「事に原因あり」

2013-08-05

昭和版『続福沢全集』第 5 巻所収の石河幹明執筆社説「事に原因あり」(738頁)を公開しています。

詳細は、昭和版『続福沢全集』「附記」をご覧下さい。 体裁等については、昭和版『続福沢全集』第 5 巻からの書き起こしについてをご覧下さい。

本文

無政府共産主義者の大隠謀事件は日本臣民伝来の信念をたみし光輝ある我国の歴史に汚点を印して幾千百年来誇りとしたる国民の自負心を傷けたるものなり

我輩に於ては皇室に対して只管恐懼すると共に恰も其身を切らるる心地して痛恨に堪えず

実に天地に容れざる大逆無道の犯罪、今前に之を見ざるは無論、今後に其絶無を期せんと欲するものなれども抑も明治の聖代、皇徳の大に発揚せられたる今日に当り斯る大不祥事の生じたるは何故ぞや

或は偶然の特発と云わんかなれども凡そ社会の事物、人事の現象には自から原因なきを得ず

喩えば人身に感染する病毒にしても一見特発に係る如きものありと雖も其実吾々人間の日常呼吸する大気中には種々雑多の病原菌の混入飛散するありて其体内に入るを防ぐは絶対に不可能にして唯平素の体質健全なるものは之を吸入するも感染せざるに反し薄弱なるものは容易に其感染を受けて発病の原因を為すことなり

既に国を開て外国と交通する以上は彼の国の社会に行わるる種々の主義思想も自から輸入せられて我大気中に混入せざるを得ず

当然の事実にして中には随分危険なる分子をも含むものとすれば苟も其感染を防がんとせば社会の人心を健全にして如何なる毒菌を呼吸するも之をして感染の力を逞うせしめざるの外あるべからず

今回の不祥事の如き今日の聖代に斯る事の出来すべしとは吾々の夢にだだにも思わざりしところ、真実案外の出来事として之に驚くのみ

左れば彼の大罪人等は恰も不意に発狂したるものの如く斯る大それたる大犯罪を企てたれども聖恩海の如く際涯なく此大虐無道の罪人に対してさえ恩赦の御沙汰ありたるに就ては其恩徳はますます人心に感孚して今後は万々一の間違にも心得違の者を生ずべき掛念なしと云わんか

我輩も固より其然らんことを祈るものなりと雖も仮初めにも有るべからずと思いたる事件が現に生じたる以上は千万年の計を考うれば今後は最早や絶無なるべしとて徒に安心するよりは実際に如何なる危険分子の混入するも之を感染せしめざるの方法を講ぜざるべからず

思うに我国にて所謂社会主義者なるものの中に更に極端劇烈なる無政府共産主義者の如きものを生じ然も其毒鋒の向う所は主として政治上の方面にして恐れ多くも大それたる大事件を企つるに至りたる其経路を見るに如何にも簡単至極にして未だ国民性の修養も行届かざる血気一偏の少年輩が外国に行わるる同主義の流毒にかぶれたる如くなるも其これにかぶれたるは社会の人心に自から間隙を存して其感染を容易ならしめたるの事実あるを認めざるを得ず

又或は政府近時の対社会主義者取締の厳酷に失し圧迫迫害到らざる所なきより

恰かも其輩を追窮して自暴自棄の極此に至らしめたりと為すものあり

我輩も亦政府の処置を以て事の一原因と認むるに異議なきものなれども然らば現政府の当局者が取締の方針を改むるか又は内閣更迭の事ありて其方針を異にする政府が之に代わりたらば善後策は夫れにて十分なりやと云うに我輩は決して之に安んずること能わざるものなり

我輩の所見を以てすれば今日の社会に不逞の徒を出すの間隙を生じたるは凡そ此三十年来明治政府の局に当りたる政治家輩が短見浅慮、経世の念に乏しく単に自家の小功名心の為めに国家千百年の大計を度外に付し散々の不養生不始末を極め社会の人心に悪影響を及ぼしたるの結果と認めざるを得ず

即ち問題は歴代の政府より以て現内閣に至るまでの連帯責任にして我輩の是れより問わんと欲する所のものなり

(明治四十四年一月二十四日)