『福翁百話』解説全文

2010-11-14

このテキストについて

福沢諭吉『福翁百話』<現代語訳>(角川ソフィア文庫)の解説です。 掲載にあたり漢数字をアラビア数字に改めてあります。

解説全文

『福翁百話』解説

平山 洋

本書『福翁百話』の成り立ちは、序言にある通りである。それは明治29(1896)年2月15日付時事新報の紙面に掲げられ、本文は3月1日から翌明治30年7月4日まで掲載された。そして連載終了半月後の7月20日に単行本として刊行されている。

百話それぞれに題名は付けられているものの、主題による編分けはなされていない。服部禮次郎氏は、慶應義塾大学出版会版の解説において、各話の主題を、宇宙観・宗教観・人生観の三部門に分類している。全100話を部門で区切るなら、宇宙(天)の精妙さについての話題が10話まで、続いて人間の内的な規範である道徳と宗教に関する話題が19話まで、その後は人生(人事)全般について、すなわち夫婦関係・子弟教育・実業の心得・健康管理・公民思想等の話題が、相互に緩やかな繋がりを保ちつつ配列されている。とはいえ一読して整合的に理解するのが難いのは、これら三部門間相互の連関についてである。

一見理解し難い、科学の進歩によって明らかとなってきた宇宙の仕組みと福沢の宗教観や人生観との関係については、すでに小泉仰氏による優れた先行研究がある(「『福翁百話』における実学思想と宗教哲学」慶大出版会刊『福沢諭吉の宗教観』所収)。それによれば、福沢は遠い将来西洋の科学理論(これを福沢は物理学と呼ぶ)によって有形の自然・社会、無形の人間精神すべてを含めた天すなわち世界と宇宙全体を知り尽くすことができると確信し、それを「天人並立の有様」と称した(同書257頁)。そしてその時には、自然界と人間界を問わず、自然・社会・世界だけでなく、さらに感覚・感情・情念・知性・意志を含む人間精神の真理原則を、物理学によって把捉できることになる。したがって自然界と人間社会との区別はなくなり、人間は物理学的真理原則によって統一的に人間社会を含めた宇宙全体を理解することができるわけである(同書262頁)。

この状態はあくまで遠い未来に実現するとされるものの、福沢は仮にこの天人並立の状態に身を置く。そこで説かれるのが、いわゆる人間ウジ虫論(7・10話)である。そこでの、全宇宙から見れば人間の一生など取るに足らないウジ虫のそれと変わらない、との主張は、あるいは敗北主義にも見えてしまうかもしれない。だが、その論の真意は実は正反対のところにある。すなわち、ウジ虫もまた全宇宙の真理の一部を担っているがゆえに、それ自体かけがえのない生を生きている、ということである。この話は前後不都合かもしれないが、と述べたうえで、福沢は次のように続ける。「もともと人間の心は広大で限りなく、理屈の外にこそ悠然としていることができるのである」と。

この宇宙観に基づいて、福沢は続く90話を書き進める。曰く、人間の道徳性の根拠は、美を愛する心に由来し、その心に従うことで、美しい人生を送ることができる(11話から14話)。各人を取り巻く環境は穢れているので、時には淫惑に迷うこともあるかもしれないが、そうした誘惑から離れて人間としての義務に思い至るべきだ(15話から19話)。美しく生きるための基本は、夫婦が仲むつまじい家庭をつくることにある(20話から25話)。子供が生まれたなら、男女長幼に関わらず彼らを平等に愛して、まずは身体の健全な発育に心を配り、子育てに際し親の価値観を押しつけてはならない(26話から31話)。教育についてはとくに実学を身につけさせるべきで、それは個人の独立のために必要なものだ(32話から41話)。人の独立を助けるための慈善事業は必要だ(42話から48話)。経済の独立を図れ。実業のための心得には、正直・節倹・忍耐など諸々の要点がある(49話から61話)。国家は常に前進する必要があり、その主要な推力となるのは富豪たちである(62話から69話)。そうした人々を創る教育の功徳は子孫まで引き継がれる(70話から79話)。学問を修めるための器としての健康な身体を、医者と相談しつつ作りあげよ(80話から85話)。政治の実践の場ではどうしても旧慣に囚われがちだが、古代は理想世界ではなかったことを思い出そう(86話から91話)。政府とは国民の公心を代表するのものであるから、国民はどしどし意見を表明して政府を良い方向に導くべきだ(92話から100話)、等々。

福沢諭吉によるこうした処世訓話は、今なおいささかも古びていない。いやむしろ、公刊一世紀を経て、ますます輝きを放っているといえるだろう。