「米西戰爭の終局」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「米西戰爭の終局」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米西戰爭の終局

近報に據ればキユーバ嶋サンチヤゴ灣に立籠りし西班牙艦隊は米艦の爲めに打破られ殆ん

ど全滅に歸したりと云ふ蓋し此艦隊は西班牙海軍の粹にして其運動は人々の注目する所な

りしに脆くも一戰に亡びたるは生地なきの甚だしきものにして西米の事既に定れりと云ふ

も可なり或はキユーバ嶋内には尚ほ多數の陸兵あり容易に降參せざるやも知る可らざれど

も海上權が敵の手に歸したる上は最早や嚢中の鼠にして如何ともす可らず早晩媾和談判を

開くことならん其條件は固より豫め知る可らざれども元と此戰爭はキユーバを救ふの目的

より出でたるものなれば戰勝自然の結果として米國の後見の下に之を獨立せしむるか然ら

ざれば其一州として合併せらるゝことならん西班牙の爲めには氣の毒なれども多年、其暴

政に苦められたる不幸の嶋民が一朝自由の民と爲るは誠に喜ばしき次第にして世界文明の

爲めにも慶賀せざるを得ず土地豊饒にして富源深く人民は自治の力を備ふるにも拘はらず

之を束縛して自由の運動を許さず一方は覊絆を脱せんとし他の一方は抑壓せんとして騒亂

絶えず天惠の富源も開くによしなく人民の次第に疲弊する其有樣は譬へば幼子女が惨酷な

る繼母に虐待せられて碌々衣食を得ず立派に發育す可き資質を備ふるにも拘はらず身體精

神共に衰弱して氣息奄々たるものゝ如し如何にも堪へ難き次第にして米人が義憤禁ずる能

はず身を挺して敢て無道なる繼母の手より可憐の子供を救ひしは近來の快事と云ふ可し我

輩の同情を表するに躊躇せざる所なりキユーバの問題は斯の如くに定まるものとして次に

フヰリツピンの處分は如何、若しも米國政府が其屬地として永く之を支配せんか我輩に於

ては固より異議なし戰勝國が其勝利の結果を収むるは至當の事なるのみならず米人は元來

平和を愛する人民にして野心少なきものなり若しも群嶋を擧て此國民に託し其智識と資本

とを以て之を開拓せしめなば荒野は變じて沃田と爲り商賣工業も繁昌して嶋民は其慶に依

ると共に近隣の國民も亦自から益する所ある可し然れども米國は果して之を所有するの意

なるや否や曾てマニラ艦隊の破れしとき米國政府は萬一西班牙が償金を拂はざるに於ては

フヰリツピンを賣却するならんとの風説もありしのみならず數千里外の遠方より野心國の

垂涎する新領地を支配するは實際に困難多きことなれば土地に飢ゑざる米國は或は之を領

有するの意なかる可し果して其意なくんば我輩は寧ろ獨立國たらしめんと欲する其次第は

若しも野心勃々たる強國が此地に割據して砲臺を築き軍艦を浮べ石炭を貯へ兵器製造所を

設けて勢力を振へば我は恰も目前に勁敵を控ふるものにして絶えず平和を脅さるゝ中にも

特に臺灣は新附の地にして人民は動もすれば動搖することなれば其防備に非常の困難を感

ぜざるを得ず他國の野心は斷じて排せざる可らず米西戰爭は終を告ぐるもフヰリツピン問

題は定まらざる可し否な戰爭の終局と共にいよいよ頭を擡げ來ることならん當局者の豫め

用意す可き所なり