福沢諭吉は韓国侵略論者ではない

2016-11-13

このテキストについて

平山氏からの依頼により、2016年10月29日に大分県別府市立命館アジア太 平洋大学で開催 された韓国日本近代学会での発表「福沢諭吉は韓国侵略論者で はない」の発表要旨と資料及び音声を、平山氏の了解のうえアップロードします。

発表要旨

福沢諭吉は韓国侵略論者ではない

静岡県立大学 平山 洋

 何か「である」ことを証明するのは比較的容易である。というのは、そう「である」事例を一つ挙げれば事足りるからである。しかし、何か「ではない」ことを証明するのは厳密には不可能である。現在までの事例全てを列挙して、そう「ではない」ことが確かめられたとしても、明日「である」証拠が発見されてしまうかもしれないからである。

 従って、「福沢諭吉は韓国侵略論者ではない」ということを証明するのは、そもそも不可能なことである。この言明は要するに発表者の信念の表明にすぎないともいえる。だが発表者はその信念の真実性を、より多くの聴衆に確信していただくべく努力したい。それはどのようにしてかといえば、考えられるアプローチは次の三つである。

(1)福沢存命中に刊行された著作物中で、福沢は韓国(朝鮮)の独立を支持する旨の発言をしているが、その領有については言及していない。

 慶應義塾のホームページに「デジタルで読む福沢諭吉」という部門があるが、そこで福沢存命中の著作の用語検索が可能となっている。そこでの全用例により「福沢諭吉は韓国侵略論者ではない」ことの蓋然性が高まる。

(2)『福沢先生哀悼録』(1901)に収録されている韓国留学生帝国青年会総代金祥演の弔辞で、福沢が朝鮮独立の支援者であったことが讃えられている。

 存命時に韓国侵略論者としての福沢という認識があったなら、金祥演は福沢を評価しなかったろう。

(3)福沢が韓国侵略論者であるという風評は、死後30年、韓国併合後20年も経過してから突然降って湧いたものである。

 弟子の石河幹明著『福沢諭吉伝』の第三巻(1932)には福沢が韓国侵略論者であったことが明言されている。しかしその証拠とされる『時事新報』社説は、1933年から翌年にかけて石河が編纂した『続福沢全集』に収録された無署名社説であって、それらに福沢が関与したかどうかは分からない。

以上

資料

音声