の輸入を自由にするは今後工業を奬勵するに最も肝要の處置にして新關税則に於ても既に生絲羊毛等の無税を認めたれども尚ほ原料にして課税を被むるもの少からず倫敦エコノミストは先頃我國の新關税則を評して石炭の如き原料に一割五分の從價税を課する其上に今度の改正の如く仕入地産出地の原價に輸入港に到着するまでの諸費用を加へたるものに課税することとせば税率は從前に比して非常に重くして貿易上に意外の妨害を招く可ければ從價税の賦課法を改めたる以上は原料を無税にするの必要ありとて縷縷述ぶる所ありたり穩當の議論にして新税則が原料并に輸入額の少なき物品にも課税したるは從來の行掛りもある事ならんなれども自から税則の欠點にして速に其改正を望まざるを得ず又英吉利獨逸兩國との新條約に定めたる恊定税則を見るに我税權に對しては種種の制限ありながら英獨兩國の税權には何等の制限を置かずして兩國は我國の輸入品に對して如何なる重税をも課するを得るが如き相互主義の本意に反くものにして完全に税權を恢復したるものと云ふ可らず要するに新關税則は現行のものに比すれば進歩の跡あるには相違なけれども猶ほ欠點を免かれざること右の如くなりとすれば世人が今度の改正に滿足せずして今後更らに進んで完全に税權を恢復し恢復の實を擧げんこと我輩の希望する所なり