「工業の前途」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「工業の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

工業の前途

工業立國の必要は從來世人の唱ふる所なれども其實を收むるは甚だ困難にして現に今日に至るまで農産物の輸出國たるを免かれざるのみならず輸出工藝品の種類に就て見るも完成品は甚だ少なくして綿絲の如き半製品が其多分を占むる有樣なりと云ふ元來我國は人口の多き割合に土地の面積狹きを以て農業國として綿花羊毛其他の原料を海外に供給する能はざるは明白の事實なれば寧ろ支那印度亞米利加其他の新開國より原料並に半製品を輸入し之に加工して海外に販路を求むるこそ國富を増進する道なるに工業の實際右の始末にして綿絲生絲の輸出は盛なれども綿織物絹布類の輸出微微として振はざるに於ては假令ひ二三工藝品の産額が増加したりとするも决して工業全體の進歩と云ふ可らず近年我工藝品が着着販路を海外に擴張するに至りたるは全く内地に於ける職工の賃銀低廉にして外國の競爭品に比して生産費の節約を得るが爲めに外ならざれども今後社會の進歩と共に生計の程度一般に上進するは必然の成行なれば賃銀の騰貴は到底免かる可らざるのみならず半製品の製出は甚だ容易なるを以て何時外國に競爭者を見る可しとも限らず現に銀價下落の勢に乘じて支那の内地に紡績業興起して我同業者に競爭を試むるに至るは疑ふ可らざる事實なり我輩が我工業の前途に就て掛念を懷くは此一點にして斯る成行を免かれて永く海外の販路を維持せんとならば當業者が今日の如き〓製品の輸出に滿足せず大に職工の養成に注意して技倆の熟練を謀り原料機械を精選して精巧品の製出に着手するこそ肝要なれ即ち紡績業に就て云へば今日の如く輸出向き太絲の製出にのみ全力を盡すは不得策の甚だしきものにして先頃販路杜絶して關西地方の紡績會社が非常の困難に陷りたるも畢竟綿絲の種類を二三種に限りたるが爲めに外ならざれば今後は此方針を改めて細絲の製出を盛にし更らに進んで綿織物業の發達を謀らんには經濟上の利益は勿論販路を擴張するには此上もなき便利なる可し又今日生絲の輸出は日にますます盛なれども絹織業の發達せざるは我工業の欠點にして當業者たるものは今日の如き羽二重甲斐絹の無地物を製出するを以て足れりとせず我國特有の美術思想と手藝の精巧とを利用して成る可く西洋諸國の流行に投ずるものを製出し伊太利佛蘭西の精製品と競爭してこそ始めて事業繁盛の基を開き販路を固うするを得るに至る可し佛蘭西の如き自國産出の生絲は需要の三分一を充すに過ぎずして他は盡く我國を始め支那伊太利の供給を仰ぐに拘らず製造の法甚だ巧にして百圓の原料を以て數百圓に仕上ぐるを得るに反し生絲の供給に不足を告げざる我國に於て獨り絹織物業の微微たるは解し難き次第なり或は多年粗製品の製出に從事したる〓〓〓〓巧品に〓變するには資本も充分ならず職工の〓〓〓〓せずし〓〓〓困難〓るが如くに考ふる者も〓〓〓〓多少の困〓を〓〓〓〓良〓躊躇せんには我工〓〓〓〓今〓の幼〓〓る〓〓〓脱する能はず〓て地歩を〓〓〓するの時〓〓か〓〓〓思ふに粗製法より次第に精製法に進むは工業の進歩に自然の順序にして近くは我紡績業の發達に就て見るも其始めは外國より機械を輸入して十手内外の太絲を製出し從來地方の〓女子が農間に木綿車を用ひて紡績したる絲を排斥したるに過ぎざりしものが年月を經るに從て次第に細絲の製出を見るに至りたる次第なれば當業者にして少しく事業の改良に意を用ふるときは區區たる政府の保護干渉などを待たずして其實を擧ぐるに難からず今後製鐵事業にして内地に起り外國の輸入を經ずして工業用の諸機械を供給するに至らんには工業の前途甚だ多望なる可し要は當業者が大勢の推移する所を察して之に後れざらんことを勉むるにあるのみ既往に於て紡績製紙業等が多少發達したるを以て既に工業立國の目的を達したるが如くに思惟し毫も前途に畫策する所なきは短見の甚だしきものにして今日は僅に事の端緒を開きたるに過ぎず當業者の决して滿足す可き時に非ざるなり