「正貨準備の增減」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「正貨準備の增減」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

正貨準備の增減

中央銀行の正貨準備は兌換制度の安否に直接の關係あるを以て其增減は當局者の最も注意を要する所なり從來政府は爲換作用に依て償金竝に公債の代金を回收したるを以て連年の輸入超過にも拘はらず正貨は却て内國に流入し日本銀行の正貨準備は常に增加の傾きを示したれども一時の變態に過ぎずして現に昨年十一月以來正貨の輸出入は從前と趣を異にし本年二月までに金銀の輸出超過は二千百二十八萬餘圓に上り昨年の春頃は一億一千萬圓臺を上下したる正貨準備も昨今は八百萬圓内外に減少するに至れり即ち兌換制度の作用が自然に復して輸入超過の結果漸く今日に現はれたるに外ならず本年の外國貿易が如何なる成行を呈するやは容易に知る可らずと雖も米穀不作の爲めに外國米の輸入增加するは勿論機械鐵材棉花其他の原料品并に日常消費品の輸入が遙に減少する事情なきは一二兩月の貿易表に就て見るも明白なる他の一方には重要輸出品の大市場たる合衆國に於ては弊制問題尚ほ落着せざるを以て商況は未だ快復の氣運に向はず從て世人が豫想する如く大に生絲製茶其他の輸出品を需給するは甚だ疑はしき所なるのみならず我國に於ていよいよ關税定率法實施の時期を定めんには外國品の輸入を促すは必然の勢なるを以て本年も昨年と同樣巨額の輸入超過を見ることならん在外の正貨が盡きんとする今日商品の輸入が超過せんには勢、日本銀行の正貨準備は取付られて次第に海外に流出するものと覺悟せざる可らず正貨を以て富財を代表するものと認め其多寡に依て國の貧富を定むるは往昔の經濟説にして今日斯る經論を信ずる者なきは勿論の事なれども本來正貨の流出は世閒の感情上最も喜ばざる所なれば今後其勢にしていよいよ甚だしく正貨準備が七千萬圓若しくは六千萬圓に減少することもあらんには種々の杞憂論を生じ疾くに流出を抑制せざりしにを非難する者もあらん現に今日既に正貨の流出など不隱の文字を用ひて頻りに前途を憂ふる者なきに非ざれども我輩の所見を以てすれば正貨の流出する場合に兌換券の流通高が之と共に適度に收縮して兌換制度の基礎を傷けざる以上は毫も憂ふるに足らざるのみか正貨の代りに内地へ輸入する機械原料品は結局生産を奬勵して輸出增加の因を成すに至る可ければ自然に放任して差支えしも〓ふるのものなり元來今日の如く信用の儘に行はるゝ場合に多額の正貨を有するは金も〓〓數量の事にして〓〓〓〓は變動に〓〓〓〓〓金兌換券を〓〓〓に〓〓兌換制度の〓〓〓〓〓〓〓〓に必要〓〓〓の正貨を〓〓〓〓〓〓〓〓は即ち見積り然らば一國の兌換制度を安全に維持するには兌換券に對して常に幾何の正貨準備を有すれば可なるやと云ふに是れは實際の問題にして各國に種々の事情あるを以て容易に一定の割合を云ひ難し例へば近年歐洲殊に大陸諸國の中央銀行が大に正貨準備の增加に盡力するは明白の事實にして最近の報告に據れば佛蘭西銀行の準備は兌換券に對して八割三分獨逸帝國銀行の準備は八割四分露西亞帝國銀行の準備は十三割二分に當れども是等は戰爭其他の事變に際して容易に財源を求め難きを恐れ其必要に應ぜんが爲めに殊更らに平生より多額の正貨を備ふるものにして必ずしも兌換制度の安否如何に依て打算したるものに非ず從來學者の唱ふる所に據り又實際の經驗に徴するに兌換券の信用を維持するに必要なる準備は其發行高の三分の一を限りとし其以上は當局者の手加減に一任して格別の故障を見ざるが如し目下日本銀行の正貨準備を見るに兌換券に對して四割四分以上に當り昨今に比すれば多少減少を呈したるには相違なけれ共從來は兔も角、今日に於ては兌換券の信用を維持するに充分の餘裕あるは疑なき所にして我輩が昨今の正貨流出を以て未だ恐るゝに足らずと爲す所以なれども更に一歩を進めて考ふるに昨年來正貨の流出にも拘はらず兌換制度の安全なるは要するに其流出と同時に兌換券が次第に回收せられて發行高の減少したるが爲めに外ならざれば今後ますます其安全を謀らんには正貨準備の減少すると共に兌換券の發行を制限するは最も必要にして之を外にして他に適當の手段なかる可し本年に入りて二三箇月閒に殆んど二千萬圓内外の兌換券の回收を見たるは例年金融緩慢の時期に會したるが爲めにして別段不景氣の影響を受けたるものに非ざれば今後製茶生絲の期節に入らんには再び資金の需要を增加するは明白なり此時に當て日本銀行が今後いよいよ正貨準備の減少する徴候あるをも顧みず區々たる情實に驅られて妄りに兌換券を增發せんには却て正貨の流出を促し結局正貨準備を〓〓して兌換制度の基礎を破壞する其害は一部事業家の苦痛と同日の談に非ざる可し正貨流出の憂ふ可きは斯る場合にして我輩が金利引上げの必要を唱ふる所以なり日本銀行にして正貨準備の減少する度合に應じて金利を引上げ兌換券を一億六七千萬圓臺に收縮して二三箇月を經過せんには其效果は次第に現はれ物價下落して貿易上の不平均を矯正するを得るは勿論自から外資の輸入を促して再び正貨準備の增加を見るに至る可し世人が正貨の流出を見て種々の杞憂を招く他の一方には當局者が金利の引上げに躊躇して一時を彌縫せんとするが如き〓に誤れるの甚だしきものと云はざる可らず我輩が正貨準備の本質を明にして注意を與ふる所以なり