「經濟財政の方針」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「經濟財政の方針」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

經濟財政の方針

新内閣の組織と共に世間の注意を要するは經濟財政の始末にして其方針の如何は國民の實

利害に直接の關係ありと云ふ可し第十二議會に增税案の提出せられたる際には新内閣流の

多數は衆議院に在りて豫算案に關係せざる增税案には一切賛成を表し難しとて其通過に反

對し結局大多數を以て地租案を否决したれども財政の實情に徴して增税の已む可らざるは

明白の次第にして彼等も表面に否决を唱へ乍ら内心に通過を希望したる由なりと云へば自

から局に當る以上は卅二年度の豫算案と共に增税案を議會に提出し增税の収入に依て財政

の基礎を鞏固にするの方針に出づることならん即ち財政整理の爲めに增税の决斷は目下の

急務なりとして扨其方法は如何にす可きや酒税の如き增収の餘裕最も豐なる税源のある塲

合に地租所得税等の直接税を增すは税略の宜しきを得たるものに非ざれば專ら酒税に依賴

して目的を達す可しとは我輩が年來主張する所にして新内閣の内にも此邊の意見を壞く者

少なからずと云ふ果して斯る方針を以て增税を斷行し專ら酒税を增徴する他の一方には一

時公債の償還を停止するなり無用の保護奬勵の費用を削減するなり孰れにしても經常費の

增加を制するときは凡そ二千萬圓内外の增収に依て財政整理の目的を達し難きに非ず我輩

が熱心に其實行を促す所以なり財政の方針は大凡右の如くなりとして經濟社會に處するの

道は如何一部の實業家の間には政府に於て外債を募集するなり償金の殘餘を流用するなり

孰れにしても外資を輸入して私設鐵道を買収するか或は軍事公債を償還す可しとの説あり

昨年來其邊の運動中にして新内閣組織の後には大に政府に迫りて其實行を促す可しと云ふ

或は新内閣が一時の人氣を収むるが爲めに前途の利害をも顧みず此輩の所説に從ひ妄に外

資を輸入して株式市塲の景氣を恢復せんなど無謀の考を起すやも計り難けれども若しも斯

る處置を施すときはいよいよ經濟社會の變態を激成するの掛念なきを得ず償金には既に夫

れ夫れ一定の費途ありて他に流用し難きのみか今日まで公債應募に繰替へたる高、多きを

以て本年度の豫算に繰入れたる分を差引くときは明年度の殘額は僅に二三千萬圓に過ぎず

十〓年度財政計畫に定めたるが如く三十八年までの臨時費の財源を償金に求めんには外債

を募集して從來の繰替高を〓はざる可らず財政上に外資輸入の必要なること此の如くなり

とすれば假令ひ時機宜しきを得て巧に外債募集の〓を収めたりとするも先づ財政の急要に

應ずるこそ其道にして經濟社會の救濟などゝ稱して〓に〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓財政の基礎

を薄弱にするの結果を見る可し殊に昨年來金融市塲に非常の逼迫を招きたる原因は通過膨

脹の爲めに物價の騰貴を促したる一點に外ならざれば眞に經濟社會の救濟を謀らんには成

る可く通過の膨張を避けて物價の騰貴を制し以て貿易の逆勢を矯正するこそ至當の道なり

貿易にして今日の變態を改めて輸出超過を呈せんには金利は自から低落して金融を緩和す

るは必然の勢なるに斯る自然の道に依らずして外資を輸入するときは物價騰貴の爲めにい

よいよ金融を逼迫せしめて經濟社會に如何なる事變を見るやも知る可らず財政上より見る

も物價にして騰貴すれば萬般の經費に意外の增加を來し例へば昨年度の豫算に於て二千萬

圓の增税にて充分歳入の不足を補ふを得べしと爲したるものも其翌年には更らに幾千萬圓

の增税を必要とするに至る可く又金融にして逼迫すれば今の財政に於て臨時費の財源たる

公債は募集の目的を達し難きを以てますます財政の整理を妨げざるを得ず實業家にして眞

實外資の輸入を必要と認めんには殊更ら政府に依賴して外債を募集せしむるなどの姑息手

段を求めず寧ろ政府を促して外資輸入の制限を撤去せしめ自から輸入の目的を達す可きの

み一部の實業家の運動は唯、株式の相塲を引上げて目前の困難を免かれんと云ふに過ぎず

政府が一時の人氣取りの爲めに此輩の説を容れて輕忽の處置を施すが如きは我輩の斷じて

許さゞる所なり