「砂糖と酒」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「砂糖と酒」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

砂糖と酒

先頃來世間に砂糖課税の説あり政府部内に於ても之を好財源と認め實行の方法に就て調査

中の由なれば豫算査定の成行如何に依て課税案の成立を見るやも知る可らずと云ふ往年砂

糖の製造は甘蔗を産出する熱帶地方のみに限られたれども近年甜菜糖の製法行はれてより

世界到る所に其製造を見るに至れるのみならず各國政府に於て自國の製造者に夫れぞれ奬

勵〓を與へて輸出の增進を謀りたるにぞ其價は需要の增加にも拘はらず次第に下落の傾を

呈したり現に一昨年來我國の諸物價は著しく騰貴したるに砂糖のみは外國より廉價の輸入

品あるが爲めに自から之に制せられて他と同樣の割合を以て騰貴せざるの一事を見ても世

人が廉價の砂糖を消費するの事實は甚だ明白にして殊に其消費は社會生活の程度の上達す

ると共に增加す可きものなれば課税法にして宜しきを得んには毫も消費者に苦痛を及ぼさ

ずして其収入はますます增加の望なきに非ず歐洲諸國が從來砂糖税に重きを置く所以にし

て我當局者が斯る課税を思ひ立ちたるも全く此邊の事情に出づるものならんなれども今の

實際を見るに我國に於て消費する砂糖の過半は外國より供給を仰ぐ次第にして内地の生産

は常に外國品の輸入の爲めに壓倒せらるゝの傾あればいよいよ課税を實行する塲合には輸

入税をして内國税に伴はしむるの必要あり然らば新聞税則は此點に就て如何なる制限を設

けたりやと云ふに關税定率法は精糖の輸入税を原價の二割、赤黒砂糖の税を五分と定めた

れども日英並に日獨條約の協定税則に於て精糖の輸入税を一割と定めたるを以て輸入の大

部分を占むる白砂糖に對しては一割以上の税を課するを得ず然らば其内國税も外國輸入品

との競爭上一割以内の税率に止めしむるは實際に已むを得ざる所にして外國の輸入高が未

だ二千萬圓に達せず内國の製造高も七百萬圓内外に過ぎざる今日に於て斯る税率を課した

ればとて何程の収入をも得る能はざる可し或は條役上の制限を避けんが爲め砂糖の内國産

たると外國産たるとを區別せず仲買人の賣上代金を標準として課税す可しとの説ある由な

れども既に今日の如く輸入の砂糖を内國産の砂糖との間に生産費の相違著しき塲合に同樣

の課税を加へんには多額の生産費を要する内國の製糖業をしてますます衰微の傾を呈せし

むるの掛念なきを得ず英國の如き輸入煙草税の収入を增加せしめんが爲め内國に葉煙草の

耕作を禁止したるなどの例なれども是れは輸入税の収入が非常に增加の見込ありたるが爲

めにして我國の如く他に好財源の存する塲合に殊更らに砂糖に課税を加へて製糖業を衰頽

せしむるは决して策の得たるものと云ふ可らず當局者が一方に酒税增加の實際に適當なる

所以を認めながら大に增加を謀らずして一方に砂糖税を始め地租市街宅地税等の增率に意

あるは何故なりやと云ふに大に酒税を增加するときは之が爲めに代用品の輸入製造を奬勵

し或は脱税密造の風を促して税率を增したる割合に収入の增加を見る能はざる可しなど無

益の掛念を懷くが爲めならん近年酒精並に支那酒の輸入が著しく增加したるは實際の事實

にして殊に酒精の如き昨年の輸入元價は九十六萬圓に過ぎざりしに本年は一月以降六箇月

間に百三十一萬圓に上りて今後ますます增加の模樣あれば當局者が多少の掛念を起すも無

理ならぬ所なれども是れは從來政府が酒精の輸入混成酒の製造等に就て取締を怠りたるが

爲めにして一方に其邊の取締を嚴重にすると同時に一方に自家用料酒の禁止を斷行すると

きは清酒の造石高は决して今の四百萬石に止まらざる可し今日税法の實際を見るに直接税

を增加して脱税の弊を招き間接税を增加して代用品の消費を促すに至るは到底免かれ難き

所にして若しも一部の論者が唱ふる如く之を標準として税の良否を云はんには一として不

良のものならざるはなし畢竟事の末節にのみ着目して大體に通ぜざる迂濶論にして殆んど

顧みるに足らず當局者が區々たる世説に迷はず税源の選擇に就て宜しきを得んこと我輩の

希望する所なり