Dvorak 配列入門: 配列の説明と練習プログラムの紹介

last updated: 2011-11-25

はじめに

このウェブページではDvorak 配列に関する以下の 3 点を説明する。 第一点はDvorak 配列の概略、第二点はDvorak 配列に切り替える Windows 用ソフトウェア、第三点はDvorak 配列を日本語入力で使用するときの欠点と解決方法である。 練習プログラムについては適宜説明する。

Dvorak 配列

Dvorak による初期の配列

Dvorak 配列 とは August Dvorak により考案された配列である。 以下では、August Dvorak (とDealey, William L.) の特許 "Typewriter keyboard" (U.S. Patent No. 2040248) を参照しながら、Dvorak 配列を説明する。

Dvorak は当時の QWERTY 配列に存在していた欠点を十点指摘している(注1)。 その十点については各自確認していただきたい(注2)

Dvorak 配列は、配列の図が上記の特許の書類の一ページ目に掲載されているのだが、アルファベットの頻出順のみならず打鍵のつながりを考慮して作成された。 具体的には「二文字のつながりまたは二重音字」の打鍵のつながりであるが、打鍵のリズムと言い換えてよいだろう。 これは打鍵のミスや打鍵の動作の検討と密接に関係する。

それでは Dvorak 配列の作成過程を確認しよう。

まず、母音キーの位置については以下のように検討した。 当時の文字の使用頻度を検討したDvorak は、まず、ホームポジションの段に E T O A H N I S を配置することにした(注3)。 さらに U もホームポジションの段に配置することにしたので、母音のキーをホームポジションの段にすべて並べることになった。 その母音のキーについてはすべてを片側の手で打鍵するよう取り決め、 結果として、E O A I U というグループを作成したのである。

子音については、結論を書くと、 T H N S D のグループを作成した。 効率的な文字の組み合わせを考えたDvorak は、子音の出現頻度を考慮し、ホームポジションの段に RL を配置することも一旦検討したものの、結局は、ホームポジションの段に D を配置したのだった。

ここまでで、ホームポジションの段に並べる文字が決定した。 以下にその文字の並びを示す。

A O E U I | D H T N S

つぎに、 R L W F M C B G V というグループを作成した。 これは文字の頻出順を検討した結果だ(注4)。 これらの文字は頻繁に使用される子音である。

ところで、ホームポジションでは、左手で母音用のキーを、右手で子音用のキーを打鍵すると Dvorak は決めたのだった。 それは、つぎの二つのことが原因である。 ひとつめは、右手が左手よりも器用に動作すると Dvorak が想定していたことであり、 ふたつめは、母音を担当する手ではない手で出現頻度の高い子音を打鍵するよう Dvorak が考えたことだ。

そして YP の配置を検討した(注5)。 Dvorak は、L Y R Y P Y といった出現頻度の高いつながりを考慮した結果、ホームポジションの人差し指により近いキーに P を、より遠いキーに Y を割り当てた。

FG の配置も YP の配置と同様である。 Dvorak は、ホームポジションの人差し指により近いキーに G を、より遠いキーに F を割り当てた。

この段階までに決まった文字の並びはつぎのとおりである。

           P Y | F G C R L
A O E U I | D H T N S
                   | B M W V

これ以外の文字である K J X Q Z の配置は以下のように検討した(注6)。 まず、Dvorak は、 これらを左手の下段に配置することにした。 つぎに、E X といった綴りを同一の指で打鍵しないよう考え、 XE から離れたところに配置するよう決めた。 それから、KJ は、X よりも出現頻度は高いものの E との組み合わせは滅多に生じないようだとして、E の近くに両者を配置した。 そして、Q は、主として U と組み合わせて使用されるので、 U と違う指で打鍵するよう配置した。 以上のような考慮により、左から Z Q J K X の順にキーを並べることとした。

           P Y | F G C R L
A O E U I | D H T N S
Z Q J K X | B M W V

それから、左手上段の残っているスペースに句読点を配置した(注7)

    , . P Y | F G C R L
A O E U I | D H T N S
Z Q J K X | B M W V

ここで、キーボード配列と利き手に関する Dvorak の見解について触れておこう。 Dvorak によると、Dvorak 配列は右利きの人を想定したものだという。(注8)。 他方、Dvorak は、左利きの人のことも考え、上記の考察の結果できた配置をもとにしたキーボード配列を左利き用 Dvork 配列と位置づけた。

Dvorak は、英語以外の言語も念頭に置いていた(注9)。 各言語用のキーボードの最適化をするには同様の作業過程を踏むことになる、と説明している。

Dvorak による改良後の配列

Dvorak は上記の配列を後に改変する。 1943 年の論文「よりよいタイプライター用のキーボードが存在する」では、下段の左端にあった Z を右端へと移動するだけにとどまらず、数字と記号の位置をも変更した (注10)。 55ページに掲載されている図1 をもとに、上記のようなキーボード配列の表を作成すると、以下のようになる。

7 5 3 1 9 | 0 2 4 6 8
? , . P Y | F G C R L
A O E U I | D H T N S
' Q J K X | B M W V Z

上記の初期の配列との違いに関し、Dvorak は、この論文の中で何ら説明していない。 数字、記号、 Z の配置を変更した理由は不明ではあるが、 (注11)

上記の改良版の英文字を採用した配列であれば、記号や数字の配置が改良版の配置と異なっていても、 Dvorak 配列と呼ばれる。

Dvorak の死後 ANSI に採用された配列

Dvorak の死後、 ANSI X4.22-1983 (現在の ANSI INCITS 154-1988)と ANSI X3.207-1991 (現在の ANSI INCITS 207-1991)に、 Dvorak による改良版の英文字の配列が採用された。 安岡さんの「キー配列の規格制定史 アメリカ編 ― ANSIキー配列の制定に至るまで」(「安岡孝一の論文 (PDF版)」にある)を参照してほしい。

記号と数字の配列に注目するとわかるように、これらの規格は、Dvorak による改良版の配列を採用していない。

Dvorak 配列は人間工学上利点を有する

Dvorak 配列を人間工学の観点から分析した研究がある。 それがワグネらの2003年の研究だ (注12)

ワグネらの研究の全容を簡単に説明しよう。 打鍵の際の手と指の動作について疲労度を数値化し、打鍵の速度と打鍵のミスのデータを集積し、新たな配列の学習の効率を考慮し、文章の文字の出現頻度等を解析し、それらに基づいてあるアルゴリズムにより配列を生成させる。 このような作業を経て、英語、フランス語、ドイツ語にそれぞれ最適化したキー配列を提示したのである。

ワグネらは、自身等が生成した英語用のキー配列を QWERTY 配列と比較して 41 % 改善したと評価する。 一方、ASNI が採用した Dvorak 配列と比較すれば 1.9 %「しか」(only) 改善しなかったと述べている(注13)。 そこでは Dvorak 配列をつぎのように評価している。

「……我々のプログラムが示している傾向は、 Dvorak キーボード配列がほぼ最適なキーボードのデザインだということだ」

Dvorak 配列は人間工学上利点を有しているようである。

もっとも、ワグネらの論文では厳密な評価関数の算定にあたる考察過程が省略されている。 この点を検討する余地は残されているだろう。

Dvorak 配列では記号の位置が不定

Dvorak 配列の数字と記号の配置についてはいくらかの差異がある。 前述したように、 Dvorak 自身が Dvorak 配列の数字と記号の配置を変更しているのだ。 Dvorak 配列として紹介される配列はこれだけにとどまらない。 以下のリンク先に掲載されている Dvorak 配列と説明されている図を見ると分かるように、国際的には、(数字と)記号(と英文字以外のアルファベット)の配置が統一されていないのである。

このように、Dvorak 配列と言っても、記号のキーの配置が論者により異なるの可能性があるのだ。

Dvorak 配列の練習プログラム

Dvorak 配列を覚えたいならば、Typex: typing exercise(注14) の使用してはいかがだろうか? A B C... とアルファベット順に練習するものではなく、Dvorak 配列のキーの配置に倣い練習するのだ。 私は、これを二回繰り返したところ、Dvorak 配列でタッチタイピングができるようになった。

Dvorak 配列に切り替える Windows 用ソフトウェア

自作ソフトウェア DvorakJ

私が作成した、Dvorak 配列に切り替えるソフトウェア "DvorakJ" を紹介しよう。 Windows 7 と Windows Vista sp 2、 Windews XP sp3 でこのソフトウェアの動作を確認している。 以下のページで最新版をダウンロードできる。

このソフトウェアを起動すれば以下の図のようにキーボード配列を変更できる。 Back Space の左隣を Delete としたことが特徴だ。 記号の配置については、「猫まねき」によるDvorak化つきのわソフトDvoraker で実装される配列を参考にした。

私家版配列の図

このソフトウェアの特長を七点列挙しよう。

  1. 無料で使用可能
  2. USB メモリ内から実行可能
  3. インストーラーとドライバ双方ともにインストール不要
  4. レジストリを変更しない
  5. 日本語用のキーボードのみならず、英語配列のキーボードにも対応済み
  6. Ctrl を押し下げているときに QWERTY 配列に変更する機能を実装済み
  7. DvorakJP など、以下で言及する Dvorak 配列の派生を実装済み

詳細については、上記の Dvorak のページを参照のこと。

その他ソフトウェア

Dvorak 配列への切り替えに特化している、DvorakJ 以外のソフトウェアはつぎのようなものがある。 ただし、ここに示すのはキーマップを変更しないソフトウェアばかりである。

フリーウェア
dvorak kr release 2 / dvorak kr release 3 / dvorak kr release 4
フリーウェア
Dvoraker Free(Windows95/98/Me / ユーティリティ)
シェアウェア
Dvoraker(Windows95/98/Me / ユーティリティ)

Dvorak 配列に限らず、他のキーボード配列への切り替えを実現するソフトウェアは以下の通りである。

シェアウェア
汎用キーバインディング変更ソフト「のどか」(WindowsNT/2000/XP/Vista / ユーティリティ)
シェアウェア
姫踊子草(Windows95/98/Me / ユーティリティ)

日本語入力における Dvorak 配列の問題点と解決方法

問題の所在

Dvorak 配列でローマ字入力をすると左手の人差し指を多用してしまう。 例として、「航空業界(koukuugyoukai)」という語句を打鍵してみよう(注15)。 右手を用いるのは初めの G のみの一回であるが、それは出現頻度の高い KY を左手で入力しなければいけないからである。

この問題への対処策として、Dvorak 配列用の拡張入力方式を採用するということがある。 以下でその例を見ていこう。

一解決方法: DvorakJP

改善例その一 「航空業界」

ここでは、Aki:z さんにより提唱された拡張入力方式 DvorakJP - 日本語入力用拡張Dvorakを紹介しよう。 上記の「航空業界」という語句を、 Dvorak 配列と DvorakJP でそれぞれ入力すると、つぎのようになる。 括弧の直前の一文字が DvorakJP により拡張する対象となる文字で、括弧内の文字が実際に出力される文字だ。

「航空業界」という語句を Dvorak 配列と DvorakJP でそれぞれ入力したときの打鍵

まず、左手の部分を見てみよう。 DvorakJPは、 O U のかわりに , を、 A I のかわりに ' を使用する。 また、人差し指を伸ばさずに入力する範囲のキー (K U P) の打鍵回数も減らした。 さらに、人差し指を伸ばした範囲のキー (X I Y) の打鍵回数を 0 回にした。

つぎに右手の打鍵に着目しよう。 K のかわりに C を、 Y のかわりに N を使用する。

結果として、負担が両手に分散された。

改善例その二 「料亭」

つぎの改善例は「料亭」だ。

「料亭」という語句を Dvorak 配列と DvorakJP でそれぞれ入力したときの打鍵

今回も負担が両手に分散されている。 左手の部分に注目しよう。 E I のかわりに . を使用し、また今回は、 Y のかわりに H を使用した。

改善例その三 「運転再開」

最後の改善例は「運転再開」だ。

「運転再開」という語句を Dvorak 配列と DvorakJP でそれぞれ入力したときの打鍵

今回も打鍵する回数を減らすことができた。 左手の部分を見よう。 E N N と三回打鍵するかわりに J を使用した。

このように、DvorakJP を使用すれば、Dvorak 配列での日本語入力をより快適に行えるのである。

DvorakJPの練習用テキスト

堅い文章の入力を嫌う人向けに、DvorakJP 用の練習テキストとして「ここにあること」の歌詞を提案しよう。 この歌詞を入力するときには、 CK への書き換え、撥音拡張、拗音拡張、二重母音拡張を活用することになる。 五十音表の文字については、パ行の「ぴぷぺぽ」とダ行の「ぢづ」以外の文字全てを入力することになる。 左右の手を何度も交互に使うことは言うまでもないだろう。 この歌詞を曲のテンポにあわせて滞りなく入力できるようになれば、DvorakJP に慣れ親しんだといってもよいだろう。

DvorakJP 以外の解決方法

DvorakJP の拡張入力方式によっても、Dvorak 配列の日本語入力での問題に対処することができる。 その拡張入力方式の一例を列挙しよう。 各拡張入力方式の詳細はリンク先のウェブページを参照してほしい。

おわりに

このウェブページでは Dvorak 配列を概説し、Dvorak 配列を日本語入力に特化させる案を紹介した。 Dvorak 配列の入門としては、上記の内容を理解すれば十分だろう。

ただ、このウェブページでは、Dvorak 配列に関する情報を網羅していないことに注意する必要がある。 第一に、Mac と Linux といった他の OS で Dvorak 配列を使用する方法を説明しなかった。 clmemo@aka: Mac OS X で Dvorak 配列Memo - Dvorak & DvorakJP など外部のウェブサイトを参照して欲しい。 第二に、QWERTY 配列を批判する言説を取り上げなかった。 実はこの言説が Dvorak 配列と関連するのだ。 これについては、安岡孝一、安岡素子『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版、2008)や yasuoka の日記を参照すること。

脚注

(1)
(ページ番号3の50行目以降)
(2)
ここで一つ情報を補足しよう。 Dvorak の説明中では QWERTY 配列ということばが使用されていない。 かわりに、"universal" keyboard や the present keyboard ということばが使用されているのだ。 これについては 戦略的思考とQWERTY - yasuoka の日記を参照すること。
(3)
ページ番号6の5行目以降
(4)
ページ番号6の17行目以降
(5)
ページ番号6の23行目以降
(6)
ページ番号6の32行目以降
(7)
ページ番号6の46行目以降
(8)
ページ番号6の49行目以降
(9)
ページ番号6の52行目以降
(10)
August Dvorak, "There Is a Better Typewriter Keyboard", National Business Education Quarterly, Vol.12, No.2, pp.51---58, 66 (1943).
(11)
Dvorak が数字の配置を変更した理由については、Dvorak配列での数字の配置 - yasuoka の日記で推察されている。
(12)
Wagner, Marc Oliver, Bernard Yannou, Steffen Kehl, Dominique Feillet and Jan Eggers. 2003. Ergonomic modelling and optimization of the keyboard arrangement with an ant colony algorithm. Journal of Engineering Design. 14(2):187-208. < http://www.informaworld.com/10.1080/0954482031000091509 >. (accessed 31 May 2009).
(13)
205頁
(14)
ABCD: Lesson Overview | ABCD: A Basic Course in Dvorak を移植したものだ。
(15)
これはWikipedia のDvorak配列による日本語入力で言及されているものだ。