「平民主義の謀反人」

2013-08-05

昭和版『続福沢全集』第 5 巻所収の石河幹明執筆社説「平民主義の謀反人」(740頁)を公開しています。

詳細は、昭和版『続福沢全集』「附記」をご覧下さい。 体裁等については、昭和版『続福沢全集』第 5 巻からの書き起こしについてをご覧下さい。

本文

古語に富を為せば仁ならず仁を為せば富まずと云えり

人間社会に丸儲の難きを意味したることにして天下人心の集点なる政界に於ては殊に然り

実を得んとするものは名を避け名を得んとするものは実を欲せざるは古来政治家の秘訣にして名実の丸儲は政治上に最も忌む所なりと知るべし

王政維新は我国空前の大革命にして当時その事に当りたる政治家の言を聞けば四民は何等ならざるべからず門閥は廃滅せざるべからず云々とて純然たる平民主義、啻に之を口に唱えたるのみならず之を実地に実行し門閥世襲の制度を一切打破し公議輿論に万機を決せんとする其意気込は甚だ盛にして太政大臣左右両大臣等の旧名はあれども実際に事を決するの権力は参議の一列に存する其参議なるものは何れも簡易磊落の書生流を以て平民主義を実行し其活溌果断、天下の耳目を驚かし社会の人心を一新せしめたり

是れぞ維新々政の特色にして其為す所は又自から政治の秘訣に適うたるものなり

政治家が名を避け実を収むるに注意するは古今東西其軌を同うする所、西洋文明諸国の例は別とし之を我国の事実に徴すも王朝の時代は事古ければ之を省き我政治歴史に能く国内の統一太平を致し治績の観るべきものを挙ぐれば主として北條徳川の両氏に指を屈すべき

其北條氏の為す所を見れば陪臣を以て上下を頤使するの大権力を有しながら其身は従四位相模守の卑位微官に安んじ又徳川氏は其官職も高かりしかども是れは将軍家の事にして実際の政権に干輿したる閣老の人々は譜代の小藩大名にして其官位も亦甚だ低し

其意(注1)の存する所、自から窺うべし

左れば三條岩倉等の旧公卿は別として維新第一の功臣と云うべき老西郷の如き其位は三位に過ぎず木戸大久保も同様にして磊落書生の流儀を以て平民主義を実行したることなれば世間にては参議を書生の異名と為し之を俗謡にも歌いたる程にして有意か無心かは知らねども其為す所自から政治の秘訣に適い天下の人心に快感を与えて非常の好影響を及ぼしたり維新匇々の際には尚お守旧頑固の輩多くして新政府の施設に反対するの気風頗る盛なりしも能く其頑固論を圧服し之を屏息せしめたるは磊落書生流を以て平民主義を行公明正大以て事に当りたる為のみ四民同等、門閥打破は維新々政の綱領たるのみならず万機公論に決すべしとの綸言は儼として日星の如く国会開設憲法政治の実行も早く既に予期せられたるものなれば明治の新政は飽くまでも当初の精神、簡易活溌の心構を以て進むべき筈なるに然るに木戸歿し西郷斃れ次で大久保も死したる後は当局者は席の漸く温まると共に政府の光景次第に変化を催し来り

第二流第三流の後進輩が位官を進めて木戸西郷大久保の先輩を凌駕するに至りたる其昇進の甚だ速なるは年功の致す所として尚お恕すべしとするも爰に驚くべきは爵位の製造なり

西洋の君主国にもプリンス、マーキス、カウント等の爵名あれば我国にも之なかるべからずとて公侯伯子男の爵位を設けたることならんと雖も四民平等門閥打破を主張し実行したる其磊落書生が身躬から華族と成り済まして顕位栄爵昔しの公卿大名をも後に瞠睰(注2)たらしめたりとは其変化の余りに急なるに驚かざるを得ず

華族昇進は一身栄誉上の事として政治に関係なしと云わんかなれども旧公卿大名の栄誉の如き歴史上の事実と為りたるものは社会の人心に於て之を怪むものなしと雖も旧藩士もしくは其以下の身分より出身し然も平民主義を標榜したる書生輩の一類が新に華族の一階級を設けて打揃うて其仲間に入り態度一変、遂に御前殿様を気取り得々たるが如き識者の眼より見れば唯是れ小児の戯にして一笑に付すべきなれども一般の人心に感ずる所は然らず昨日までは自から平民主義を唱えたる書生参議の輩が今更ら御前殿様に早変りし自から栄誉を恣にして恰も吾々平民を視下すとは何事ぞや吾々は侮辱せられたり騙欺せられたり

彼等は平民主義の謀反人なりとの感を催すは人情無理もなき次第なりと云うべし

人心既に此感を懐く

自から事実に現わるるものなきを得ず

爾来次第に施政の困難を覚え社会に従前は見る能わざりし種々の事件出来したるも怪しむに足らざるなり

爵位は栄誉の表彰なり

国家に功労あるものが之を授けらるるは固より当然にして此制度の設は敢て非難すべからずと雖も現に政局に当りて実権を握るものが其権力に厭き足らずして更に栄誉の高きを辞せず

其出身経歴の次第をも省みず名実丸儲の地位に立ち其天下の人心に及ぼす影響如何に考え到らざりしは実に浅墓至極の沙汰にして政治家たるの資格に於ても聊か疑なきを得ず

本来を云えば仮令い爵位の制度はあるにもせよ自から政界に生活して政権を得喪する間は少しく遠慮しいよいよ退隠の場合に之を受けて其身家を飾るか或は身後に於て正一位大明神の位を辱うするが如きは固より差支なしと雖も彼等が親しく政権を掌握する其上に飽くまでも一身を顕栄にして揚々自得徒に小児の戯に誇り其相続人たる現政府に至るまでも其戯をして自から悛むるを知らざりしが如き自から社会の人心に間隙を生ぜしめたる一原因にして其結果禍を栄誉の源にも及ぼさんとしたるは明治政府歴代前後の当局者共に其責任を免かるべからざるなり

(明治四十四年一月二十五日)

脚注

(1)
原文では「用意」と表記されている。
(2)
原文では「瞠若」と表記されている。