「同盟と海軍」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「同盟と海軍」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

同盟と海軍

同盟と海軍

日英米同盟の必要は英米國人の認むる所にして日本に於ても亦固より異議ある可らず盖し

世界の平和は各國の睨合に依て危く維持せらるゝものにして權力平衡を失すれば必ず波瀾

を生ずる其有樣は譬へば兩岸の堤防堅固なれば水流自から順なりと雖も孰れか一方に弱點

を生ずれば忽ち氾濫するに異ならず然るに近來世界の形勢は聊か偏重の傾なきに非ず佛國

が自衞の必要より露國と同盟したるは隱れもなき事實にして獨逸も亦露の歡心を求むるも

のゝ如し獨墺伊の同盟は近來漸く薄弱と爲り萬一の塲合に一致の運動を爲し得るや否や疑

はしき其際に露佛が深く結託したりとありては獨逸は自から危險を感ぜざるを得ず露國の

好意を求むるに汲々たるは固より其所なる可し左れば露國は左右に二雄國を友にして殆ん

ど世界の覇權を握るものなれば極東に活溌なる運動を試むるも偶然に非ず而して其衝に當

るものは即ち日英の兩國にして各々自から經營するの力なきに非ずと雖も他の野心を制し

て事を未發に防ぐには此方に優勢を占めざる可らず優勢を占むるには差當り同盟の外に策

なかる可し米國の如きは固より極東事件に對して殆んど痛痒を感ぜざるものなれども今や

歐洲の一國と戰爭中にして西班牙は切に列國の干渉を求めつゝあることなれば露佛伊等の

諸國は或は米國の運動を制することなしと云ふ可らず米人の頗る氣遣ふ所にして萬一の塲

合には日英の外に依賴す可きものなかる可し元來この三國は世界の平和を維持して通商貿

易の利を利せんとするものにして互に立國の主義を同うするものなれば今回米國が西班牙

に向て戰を宣したるも敢て野心あるに非ず多年の兵亂、商賣の爲めにて人道の爲めにも默

視するを得ず餘義なく干戈に訴へて平和を回復せんと欲するに外ならず且つ此三國は商賣

上の關係も頗る密にして日本が用ふる所の軍艦、大砲、汽車、汽船、諸器械等は都て英米

より輸入すると共に最も多く我産物を需用するものは即ち又この二國なれば互に其繁昌を

祈る可きは自然の情なり世界の形勢が次第に切迫するに隨て三國が次第に相近づき遂に同

盟するに至る可きは疑ふ可らずと雖も然れども今日直に同盟成就と早合點して安心するは

智者の事に非ず凡そ同盟なるものは利益交換の趣意に出づるものなれば双方實力の相違著

しくして孰れか一方が常に他の厄介に爲り勝ちにては到底眞の同盟を期す可らず例へば露

佛同盟の〓きは其力相〓〓するが故にして世界中無力なる〓〓朝鮮〓〓〓て同盟を申込む

もの〓〓〓〓かず今日〓〓〓伴の雄國にして支那〓〓に於ては自から〓る可らずと雖も廣

く世界の上より云へば未だ他をして十分に畏敬せしむるに足らず一歩東亞の外に出づれば

他の強國と雄を爭ふを得ず然るに英國の利害は甚だ廣くして單に極東に限らざるこそなれ

ば同盟の必要を感ずるには相違なきも其これを感ずること或は案外切ならざるやも知る可

らず而して之をして切ならしむるものは實に海軍擴張に在り攻むるにも守るにも先だつも

のは海軍にして特に遠方に威力を及ぼすは專ら海軍の力に依賴せざるを得ず西洋人が常に

海軍を重ずるは之が爲めにして各國の力を計るには先づ軍艦の多少を比較するの例なり日

本が陸軍を擴張して十二師團としたるは非常の奮發なれ共世間に左までの評判なきに似ず

海軍に至ては一艦一艇の增減も容易に看過せず富士八嶋の如き如何に各國の耳目を聳動せ

しかと思へば以て西洋人の重ずる所を知るに足る可し特に露西亞の如きは近く旅順に海軍

根據地を得ると共に亜細亞艦隊を強くするが爲めに新に九千萬ルーブルを投じて幾多の戰

鬪艦を造る可しと云ひ米國の如きも戰勝後は必ず其海軍を擴張することならん同盟を作る

が爲めにも又獨力以て他に對するにもますます海軍擴張急なるを見る可し我輩の飽迄も主

張する所なり

航海奬勵の一法

近年軍備擴張を始め其他の官業の歩を進むるに從ひ政府が外國より輸入する機械原料品の

類は次第に增加の傾あるより郵船會社は其運搬を引受けて外國航路の積荷を增さんと望居

れども本來右の諸貨物は輸入港へ到着の上にて政府に引渡す契約にして如何なる國の船舶

に依て運搬するも全く貿易商の隨意なるを以て彼等は從來依賴し來れる外國船に運搬を託

するの常なりと云ふ郵船會社の運賃が他に比して高率なれば兎も角も會社は外國の諸會社

と同盟契約にて同樣の運賃を課するにも拘はらず眼前に巨額の官用品の輸入を見ながら其

運搬を司る能はざるは誠に遺憾千萬の次第にして見す見す外國同業者の爲めに利益を占め

らるゝの結果を見る可し會社が自から運搬の衝に當りて此邊の利益を収めんと希望するは

至當の事にして若しも其目的を果さんには啻に從來不足勝ちなる歐洲航路の積荷を豐にし

て運賃の収入を增加するを得るのみならず自から外國會社の競爭を制するの一助たるは明

白の事實なれば政府に於ても篤と此邊の事情を考へ今後貿易商に外國品の輸入を注文する

塲合には運賃にして同樣なる以上は一切日本の船舶を以て運搬す可き旨の約束を結ばしむ

可し航海奬勵の爲めには此上もなき良手段にして現に獨逸政府の如き官用品の運搬は總て

内國の商船に託するの方針にして近年同國の海運業が東洋諸國に勢力を得て次第に他を制

するに至〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の結果なりと云へば我〓〓〓〓〓〓〓〓保護を施して航海

奬勵の目的〓〓〓〓〓し或は郵船會社の積荷の方法は不完全にして運搬中に荷物の破損を

招くこと少なからず外國商人が運搬を託せざるは斯る損失を恐るゝが爲めなれば政府が強

ひて郵船會社をして運搬せしむるときは官用品の價を騰貴せしむ可しとの説あれども此邊

の欠點は外國商人が實際運搬を託するに至れば自から會社を促して改良の急を感ぜしむる

の望なきに非ず又斯る欠點の爲めに官用品の價を騰貴せしむるとするも航海奬勵の目的を

達せんには多少の失費は决して憂ふる所に非ず我輩が政府に注意を促す所以なり