「政府の責任重し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政府の責任重し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政府の責任重し

立憲政治の世と爲れば内政には殆んど祕密なし財政敎育の事なり衞生勸業の事なり一切打明けて國民に知らしめ又その贊成を求めざる可らざれども獨り外交に至ても何れの國も祕密を主として進退共に當局者の方寸に一任するの例なり特に今の日本政府の如きは最も祕密を重んずるものにして如何なる方針に依り如何なる事を爲さんと欲するか毫も其消息を漏すことなし或は國に依ては多少開放主義を取るものなきに非ず英國の當局者が或は議員の質問に對し又は公會の演説に於て支那問題若しくは亞米利加事件に關して時々政府の意思を示すが如き其一例なれども是れは別問題として擱き兔に角に祕密は外交の本色として全然これを政府に一任して扨國民たる者の心得は如何と云ふに國家の大事は餘所に視る可らず一擧一動に注目す可きは論を待たざれども然れども其口に發し筆に記すに當りては一言半句の役と雖も深く前後を察すること肝要なる可し蓋し外交は虚々實々の懸引を要するものにして恰も戰國の策士が縱橫の策を廻らすに異ならず或は地藏を裝ふことあれば鬼の假面を被ることもあり又は取るが爲めに與ふることあれば進むが爲めに退くこともある可し例へば露西亞の朝鮮に對する筆法を見るに初めは甘言以て其人心を收めんことを勉め中頃に至て傍若無人に兵馬財政の權を押領し遂に脱兔の如く京城を引揚げたり而して其引揚げたるは朝鮮の要求に辟易したるが故に非ず必ず別に深き仔細あることにて何れの時何れの所にか一層大なる利益を收めんが爲めなる可し露西亞人民の眼より見れば其閒不快に堪へざることもあらんと雖も政府の進退も一時偶然の出來心に非ざるを察し漫に放言高論せずして靜に事の成行を待つことならん西洋諸國に於て平生物論の喧しきに拘はらず外交の事情切迫するに隨て却て言論社會の靜なるを見るは偶然に非ざるなり斯の如く外交は本來祕密にして政府の專權に一任するのみならず國民も亦深く注意して敢て輕々しく口を開かず以て其運動を自由ならしめんことを勉むるものとすれば一切の責任は擧て當局者の雙肩に在るものと云ふ可し殊に外交は内政に異なり一旦失敗すれば其損害汚辱は實に容易に非ず例へば彼の王妃事件の如き如何に列國の感情を害し又如何に朝鮮朝野の人心を失ひたるかは〓人の〓る所にして日本の勢力が〓に〓〓〓〓〓〓國の列〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓な〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓は外〓〓〓〓〓〓〓〓誤り〓〓〓〓〓〓〓に廣州灣を〓へたるに在り當局者の責任は此處に於てますます重きを知る可し今や支那問題はいよいよ急にして露西亞は遂に其要求を貫きたりと云ふ英佛の運動も是れより一層活溌と爲ることならん此際日本は如何なる方針に出でんとするか進んで共に波を揚げんか退て傍觀せんかの國の利害榮辱は自から此邊に在することならん國民は敢て輕々しく口を開かざる可し其口を開くかざるは意見なきが爲めに非ず又冷淡なるが爲めにも非ず只事に害あらんことを恐るればなり當局者に於ては必ず成算ある可し我輩は謹んで其擧動に注目するものなり