「經費の增減」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「經費の增減」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

經費の增減

藩閥政府の末路に當て最も不如意を感じたるものは財政の一事なり人事の進歩に伴ふて政

府の事業も大に擴張せざるを得ず物價の騰貴に應じて小役人輩の給料をも增さゞる可らざ

れども何分にも不人望にして議會は容易に增税の求めに應ぜざると共に情實政府の常とし

て斷じて冗官贅費を除くことも能はずますます錢の不足に苦みたる其證據は遞信部内の不

始末を見ても明白なる可し官設鐵道何れの停車塲に於ても貨物堆積、荷主の迷惑は毎度の

ことにして旅客の如きも取扱の善惡は兎も角も少しく人出多ければ忽ち溢れて爲めに混雜

を生ずること少なからざるは一は鐵道員の不深切不手廻はしにも因ることならんなれども

要するに萬般の設備完からずして恰も百人前の膳部を用意して二百人の客を待つが故のみ

又電信の誤脱延着の苦情は最早や聞飽きたるほどにして新當局者の話に據れば今の仕組に

ては間違は當然にして間違はざるこそ却て不審なれと云ふ次第は技手を養成せんとするも

寄付くものなし偶々志願する者も手當の少なき爲め折もあらば逃げ出さんとするの風にし

て出入自から頻繁なれば事に未熟もの多き其上に人數も不足にして迚も間に合はずと云ふ

又文部省の如き何日も無勢力なる大臣を戴きたる結果として經費の不足に苦みつゝあるは

明白なる事實なり例へは小學敎育の普及を計るは政府の任にして若しも敎員が拂底となら

ば何とか方法を案じて一方に於ては師範學校を擴張すると共に他の一方に於ては在職の敎

員を引留め置くの工夫肝要なるに今日の有樣にては全國を通じて敎員に幾萬の不足ありと

云ひながら手を束ねて傍觀するの外なきのみならず高等學校及び大學の如き何れも政府の

直轄にして中學を卒業すれば高等學校に入り高等學校を出づれば大學に進み得べき規則な

るにも拘はらず其規模何れも狹小にして世の需用に應ずるに足らず高等學校にて入校を拒

まれ大學にて門前拂ひと爲るもの幾何なるを知らず一面に於ては私立學校を冷遇して其衰

運を断り他の一面に於ては自から相應の學校を作る能はず天下の青年をして方向に迷はし

む或る意味に於て從來の政府は敎育の進歩を妨げたる者なりと云ふも可なり要するに財政

不如意の爲めに政府事業の萎靡振はざるもの多きは疑を容れざる所あれば民黨が新に政權

を得たるに付ては是非とも增す可き經費を增して機關の運轉を滑にせざる可らず固より民

意は常に政費節減を主張したるものにして〓〓でも儉約主義を守らざる可らざるは云ふま

でもなしと雖も其儉約と云ふは無用の行政費〓〓くの意にして必要なる事業費を惜むの謂

に非ず例へば役人の氣風を改め事務を簡にして冗員を淘汰すると共に無用の官衙を廢する

は政費節減の一端にして警視廳の如きは斷じて廢せざる可らず臺灣事務局若しくは北海道

局の如きも單に臺灣總督府又は北海道廳の取次所たるに過ぎざることなれば別に局を設く

るの必要なきのみか地方廳の中にも或は廢合して差支なきものもある可し一面に於ては大

に儉約して他の一面に於て大に費すは民黨政府の特色とす可き所なり節す可きを節する能

はず增す可きに增すを得ずんば薩長政府と何の擇ぶ所あらんや人民が民黨政府に望を屬す

る所以は斷じて行政を改革すると共に大に事業費を增して交通なり敎育なり都て萎靡した

る機關を活動せしめんことを思へばなり增すにも減ずるにも共に大膽ならんこと我輩の切

に望む所なり