「課題名:福沢健全期『時事新報』社説起草者判定」

2013-04-17

このテキストについて

平山洋氏から、日本学術振興会科学研究費が採択されたとの連絡がありました。 本サイトにも 密接な関係あるので、その研究計画の抜粋を平山氏の承認のもと掲載します。

科研費研究計画

日本学術振興会平成25年度科学研究費補助金(研究種目:挑戦的萌芽研究、課題番号:25580020)

課題名:福沢健全期『時事新報』社説起草者判定

Ⅰ 研究目的

研究の全体構想:本研究は福沢諭吉(1835~1901)が主宰していた新聞『時事新報』(1882~1936)の社説の起草者を新たな方法論によって判別したうえ、その中から福沢由来の社説を選び出すことでジャーナリストとしての福沢の全体像を再構成する。加えて判別の方法論の確立のために、まず福沢の署名入著作の本文をデータベース化し、それらを基礎資料としつつ、無署名社説と語彙・文体の比較を行う。福沢執筆と推定される全集非収録社説はテキスト化して、署名入著作ともどもネット上のサイト「平山洋氏の仕事」で公開する。

本研究の具体的な目的:福沢健全期(1882・3~1898・9)の全社説の起草者を判定することで、現行版福沢全集の「時事新報論集」(第9巻~第16巻)に適切な加除を施すこと。

Ⅱ 研究の学術的価値

①研究の学術的背景:現行版福沢全集の「時事新報論集」(社説約1500編収録)の社説選別の信憑性について、最初に疑義を表明したのは井田進也「福沢諭吉『時事新報』論説の真贋」岩波書店『図書』(1996・6)である。井田は、現行版全集(1958~1965)の「時事新報論集」が、かつてその主筆であった石河幹明編纂の大正版全集と昭和版続全集の「時事論集」を事実上合体させたものであることを示し、さらに現行版では削除されている続全集の「後記」に、所収社説の多くを石河が起草した旨の記述を発見している。また、井田は、実際に社説を起草していた時事新報社説記者個々の特徴的語彙と文体を拠り出して無署名社説の起草者の判定を試みている(光亡社『歴史とテクスト―西鶴から諭吉まで』2001・12)。

 一方、安川寿之輔は『福沢諭吉のアジア認識―日本近代史像をとらえ返す』(高文研、2000・12)において、主に昭和版続全集所収の社説を用いて、『福沢諭吉全集』21巻から朝鮮・中国に関する発言を洗いだし、そこに貫流する蔑視と偏見、帝国主義的思想構造を明らかにすることにより、丸山真男はじめ先行研究がつくりだした“福沢神話”を福沢自身の言葉をもって根底からくつがえすとする主張をなし、同内容の投稿を『朝日新聞』(2001・4・21)に掲載した。同年5月12日に本研究の代表者(平山)は『朝日新聞』紙上でその投稿に反論し、ここにいわゆる安川平山論争が開始された。そしてその経過のうちに社説の真偽判定の基準が必要であることが、平山にも強く認識されることになった。

 同年夏以降井田の判定技術を援用して暫定的な基準を設け、それにより社説を判別する作業に入った。その結果、現行版全集の「時事新報論集」は、その事実上の編纂者である石河幹明によって恣意的な選択がなされており、それが安川らの福沢批判を招く原因になったとする『福沢諭吉の真実』(文春新書、2004・8)を刊行するにいたった。また、2002年から2011年までの論文等をまとめた『アジア独立論者福沢諭吉―脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって』(ミネルヴァ書房、2012・7)をその延長上の研究書として刊行した。

②研究期間で明らかにすること:大正版「時事論集」の判定作業はすでに終結している。本研究ではそれ以外の『時事新報』創刊から脳卒中発作発症までの16年半の全社説の起草者判定を行う。その準備として、すでに同期間の社説・漫言の表題一覧表である「福沢健全期『時事新報』社説・漫言一覧及び起草者推定」と「『時事新報』掲載署名著作一覧」がHP「平山洋氏の仕事」上に掲載されている。該当する社説は約4300編であるが、その内400編程度は署名著作としてまたは大正版所収として、すでに判定済みである。差し引き3900編程度が未判定となるが、その内には署名入りのものが含まれているので、判定が必要な社説の総数はその約半数である。

③本研究の学術的特色と予想される結果と意義:本研究の学術的特色は、今まで必要を叫ばれていたのにまったく放置されてきた『時事新報』社説の全貌が明らかにされることで、40歳代後半以降の福沢の思索がはじめて明らかにされるところにある。その結果と意義は、石河が歪めてしまった福沢像とは大いに異なるアジア独立論者としての福沢諭吉の姿となるはずである。

Ⅲ 本研究の斬新性とチャレンジ性について

①本研究の斬新性とチャレンジ性について:従来までの福沢研究は、現行版全集全21巻別巻1巻に基づいてなされてきた。編纂者の富田正文は、その功労をもって学士院賞を受賞しているのであるから、その権威は揺るぎのないものであると認知されてきた。しかし、『福沢諭吉の真実』(2004)で明らかになったように、その「時事新報論集」への社説の採録は、富田の師匠である石河に全面的に依拠していて、しかも石河の選択の基準はまったく不明としか言いようのないものだったのである。現在福沢の自筆草稿が発見されている社説は約100編であるから、残余の1400編近くを、石河は彼自身しか知らない判断基準で選択したわけである。

 想像するに、石河は創刊4年目から時事新報社に所属していたのであるから、選択のいくらかは、彼の記憶に基づくのかもしれない。また、井田メソッドに類する方法を身につけていたのかもしれない。しかし、彼の方法がどのようなものであったにせよ、その信憑性が低いことは、自筆草稿残存社説の過半数を石河自らが編纂した大正版全集と昭和版続全集の「時事論集」に収録していないことから確かめられる。つまり石河は、純粋に福沢が書いた社説でさえ見極める目をもっていなかったか、あるいは、福沢が書いたと分かっていても、あえてそれを収めなかったか、のいずれかなのである。現行版「時事新報論集」約1500編を信じろといわれても、それは無理な話である。

 本研究はまず石河による社説選択を完全に無効とし、『時事新報』本紙掲載時に立ち返るところから一切をはじめる。すでに福沢存命期の『時事新報』マイクロフィルムは全巻購入済みであるので、そこから福沢が関与した可能性のある社説をできるだけ多くテキスト化する。そしてそれらをHP上に掲載する。一方、既に進行中の事業として、福沢の署名著作のデータベース化作業がある。こちらもHPに掲げることで、研究代表者(平山)が井田メソッドを用いて無署名社説の判定を進めるばかりではなく、HPを訪問する全ての人々に、判定のための平等な開かれた場を提供する予定である。平山の管見のかぎり、こうした研究方法は前例のないやりかたである。

②新しい原理の発展・斬新な着想や方法論の提案・卓越した成果の期待について:まず新しい原理については、福沢署名著作データベースによって、井田メソッドの精緻化が図られ、判定の精度が飛躍的に高められることが期待できる。井田メソッドによる判定の曖昧さについては、主に安川寿之輔著『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』(高文研刊、2006・7)と杉田聡編『福沢諭吉朝鮮・中国・台湾論集』(明石書店刊、2010・11)の「解説」で展開されてきた。それは無理もないことで、従来までは、福沢に独特の言い回しや語彙というのも研究者自らが検索していたものを、ネット上で行うことが可能となるのである。また、斬新な着想や方法論の提案としては、井田メソッドの精度向上のために広く研究者の意見を募集する、という試みがあげられる。起草者が確定していない社説の数は膨大であり、その推定作業を一人で遂行するのは容易なことではない。ネット上にテキスト化された福沢起草の可能性のある社説を掲載し、それらと署名著作データベースをいつでも引き比べることができるようにすることで、起草者推定の精度は日々高められることと思う。

 さらに卓越した成果としては、石河幹明によって作られた日清戦争期以降の福沢像(現在は侵略的絶対主義者として批判されている)を完全に覆すアジア独立論者としての福沢像が描き出されることになると期待している。本来こうした結論は、客観的な判定作業の末、結果として導かれなければならないのであるが、本格的な判定作業に入る前である現段階でも、その結論にいたることには相当な蓋然性を有している。というのは、福沢関与がはっきりしている論説・社説に、アジア侵略を後押しする内容のものが発見されず、かえって独立を支援するものばかりである、という事実があるのである。『福沢諭吉の真実』にも書いたように、侵略的絶対主義者としての福沢像は、石河によって書かれた社説と、その解説本ともいうべき『福沢諭吉伝』第3巻に依拠して形作られている。それらが無根拠となり、さらに多くのアジア独立支援者としての福沢を証する社説が発掘されることになれば、従来までの福沢像は根底から覆されて、まったく新たな福沢諭吉の姿が立ち現れることになるのは、疑うことができないであろう。

Ⅳ 研究計画・方法

研究計画について:平成25年度は中上川彦次郎主筆時代(1882・3~1887・4)の社説の、次いで平成26年度は伊藤欽亮総編集時代前期(1887・5~1892・4)の社説の、さらに平成27年度は伊藤欽亮総編集時代後期から福沢捨次郎社長期(1892・5~1898・9)の社説の起草者判定をして、研究終結時には一通りの結論を導く予定である。

研究方法について:本研究は、署名著作をデータベース化することによって井田メソッドの精緻化をはかり、もって無署名社説の起草者を判定するという方法がとられる。署名著作データベースは本研究に先立つ平成24年度中には完成予定で、無署名社説中の特徴的な語彙や表現が署名著作データベース中に見られるかどうか、そして似ていないとすればいずれの社説記者の文体に類似しているかを主な判定の材料とする。

研究方法の説明 :本研究は、研究の代表者(平山)がテキスト化した社説をとりまとめ、研究協力者にそれらのネット上へのアップロードを委託し、福沢健全期の社説起草者推定を図ることを骨子とする。そのためには研究代表者・協力者・テキスト化を行う業務委託者3者の緊密な連携が必要とされるが、これら3者は一同に会する必要はなく、すべてネット上の通信のやり取りだけで完結できるところに、研究方法論上の新しさがある。

 その方法を述べるならば、まず研究代表者は勤務校のマイクロリーダーを用いて時事新報マイクロフィルムから社説の画像データを抽出し、pdfファイル化して協力者のもとに電子メールで送信する。協力者はそれを「福沢健全期『時事新報』社説・漫言一覧及び起草者推定」の然るべき社説表題とリンクさせ、HP「平山洋氏の仕事」への訪問者が閲覧できるように取り計らう。ついで研究代表者は、画像ファイルをテキスト化する業務委託者をネット上で募り、応募者のうちから適当な人材に業務を委託して、pdfをテキストファイル化し、代表者に返信する。代表者はその業務をチェックの上協力者に送信し、リンクをpdfからテキストファイルに貼りかえる。代表者はそのテキスト化された無署名社説と署名著作データベースを比較することによって、当該社説が福沢に由来するか否かを判定する、ということである。

 当該社説が福沢かどうかを判定する方法には、井田メソッドが用いられる。既述のようにそれは、あらかじめ社説を起草した可能性のある人々の署名入りの文章をストックしておき、そこから特徴的な語彙や文体を選んでおくことにより、それらを判定の基準とする方法であるが、インターネットの急速な進展と検索機能の充実によって、その効率化は飛躍的に高まった。すなわち、グーグル検索のサイト内検索機能を用いることによって、無署名社説内の特徴的表現が、「平山洋氏の仕事」内にある福沢や石河のどの文章内にあるか、また無いかが、たちどころに検索できるようになったのである。これは人が目視によって確認するという従来までの方法と比較して、大幅な時間の節約と精度の向上をもたらすものである。 

 この方法を実行するためには紙面のpdfファイル(画像)からテキストファイルへの変換が必須(テキスト化しないと検索ができない)なのであるが、テキスト化のための業務委託者の選定や仕事の実行、そして納品・検収・支払いがすべて滞りなく行えることはすでに確認済みである。すなわち、この方法は、平成24年9月に「福沢健全期『時事新報』社説一覧」をHP上にアップロードするに際してとられた仕方である。(以下省略)