「新關税則の實施」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「新關税則の實施」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新關税則の實施

新關税則の實施

新關税則は明年一月より實施の豫定なるが之が爲めに内地の經濟社會は如何なる影響を被

る可きや新税則を見るに輸入税率は平均一割五厘餘にして現行の税率三分五厘七と比較す

れば殆んど三倍の增率に當る其上に仕入地産出地等より内地に到着するまでの運賃保險料

手數料その他の諸雜費を輸入品の元價に加へて課税の價格を算出するの定めなればいよい

よ實施の曉には石炭機械砂糖の如き輸入の塲合に多額の雜費を要するものは勿論輸入品全

體の價に增率相當の騰貴を呈するは實際に免かれ難き所なるのみか實施の期限にして切迫

するときは見越し輸入品の價にも多少の騰貴を見ることならん其騰貴は輸入税の負擔が一

般の消費者に及ぶ證據にして近年國力の發達著しき事實より云へば今の税率を二倍し三倍

したればとて之が爲めに内國の消費力を減殺して增率の割合に収入を增す能はざるなどの

掛念なく輸入貿易の次第に增進するに從て自然に輸入税の収入を增すに至るは一般の信じ

て疑はざる所なり即ち輸入税に增税の餘裕あるは明白の事實なりとして扨實際に其增収を

促して今後の歳出增加に應ぜしむるを得るや否やの問題に至りては自から一考の價ある可

し關税則の最も發達したる英國の實例を見るに輸入税の収入は二千百五十萬磅にして經常

歳入の五分の一に當れども我國に於ては新關税實施の爲めに収入增して一千萬餘圓に上る

も經常歳入と比較すれば僅に十四分の一内外に過ぎず連年輸入貿易の增進する國抦なるに

も拘らず斯く輸入税収入の微々たるは全く改正條約に於て諸外國と重要輸入品の税率を協

定して關税定率法に定めたるものよりも遙に低税を課する旨を約束したるが爲めに外なら

ず現に毎年百萬圓以上の輸入ある物品に就て見るに政府が隨意に税率を增すを得るは機械

石油の類なれども是等は或は生産の補助品として或は日常の消費品として税率を輕減する

の必要こそあれ其增加などは思ひも寄らざる所にして課税の自由は一片の空文に過ぎざる

其反對に此方に於て最も課税を希望するフラ子ル羅紗綿織絲精糖の類は盡く協定税目の内

に在りて改正條約の有効なる間は其税率を一割以上に增す能はず即ち収税の上より見て無

能力なる物品には課税の自由あれども增収の餘裕最も豐なる物品には其自由なき次第にし

て斯る有樣にては西洋諸國には輸入税率の增加に依て容易に歳入の不足を補ふなどの便法

あるにも拘はらず日本は財政上に如何なる困難を見るも唯貿易全體の發達の爲めに自然に

収入の增加を待つの外に道なかる可し元來協定税則は一方の國が極端なる保護税を課して

他國の輸入品を妨遏するの掛念ある塲合に始めて約定の必要あるものにして双方共に輸入

品の税率に多少の輕減を加へこそすれ必ずしも収税の自由を侵すものに非ざるに新關税の

協定税則は大に其自由を制限するの傾あるのみか今後我國の重要輸出品に對して苛重の輸

入税を課するやも計り難き佛蘭西獨逸の税權には何の制限をも加へずして全く彼れの自由

に任せたる其上に兩國より我國へ輸入する鋼鐵、汽車客車、印刷機械セメント牛乳の類に

課する税率は現行のものと同樣從價税五分と協定したりと云ふ税權の自由に非常の束を加

へたるものにして斯る制限ある以上は輸入税の収入に充分の增加を促す能はざるは勿論、

内國に於て新に消費税を課する塲合にも不都合を招くの掛念あり先頃來政府が計畫したる

砂糖税の如き其一例にして精糖の協定税率を一割に限りたるが爲め外國輸入の砂糖に内國

産に課すると同率の重税を課せんとする以上は輸入の砂糖が内地の仲買人の手に移りたる

塲合に於てするの外なく從て今の營業税と同樣、煩雜なる課税法を行はざるを得ずと云ふ

財政上より見れば此上もなき不便にして新税則實施の後に於ても世間に於て望むが如き効

能を財政の上に見る能はざる可し我輩の遺憾とする所にして所謂税權の恢復が何れの邊に

在るやを疑ふものなり

黨員の言排斥す可らず

政府の議と政黨の望と相一致せず黨員が外より苦情を唱へて閣員を掣肘するが如き本來正

黨政治にあるまじきことなれども左ればとて一概に其言を斥く可らず目下政員が當局者に

促す所のものは文官任用令の廢止、人材登用、官吏の三分一減、警視廳廢止等にして何れ

も天下の輿論、革新の要件にこそあれば政府に於ては他の催促を受くるまでもなく當さに

自から進んで實行す可きものなりと云ふ次第は世は民黨の世と爲りて役人の更代も少なか

らざるが如くなれども實際政黨員の手に歸したるものは僅に勅任以上の地位のみにして官

海の大多數を占むる奏任以下の領分には一歩も踐込むを得ず或は手足は頭の命令に隨て動

くものなるが故に上流の地位をさへ我手に収むれば他は問ふに足らずとの説もあらんかな

れども寡は衆に敵せず過半の人を代ふるに非ざれば以て新政を施すに足らず例へば一家内

のことにしても主人は西洋流儀にして起居眠食總て舊風を改めんとするも妻君より下女下

男に至るまで家族悉く西洋嫌ひならば日々に種々の苦情を生じて主人の命令も到底行はる

可らず又私立の會社にしても社長より小使に至るまで多年一種の種族を以て固めたるもの

は之を改革すること容易に非ず無縁の他人が突然入社して其社長と爲り支配人と爲りたれ

ばとて以て社の空氣を一新するに足らざるのみか強ひて其意見を行はんとすれば衆社員の

爲めに却て放逐せらるゝの奇觀なきを期す可らず舊來の官吏を其儘にして革新の實を擧ぐ

るの難きを見る可し翻て更らに政黨の内を見れば單に一箇の人物として老朽官吏に勝る其

上に多年政界に奔走して産を傾け身を危うしたるもの少なからず此輩は即ち民黨政府の大

株主にして恰も維新の際倒幕に盡力したる諸藩の有志者が明治政府の元勳たるが如し政友

の情義としても當局者は之を捨置くこと能はざるのみか政界の治安の爲めにも何とか始末

せざる可らず同じ功勞者にして一は相應の報酬を得て得々たるに反して他は相變らず貧窮

に苦しむが如き人情の堪ふる所に非ず不平の早晩破裂す可きは疑を容れざる所にして或は

藩閥の殘黨と提携し公然仲間の政府を非難して其更迭を促すことなしと云ふ可らず昨今物

議の紛々たるも畢竟これが爲めなれば不平を醫するの工夫大切なりとして扨その方法は如

何と云ふ〓〓に文官任用令を廢して大に黨員は採用の門戸を開くに在るのみ勅任以上の椅

子其〓〓〓〓〓けれども〓任以下には千を以て算するの地位あり重なる黨員を容るゝに

綽々として餘裕ある可し一面には革新の爲めに舊官吏を罷免せざる可らず他の一面には治

安の爲めに大に黨員を採用するの必要を感じながら強ひて關門を鎖して政府の基礎を危く

するが如き智者の事に非ず聞く所に據れば當局者に於ても多少之を改正するの意あり今後

或る學校を卒業したる者には無試驗登用の特典を與ふ可しとのことなれども關門開放の必

要は將來に非ずして今日に在り黨員の始末は目前の急務にして新舊官吏の交代は十年の後

を待つ可らず任用令を廢す可しと云ふは即ち此必要に應ずるが爲めにこそあれば只將來或

る學校を卒業する者に無試驗登用の特典を與へたればとて何の効能もある可らず或は一時

に門戸を開放すれば獵官熱は一層沸騰して當局者は其始末に窮す可しとの説もあるよしな

れども斯の如きは苟も力ある者の口にす可き言に非ず門戸を開いて出入を自由にしたれば

とて採る可きを採り排す可きを排するに於て何かあらんや目前に飢ゑたるものあり打捨て

置けば或は治安を害するやも知る可らず而して内を顧みれば與ふ可きもの甚だ多きに拘は

らず只一時の混雜を恐れて敢て門戸を開かざる者あらば之を稱して卑怯者と云はざる可ら

ず斯くて大に黨員を入るゝと共に局外の新人物をも採用して官吏の大更迭を行はゞ内には

革新の實擧がりて外には物議なく政府の基礎始めて固かる可し當局者は何故に躊躇するか

殆んど解す可らず其他警視廳問題の如き又官吏の減員の如き世既に定論あり復た我輩の

喋々を要せず要する所のものは只决斷の一事のみ盖し今の當局者は野に在て大言壯語した

るに似ず一朝志を得るや俄に因循姑息に陥りたるの色なきに非ず動もすれば秩序を云々す

れども今の時は尋常の時に非ずして三十年來の治風を一變するの時なり秩序固より重んぜ

ざる可らずと雖も改革とは或る意味に於て舊來の秩序を破ることなり秩序に拘泥すれば到

底改革の實効を望む可らず優柔に失せんよりは寧ろ果斷に失せんこと我輩の特に勸告する

所なり