「総選擧に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「総選擧に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

総選擧に就て

前政府は選擧取締の爲め緊急勅令を發して棍棒刀劔等の携帯を禁じたるが今度の内閣は一

歩を進めて賄賂授受の取締を嚴にし選擧人發應の宴會をも禁ず可しと云ふ著しき効能は固

より期し難しと雖も尚ほ手を空うして傍觀するに勝る可し不正手段を用ふるものは颯々と

處分することゝして扨何人が其選擧塲裡に立て爭ふ可きやと云ふに今日の勢にては殆んど

憲政黨の獨り舞臺にして敢て其向を張らんとするものなきが如し黨員の語る所に據れば二

百五六十名を出すこと難からずと云ふ同黨の爲めには至極結構なることなれども政論の公

平を保たしめんには商工業者の如き此際奮て出陣せざる可らず今の議會は百姓議會にして

農民の利害に付ては議論喧しきにも拘はらず商工業者の休戚には更らに頓着せずとは毎度

聞く所の苦情にして又實際其形跡なきに非ず例へば地租輕減地價修正は議會開設の當初よ

り熱心に叫ばれたる問題にして今日に於ては最早や輕減を口にするものなしと雖も此上農

民の負擔を增さんとするも容易に行はれざるに反して營業税の如き颯々と通過したるのみ

か其税法不完全にして苦情多きに拘はらず議會は耳を傾くるの色なきが如し果して然らば

商工業者は何故に自から進んで議會に出でざるか自家の利害の重ぜられざるを知り又自か

ら進んで其意見を實にするの道あるにも拘はらず唯蔭にてブツブツ苦情を唱へ或は當局者

に愁訴歎願するが如き生地なきの甚だしきものと云ふ可し從來の議員は大抵書生上りの政

論家にして經濟思想に乏しきものなれば若しも商工業者中の鏘々たるものにして自から議

席に列して論ずる所あらんには少なくとも經濟問題に付て其言の謹聽せらるゝこと猶ほ法

律問題に關して法律家の議論の行はるゝが如くなる可し商工業者の爲めには一方ならぬ利

益にして議會も亦單に政論家のみならず名望ある紳士を得て自から其光彩を增す可し双方

の爲めに敢て其奮發を促すと共に一歩を進めて前政府の長老輩に於ても此際多少運動する

所あらんことこそ望ましけれ時勢の變、已むことを得ず一旦政權を擧て民黨に讓りたれど

も最早や是れ切りにて永久政治界を退くの意には非ざる可し或は困難の事情に當惑したる

其當時は退〓の念も生ずることならんと雖も風雨一遇、次第に無事に苦むに連れて又〓〓

〓を〓するは政客の常にして幕下の輩は云ふに及ばず國民も〓〓の出議を〓すこともある

可し〓〓〓當り〓〓〓〓〓の〓〓てあらん〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓て又〓〓日の覆〓〓〓〓

〓〓〓〓れ切〓〓〓と〓れは面倒には相違なけれども今より〓用意肝要なる可し或は〓政

黨は程なく分裂して政界混雜の時ある可し其時は即ち乘じて以て爲す可きの時なりとの説

もあらんかなれども我輩の想像を以てすれば假令ひ紛議は免れざるにもせよ恰も瓜を割り

たるが如く舊進歩黨と自由黨とが眞二つに分る可しとは思はれず進歩黨の中にも不平を抱

く者ある可く自由黨の中にも飽まで合同を維持せんとする者ある可し詰り亂るゝ時には先

づ隅々より崩れて今日一人去り明日又三人叛くとか東北派が獨立するとか薩長が分離する

など云ふ其有樣は恰も舊自由黨の末路の如くならんか一朝にして憲政黨の半分を押領する

は先づ以て覺束なきことなれども今度の選擧に少しにても味方を作り之を種として次第に

不平連を収容するの工夫、肝要なる可し元老、老いたりと雖も尚ほ其餘威の利用す可きも

のあり手を擧て麾けば旗下に集まるもの自から多かる可きに反して此まゝに捨置けば後日

その用を爲す可き國民協會の如きも新政黨に壓せられて殆んど消滅するに至る可く旁々以

て此機會を空うせざらんことを望むものなり