福澤諭吉直筆草稿残存社説目録

2010-11-14

はじめに

平山氏と穴山恵大さん(静岡大学教育学部四年生)の両氏作成の「福澤諭吉直筆草稿残存社説目録」を、両氏の許可を得て転載します。

凡例

  1. この資料は、2007年11月までに発見されている福澤諭吉直筆の時事新報社説を、時系列順に配列したものである。
  2. 作成にあたり、慶應義塾福澤研究センター編「マイクロフィルム版福澤関係文書収録文献目録(第4分冊)福澤諭吉関係資料(二)」(雄松堂出版・1995年3月初版、1998年2月改訂再版)と福澤諭吉協会編『福澤諭吉年鑑』を参考にした。
  3. これらの社説草稿はすべて現存していて、筆跡は完全に福澤のものと確認されている。現行版の所在と、それらが大正版・昭和版に採録済の場合は、その所在も示してある。
  4. 大正版と昭和版に重複して採録された社説はない。また、この両版に掲載された社説は、すべて現行版所収となっている。
  5. 『福澤諭吉年鑑』所収の社説は、現行版全集の刊行以後の新発見資料である。これらを読むには年鑑にあたる必要がある。

目録一覧

1882-04-01 立憲帝政党を論ず 現⑧68頁
1882-07-19 局外窺見 現⑧216頁 大⑧098頁
1882-08-05 朝鮮政略備考 現⑧275頁
1882-08-14 懸直論を恐る 現21405頁
1882-08-15 大院君の政略 現⑧285頁
1882-08-18 出兵の要 現⑧290頁
1882-08-19 朝鮮の事に関して新聞紙を論ず 現⑧294頁
1882-08-26 兵を用るは強大にして速なるを貴ぶ 現⑳240頁
1882-11-16 極端論 現⑧390頁 昭①133頁
1882-12-06 尚自省せざる者あり 現⑧424頁
1882-12-07 東洋の政略果して如何せん 現⑧427頁 大⑧418頁
1883-03-08 漢学の主義其無効なるを知らざる乎 現⑧570頁
1883-04-20 文明の利器果して廃す可きや 現⑧605頁 大⑧125頁
1883-04-30 破壊極りて破壊を止むるの日ある可し(攻防論) 現⑧622頁 大⑨141頁
1883-06-02 日本の資本を朝鮮に移用するも危険ある事なし 現⑨007頁 昭①251頁
1883-06-18 不虞に備豫するの大義忘る可らず 現⑨036頁
1883-06-20 国財論 現⑨039頁 昭①349頁
1883-07-03 国財余論 現⑨077頁 昭①369頁
1883-07-23 文明の風を導くには取捨する所あるを要す 現⑨094頁 昭①487頁
1883-07-28 世態論時事新報に呈す 現⑨100頁 昭①274頁
1883-09-29 外交論 現⑨192頁 大⑧472頁
1883-10-16 商人に告るの文 現⑨216頁
1883-11-22 徳教之説 現⑨277頁 大⑨373頁
1883-12-07 政事と教育と分離す可し 現⑨308頁 大⑨284頁
1884-02-07 私立学校廃す可らず 現⑨391頁
1884-04-18 海外に日本品売弘の説 現21406頁
1884-07-30 兵役遁れしむ可らず 現⑨570頁
1884-10-24 貧富論 現⑩080頁 大⑩080頁
1884-12-30 国民の私に軍費を醵集するの説 現⑩162頁 昭①649頁
1885-01-20 支那の談判は速ならん事を祈る 福澤年鑑18
1885-06-04 日本婦人論 現⑤447頁 明治版所収
1885-07-31 慶應義塾暑中休業に付き演説 現⑩353頁 大⑨548頁
1886-02-24 教育の方向如何 現⑩567頁
1886-06-21 米麦作を断念す可し(前編) 現⑪040頁
1887-08-04 条約改正会議延長 現⑪325頁
1887-08-15 政略 現⑪332頁 大⑧168頁
1887-08-29 社会上の問題にも売薬主義を廃す可し 福澤年鑑03
1887-11-27 読ジャパンメール新聞 現⑪400頁
1888-02-24 東京米商会所 現別003頁
1888-02-25 紡績所の糸を如何せん 現⑪450頁
1888-03-12 欧州治安策 現⑪460頁
1888-05-01 内閣総理大臣の更迭 現⑪477頁 昭②521頁
1888-05-03 枢密院の効用 現別005頁
1888-08-19 炭坑視察 福澤年鑑21
1888-10-05 相場所営業の延期 現別007頁
1890-01-03 華族の財産 現⑳364頁
1890-01-25 政府且つ切迫することを休めよ 福澤年鑑03
1890-02-06 富籤法の利用 現⑫364頁
1890-03-23 救急の一策 現⑫400頁
1890-03-24 世の中を賑やかにする事 現⑫403頁
1890-08-11 コレラ防ぎの寄附 現⑫482頁
1890-08-27 尚商立国論 現⑫489頁 大⑨165頁
1890-09-11 相場所営業の延期 福澤年鑑16
1890-09-20 壮士を如何せん 福澤年鑑21
1890-11-01 諸株式の下落 現⑫530頁
1891-09-23 三菱社 現⑬189頁 昭③302頁
1891-09-24 又三菱社 現⑬191頁 昭③305頁
1891-10-21 私立銀行始末 現⑬208頁
1891-10-30 大地震 現⑬213頁 昭③208頁
1891-11-01 自身は建築法の大試験 現⑬218頁 大⑩047頁
1891-11-13 救済の勅令 現⑬228頁 昭③215頁
1891-12-09 医薬分業行はれ難し 現⑬236頁 大⑩50頁
1891-12-25 震災地方は今正に災害の最中なり 福澤年鑑16
1891-12-26 金銭談 福澤年鑑16
1892-01-01 明治二十五年一月一日 現⑬269頁
1892-01-21 震災地方民の難渋 福澤年鑑16
1892-02-11 自由改進両政社の首領告発せらる 現⑬300頁 昭③377頁
1892-04-26 明治二十五年四月二十四日交詢社第十三回大会に於て演説 現⑬354頁 大⑩138頁
1892-05-18 停会の後を如何せん 現⑬367頁 昭③405頁
1892-06-08 震災費事後承諾 現⑬390頁 昭③416頁
1892-06-11 追加予算案 福澤年鑑16
1892-09-28 資本の用法 現⑬512頁 大⑨182頁
1892-10-20 教育の説 福澤年鑑16
1892-10-28 明治二十五年十月二十三日慶應義塾演説筆記 現⑬554頁 大⑨617頁
1893-01-20 銀貨下落 現⑬632頁 大⑨203頁
1893-03-17 司法大臣 現⑭015頁
1893-04-18 朝鮮の政情 現⑭029頁 昭③646頁
1893-07-27 株熱の余症恐る可し 現別009頁
1893-12-30 又もや十四日間の停会 現⑭241頁 昭③726頁
1894-06-03 衆議院又々解散 現⑭388頁
1894-06-06 計画の密ならんよりも着手の迅速を願ふ 現⑭393頁 昭④137頁
1894-06-22 国立銀行 現⑭419頁
1894-07-04 兵力を用るの必要 現⑭434頁
1894-07-05 土地は併呑す可らず国事は改革す可し 現⑭436頁
1894-07-06 改革の着手は猶予す可らず 現⑭439頁 昭④067頁
1894-09-07 朝鮮の改革に因循す可らず 現⑭555頁 昭④097頁
1894-11-14 財政の急用 現⑭637頁 昭④282頁
1895-04-06 長崎造船所 現⑮124頁
1895-08-21 勤倹は中人以上の事に非ず 現⑮274頁 昭④579頁
1896-03-11 福澤氏古銭配分の記 現⑮394頁 大⑩485頁
1896-11-03 気品の源泉智徳の模範(演説) 現⑮531頁 大⑩489頁
1897-01-01 学生の帰省を送る 現⑮571頁 大⑨645頁