「世界の平和は得らるべきか」

last updated: 2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』43ページから55ページに掲載されている、「世界の平和は得らるべきか」(1941-03執筆)を文字に起こしました。

本文

第01段落

若し人あり、予に向って「世界永遠の平和は得らるべきものであるか」と問うたならば、予は率直に「得らるべきものではない、左様なる考えは全く空想家の夢である」と答えるの外はない。 固より人間として平和を好まざる者はなく、戦争を好む者はない。 それは当然のことである。 凡そこの世の中に於て戦争程惨虐なるものはない。 平時にありては唯一人の人間が汽車や自動車に轢かれて死んでいるのを見ても実に言うに言われぬ不快なる気持がするが、戦争はかかる種類のものではなく、一度戦争が起れば幾万、幾十万、多くは幾百万の青壮年が戦場に骨を曝し、或は終世不具者となり、財を費し、自由を奪はれ、凡ゆる文明を破壊して、敗戦国は言うに及はず、戦勝国と雖も容易にその創痍を癒することは出来ない。 それ故に、古来何れの時代に於てもこの世界から戦争を絶滅せんがために平和論や平和運動の絶えたことはない。 宗教家は言うに及ばず、各国の政治家も口を開けば色々の理屈を構えて世界の平和を唱える。 のみならず平和論の前には何人と雖も真正面から反対は出来ないのであるが、然らば実際問題として世界の平和は得らるべきものであるかと言えば断じて得らるべきものではない。 十年や二十年の平和は得られるか知れないが、五十年、百年の平和すら望まれない。 歴史家の記述によれば、過去三十四世紀三千三百五十七年の間に於て三千百三十年は戦争の時代であって、残りの二百二十七年が平和の時代である。 かくの如く過去の歴史は戦争を以て充されているに拘らず、将来の歴史は平和を以て充さるべしと何人が断言し得るか、断言することは出来ないのみならず、近世文明科学の著しき進歩とその応用によって空間的に世界の縮小したることは実に驚くべきものである。 これを千年前の世界に比較するまでもなく、百年前の世界に比較して見ても全然別世界の観が起らざるを得ない。 而してこの縮小せられたる世界に於て、数多の民族と国家が割拠して互に接触し、加うるに人口は益々増加する、生存競争は愈々激烈となる、民族と民族との間、国家と国家との間に闘争が頻発するとも決して減退することのないことは免れ難き自然の趨勢である。

第02段落

元来人間を以て神の創造せる霊智霊能の生物であって他の生物とは全くその起源を異にする特殊の存在であるなどと説法したる宗教家の迷信は既に遠き以前より自然科学の力によって根底より打破せられている。 人間は決して神の創造せる特殊の産物にはあらずして、過去数十百万年の長きに亙って最下等の動物より漸次に変形し進化せる生物の一種であることは疑いなき事実であって、生物共通の本能は如何なる人間の体内にも備わらざるものはない。 而してその本能の第一は言うまでもなく生存欲である。 生存欲なきところに生物の存在するわけはなく、生物の存在するところに生存欲の伴わないものはない。 その上人間は生物中に於ても最も進化せる心身の持主であるから、その生存欲に至りても凡ゆる他の生物を凌駕すると共にこれを充す方法手段に至りては決して他の生物の追随し得べきところではない。 それ故この生存欲を充すがために知ると知らざると、好むと好まざるに拘らず、個人は個人と争い、民族は民族と争い、国家は国家と争わざるはない。 而して国家間の争いの最後のものが即ち戦争であるから、多数国家の対立する此の世界に戦争の絶ゆる時のないのは毫も怪むに足るものなく、従って平和論や平和運動は如何なる時代に於ても戦争の為に蹂躙せられて空理空想に終るのは已むを得ない次第である。

第03段落

これまで世界の歴史として記述せられたるものは約五千年以来のものであるが、この歴史の大部分は戦争の歴史である。 世界の歴史から戦争を取除いたならば残る何物があるかと言いたくなる。 而してこの間に於て国家の隆替興亡は殆んど枚挙することが出来ない程であるが、その直接の原因は何であるかと見れば何れも戦争である。 戦争によりて国が興り国が亡びる。 戦争によりて国土が拡大せられ又縮小せられる。 戦争を外にしては国家の興亡もなければ国土の拡大も縮小もない。 尤も表面に現れたる形の上に於ては戦争そのものを見ることあれば戦争以外の事実を見ることもあるが、戦争以外の事実と見られるものも戦争を前提として弱者が強者の前に屈服する事実に過ぎない。 而して戦争となれば問題は是非善悪や正邪曲直の争いには非ずして、徹頭徹尾力の争い、即ち強弱の争いである。 強者が弱者を征服する、これが戦争であって、正義が不正義を膺懲する、これが戦争という意味ではない。 何人と雖も歴史を繙きアレキサンダー大王の四隣征服を見てこれを正義の征服と言う者はない。 又ローマ帝国や、下ってナポレオン帝国の建設を見てこれを正義の帝国であると言う者もなかろう。 大王の征服も帝国の建設も何れも正義の現れではなくして全く力の現れであるから、力の衰えたる時はこれらの偉業も崩壊することは歴史が偽りなき事実を示しているのである。

第04段落

国際間には戦争を外にしても正義争いが絶ゆる時はない。 国際正義ということも度々唱えらるる言葉である。 しかしながら一体正義とは何であるか。 何を標準として正義を定むるのであるか。 凡そこの世の中に於て絶対的の正義なるものがあるであろうか。 世界各国に共通して何人と雖も異議を挟むことの出来ない正義なるものがあるであろうか。 われわれ人類は集って国家を構成している。 国家構成は人類生存の必要条件である。 古来蒙昧にして水草を逐うて転居せる時代は別として、今日の世界に於ては国家なくしては一日も生存することは出来ない。 われわれは国家権力の保護によって初めて生存を完うすることが出来るのであって、国家を離れたる時はわれわれの亡ぶる時である。 而して既に前述せる如くわれわれ人類には生存欲がある。 生存欲は天が凡ゆる生物に与えたる本能である。 この本能を完うせんがためにわれわれが国家を構成し国家の保護によりてその本能を充実せんとするに当りその目的に向って進まんとする国家の行動に不正義なるものがあるであろうか。 断じてあり得ない。 それ故に、国民の側より見ればその所属国家の利益を目的とする行動は悉く正義であり、悉く善であり、これに反する行動は悉く悪であり、不正義であると断ずるより外に途はない。 従って国家競争の間に於ても、甲国の正義とするところは乙国にとりては不正義であり、乙国の正義とするところは甲国にとりては不正義であることの起るのは已むを得ざる次第である。

第05段落

今日の世界に於ては数多の国家が対立しているが、何れの国家と雖も国家としては自国の利益を図るより外に目的はない。 徹頭徹尾自国の利益を図る、これが国家として取るべき対外国策の全部であらねばならん。 而して自国の利益を図るその方法としては積極的のものもあれば消極的のものもある。 即ち進んで他国の領土若しくは権益を侵すこともあれば、退いて自国の領土若しくは権益を擁護することもある。 これらは何れもその時々の国際情勢とこれに対する自国の実力を見究めて進退行動するの外途なく、その何れの途を取るとも全く各国の自由である。 輓近世界の風潮は国際協調主義が衰えてこれに代りて国家主義が勃興しつつあることは争われない事実であって、その結果として各国各々墻壁を設けて他国の移民を禁止し、貨物を排斥し、通商の自由を防害する。 欧米諸国の東洋民族に対する態度が即ちそれである。 白人の黄人に対する態度が即ちそれである。 試みに地図を開いて白人国の領土と人口とを見よ。 如何に彼等が世界を我が物顔に横領しているかが一目瞭然と分るであろう。 即ち南北アメリカ大陸諸国の領土と人口は言うに及ばず、イギリスやフランスやオランダの海外領土は如何であるか。 イギリスは海外に於ては実に本国に比して百三十倍の領土を有し、フランスは二十一倍の領土を有し、オランダは五十六倍の領土を有している。 而してこれらの諸国がこれらの領土を占有したる方法手段に至りては種々異なるものもあるが、帰するところ力に依る征服に外ならない。 力によって他国の領土を征服しこれを領有することを以て強者の権利なりと称し、その領土の人口は稀薄であり、資源は豊富であり、未開の山野は限りなく横たわるとも、これらの領土に対して一切外国勢力の侵入を排斥している。 ここに於て世のいわゆる持たざる国と称せらるるものはこの排斥を以て、正義人道に反するものであると攻撃するならば彼等は必ず言うであろう。 何故正義人道に反するか、われ等の領土を支配することは全くわれ等の自由である。 われ等の領土に外国人の移住や外貨の輸入を許すことがわれらの利益であるならばこれを許すが、不利益であるならば許さない。 凡そこれらのことを決するのはいわゆる領土権の行使であって全くわれ等の自由である。 何れのところに正義人道の背反があるか、われ等は力を以て領土を獲得した。 若しこれを望むならば同じく力を以て来れと逆襲するならば何と反撃することが出来るか。 事ここに至れば議論は全く消え失せて、一方には強者の豪語と他方には弱者の悲鳴が聞かれるのみであろう。

第06段落

繰返して言うが、何人も平和を好まざる者はない何人も戦争を好む者はない。 能うべくんば戦争を避けて平和の中に生存を完うしたいと思うのは人間の通有性であって、国家と雖も固よりその通りである。 それであるから国勢伸張の第一義は武力に愬えるよりも寧ろ平和手段による発展であって、近世帝国主義の向うところはそれである。 即ち海外に於ける商権の拡張や利権の獲得等は何れも平和的帝国主義の実行に外ならない。 これがために一方に於ては軍備を拡張して自国の安全感を強くすると共に、他方に於ては利害を同じうする国家と提携して列国間に於ける勢力の均衡を図り、これによりて平和を維持せんとするのであって、その形となって現れるものの中には同盟もあれば協約もある。 例えば第一次ヨーロッパ戦争の前に於ては独墺伊の三国同盟があれば、これに対して露仏の二国同盟あり、或は日英同盟と言い、英仏協約と言い、又大戦後に於ては国際連盟は言うに及ばず、九ケ国条約、四ケ国条約、不戦条約その他これに類する種々の協約が取結ばれて列国間の現状と世界の平和を維持せんがために画策し努力し来ったのであって、この効力は決して軽視すべきものではないが、しかし大局の上より見ればこれらの同盟も協約も唯一時の弥縫策に過ぎないのであって、決して永久的の存続性を有するものでないことは過去現在の事実が争うことの出来ない証拠である。 要するに平和は望ましきことであって何れの国家も平和手段によりて国勢発展を図ろうとする思慮に至りては変りはないが、しかし平和手段によりて到底その目的を達することが出来ない、武力によるの外は他に途なしとの結論に達したる時は断然前者を捨てて後者を選ぶべきは国家発展の道程に於て取るべき当然の途であって、事ここに至りては条約もなければ協約もなく、一切の議論は全く無用、凡ゆる障害を突破して一路邁進する国家であって初めて国家競争の優者となってその独立と隆興を期することが出来るが、然らざる国家は唯衰亡の一途を辿るのみである。 これが偽りなき過去の歴史であり国家興亡の実体であって、この世界に人類の生存する限りは将来の歴史も亦断じてこの線を出づるものではなく、これを彼此れと論難する者は宗教道徳家の迷想か偽善家の空言か乃至は弱者の悲鳴に過ぎないのである。

第07段落

かくの如く国家競争は道理の競争でもなけれは正邪曲直の競争でもなく徹頭徹尾力の競争である。 世に然らずと言う者があるならばわれわれはこれを偽善者の言として黙殺するのみである。 時の古今と洋の東西を問わず、世界の人傑と言われ政治家と呼ばれる者は、口に平和を唱えながら自ら平和を破って居る。 口に侵略を攻撃しながら自ら侵略の陣頭に立って居る。 彼等の唱うる一切の言論は総て自己の行動を道理づけんとする偽善に外ならない。 われわれは一切の偽善を排斥せねばならぬ。 一切の偽善を破りて国家競争の真髄を掴まなければならぬ。 国家競争の真髄は何であるか、言うまでもなく生存競争と、優勝劣敗と、適者生存である。 適者生存即ち強者生存である。 強者が弱者を征服する。 弱者は亡びて強者が興る。 これより外に国家競争の何ものもない。 過去数千年の歴史が即ちそれである。

第08段落

更に一言する。 われわれが国家的行動をなすに当りては徹頭徹尾自国本位であらねばならぬ。 自国の利益より外に顧みるべき何ものもあってはならぬ。 われわれは飽までも国家道徳と個人道徳とを混同してはならぬ。 身を殺して仁をなすは個人道徳の最高なものであるが、国家にはかくの如き道徳法は全然適用出来ない。 国家は慈善団体ではないから自国の利益を犠牲として他国の利益を図るが如きは国家の行動ではない。 国家はかくの如き行動をなすべき権利もなければ義務もない。 固よりわれわれは世界各国と親善関係を保持せねばならぬ。 又時ありては同盟を結び協定を約せねばならぬこともあるが、凡そこれらのことは他国の利益であると共に自国の利益となるからである。 故にこれに反する場合に当りては一切を挙げてこれを破棄することも亦已むを得ないことである。 歴史あって以来戦後の平和条約の締結せられたるものはその数八十の多きに上っていると言わるるが、これらの条約が如何になったかを見れば思い半ばに過ぐるものがあるであろう。 かくの如き次第であるから国家競争実は弱肉強食の別名である。 われわれは弱肉強食を禽獣の行いなりとしてこれを嘲る資格はない。 弱肉強食は凡ゆる生物に共通する天則である。 食うか食われるか、征服するか征服せられるか、これが国家競争の実体であってこれを否定する者は即ち偽善者である。

第09段落

今や遠きヨーロッパに於ても近き東亜に於ても大戦争が起って居る。 而してこれらの戦争はこれから何年続くものであるか、又如何に結末のつくものであるかは今日何人にも分らないに相違ない。 しかし如何に結末がつくにせよ、この戦争を最後として将来長く世界の平和が保たれると思うならばこれは大なる誤りである。 過去何れの戦争に当りても、戦争のための戦争ではない、平和のための戦争である。 即ち平和を得るための戦争であるから、これが愈々最後の戦争であって、この戦争が終ったならば長く平和が続くであろうなど、予言するものがあるが、かかる予言が的中した例はない。 又戦後の講和条約を締結するに当りても、戦争の再発を防止するがために凡ゆる方法を考案せられ規定せられるものであるが、それらの条約も歳月を経過するに従い、四囲の情勢に押寄せられて漸次に効力を減殺し、遂に戦争の勃発を見るに至ることは争われない事実である。 若しこれを疑う者があるならば、遠き歴史を引用するまでもなく、近く第一次ヨーロッパ戦争以後の状態を一瞥しても直ちに分ることである。

第10段落

第一次ヨーロッパ戦争は一九一四年から一九一八年に至るまで五カ年間継続して、関係列国は国を挙げて戦ったのであるが、この戦争に当りても随分正義争いが起った。 即ちドイツを中心とする同盟側も、英仏を中心とする連合国側も、何れも正義はわが方にありと叫んだのであるが、戦争の結果は如何であったか。 連合国が勝って同盟側が敗けたのは正義が勝って不正義が敗けたのであるかと言えば左様ではなかろう。 正義や不正義は何れにか消え失せて、帰するところは同盟側の力が尽き果てたから投出したのである。 而して戦争が終ってからその跡を見れば、それこそ文字通りに人を殺し、財貨を費し、文明を破壊し、国土を荒廃して、戦敗国は言うに及ばず、戦勝国と雖も徹頭徹尾得失相償わない。 ここに於て列国は初めて戦争の怖るべきことを悟ったというわけでもなかろうが、最早再び戦争などをやるものではない。 未来永久この地球上からは戦争を絶滅する、この目的を以てつくられたものがかの国際連盟である。 国際連盟は世界の舞台から戦争を絶滅することを目的として作られたるものであって、その方法手段として種々の規定が設けられ、この条約には世界の五十余ケ国が加盟し、わが日本は当初から五大強国の一として、同時に連盟幹部の一員として調印しているのである。 然るところが、これだけの条約を締結して、その後はこの条約の効力を発揮せんがために瑞西(注1)のジュネーブに大規模の連盟本部を設置し、各国より多数の代表者を集めて戦争防止と世界平和のために凡ゆる活動を続けて来たのであるが、これによりて果して戦争を防止することが出来たかと言えば、出来ずして今回の戦争が勃発したではないか。 或る者等は言うて居る。 今回の戦争はベルサイユ条約の不合理が原因して居る。 即ち同条約に於て余りにも苛酷なる制裁をドイツに課したから、この条約を履行せんとすればドイツは滅亡するより外はない。 ドイツが反発するのは当然であるというのであるが、しかしかの条約は戦勝国が戦敗国に対し、強者が弱者に対して押しつけたる条約であることを忘れてはならぬ。 押しつけた者が悪いか押しつけられる者が悪いかは議論の外である。 一八七〇年普仏戦争に当りてプロシヤはフランスに対して戦勝者の権利としてアルサス・ローレンスの二地方を割譲せしめ、その上巨額の償金を支払わせしめたが、しかしこれが必ずしも第一次ヨーロッパ戦争の原因であるとは言われないと同じく、ベルサイユ条約が必ずしも今回の戦争の原因とも言へない。 現に第一次ヨーロッパ戦争の当時にはベルサイユ条約はなかったのであるが、それでも戦争は起ったではないか。 戦後の条約が苛酷であるとか寛大であるとか、それらの事由に依って戦争の起る起らないを断ずるのは頗る早計であって、戦争はかかる事由よりも他に国家的及び国際的重大なる原因のあることを悟らねばならぬ。

第11段落

今回の戦争に当りても、英独両国の間に相変らず正義争いが繰返された。 チエンバレン首相とヒトラー総統との間にどれだけ国際的の討論が行われたかは世間周知のことであって、余り屡々同じような討論が繰返されるからこれを聞いた多数の人々も後には恐らくは厭気が催したであろうと思われる。 予の如きも新聞紙上の外国電報にて両者討論の報道を見る毎に中心笑いを禁じ得なかった。 何んだ、左様なる討論が何の役に立つか、自分免許の正義論や道義論はよい加減に切上げて、戦争をやるなら早く立上った方が勝つぞと言いたくなった。 俄然賽は投げられた。 戦争の幕は切って落さるると同時にドイツは疾風迅雷の勢いを以て東ポーランドを征服し、次いでデンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、フランスに至るまで電撃戦術の向うところ破れざるものはない。 事茲に至りては正義も道義もあったものではない。 戦争をやる以上は勝たねばならぬ。 勝つがためには罪なき弱小国は片ツ端から蹂躙せられてしまうのである。 而してこれがいわゆる欧州新秩序の建設に向う道程であるというから呆れざるを得ないのである。

第12段落

前述せる如く今回の戦争は如何に結末のつくものであるかは何人にも分らない。 ドイツが見事に英本土を征服し、西欧全部を挙げてドイツの一色に塗り替へることも想像せられる。 又これに反して英国が案外頑強に抵抗力を持続する間に独伊枢軸側の異変を想像することも出来る。 その他種々の場合を想像することも出来ようがその何れになるとも遠き将来か近き将来に於てこの戦争も一度は終局を結ぶに相違ない。 而してその終局が如何なる条件、如何なる態様のものであろうとも、この戦争を最後として永遠に欧州の平和が保たれるなどと思うならばそれは大なる誤りである。 十年か二十年か、或は三十年、五十年かその期間は何人も予言することは出来ないが、何れにしても暗々の中に漸次戦争熱が醍醸して遂に勃発を見るに至ることは動かし難き戦争哲理の教うるところであるから、何物の力を以てするもこれを阻止することは出来ぬ。 唯ここに比較的長く平和を保ち得べき途がないではない。 それは何であるかと言えば英独(注2)何れかが徹底的に勝利を獲得して欧州に於ける覇権を確立し以てその他の諸国をして再び立つ能わざらしむるまでに無力化することである。 戦争の勝敗が力によりて決せらるると同じく、平和の維持も亦力によりて定めらるるものである。 過去の或る時代に於ては権力の均衡(バランス・オブ・パウワー)を以て平和維持の方法と唱えられたこともあるが、これは唯一時の弥縫策であって決して永久の策ではない。 比較的に長く平和を保たんとするならば或る一国が最強の権勢を掌握し、他の列国をしてその後に閉息せしむるの一事あるのみである。 前に述べたるベルサイユ条約はドイツに対して苛酷なる条件を課したことは今次戦争の原因なりというが如きは全く誤まれる観察であって、寧ろその寛大に失することが戦争の原因となっていることは争われない。 若し当時更に一層峻烈なる条件の下にドイツをして再起する能わざら(注3)しむるまでに叩きつけて置いたならば今回の戦争は起らなかったに相違ない。 いわゆる蛇の生殺し程度、再起の余力を与えへたることが戦争の原因である。 尚又その後に於てもドイツの再軍備編成からフィンランドへの進出、その他一方的に条約を破棄して全く傍若無人の行動を恣ままにするの時に当りて英仏両国は将来の禍乱に気付き敢然立ってこれを撃破したならばこれ又今回の戦争は起らなかったに相違ないが、両国が常に優柔不断なる現状維持策にその日を送る間にドイツは益々軍備を拡張して戦争の準備を整え遂に今日の事態を起すに至りたるものであって、その禍は全く両国の怠慢の招くところ自業自得他を咎むる権利はない。 思うに、ヒトラー総統は必ずやこれらの経験に鑑み、今回の戦争終局に対しては固き決心を抱いているに相違ない。 而してその決意が事実となって現るるか現れないかは将来の問題である。 しかし退いて考うれは、今回の戦争がドイツのために如何に有利に終結し、西欧に於けるドイツの覇権が如何に強大に確立するとも、これ又これに依りて永遠の平和などが保てるものではなく、旺んなるものは必ず衰え敵国外患なきものは亡ぶ、ローマ帝国すら亡びたではないか。 かくの如くにして世界に戦争は止まない。 同時に永久の平和は保てない。

第13段落

翻って東亜の形勢を見れば如何であるか。 言うまでもなく東亜に於ける中心勢力はわが日本であるのみならず、東亜に於ては日本を除いては殆んど国らしき国は見当らない。 而して日本が東亜の中心勢力として、いわゆる東亜永遠の平和を維持することを以て動かすべからざる対外国策の根本と自称していることも今更繰返すの必要はない。 然るところがこの日本の対外国策なるものは過去幾十年の間に於て果して確保せられたかと見ると、事実は全くこれを否定しているのである。 それは何故であるかと言えば、日本はどこまでも東亜永遠の平和を目標として進まんとするも他国が平和を害するから仕方がない。 而して他国が平和を害する以上は已むを得ず日本は干戈を執って立たねばならぬ。 これが現れて戦争となるのである。 即ち今より四十余年前に支那の勢力が朝鮮半島に侵入してこの方面の平和を害せんとしたから、これを撃つがために日支間の戦争が起った。 その当時に於ても日本は自ら好んで戦争を始めたのではない。 平和を保つがために已むを得ず平和の撹乱者を征伐したに過ぎないと称しているから、戦後の条約もこの目的を以て締結せられたに相違ない。 然らばこの戦争を最後として東亜の平和は持続せられたかというと左様ではない。 次にはロシヤの勢力が満洲一帯に侵入して跋扈跳梁を極め脅威となって現れて来たから、これを撃つがために日露間の戦争が起った。 この時に当りても前の戦争と同じく日本は自ら好んで戦争を始めたのではない。 東亜平和のために已むを得ず千戈を執って彼を撃退したのであると唱えていたが、然らばこれを最後として永久の平和が確立したかというとこれ亦左様ではなく、三十余年後の今日に至って再び支那を相手に戦わねばならぬことになった。 かくの如くにしてなかなか戦争は熄まない。 永久の平和は得られない。

第14段落

今回の日支事変は前二回の戦争と比較してはその規模の宏大なるなること、その犠牲の甚大なることは迚も同日に論ずべきものではない。 しかしながらこの事変は今日に至るまで約四ケ年間継続しているが、今後幾年継続すべきものであるか、又如何に結末がつけられるものであるかはわれわれ国民には一切分らない。 分らないといふものの併しこの事変が今後永久に継続するものとも思われない。 早かれ遅かれ事変は終結して平和の到来することは疑わないが、平和の到来したる暁に於てその平和なるものは果して根柢の鞏固なる真の平和であるか。 即ち一時的の平和であるか永久の平和であるか。 これが今日わが日本に課せられたる大問題である。 前述せる如く過去数十年間の経験によれば、平和を目的とした戦争の後には平和を破る者が現れて再度の戦争が起る。 今度の戦争こそは異に永遠の平和を確立すべき戦争であって、再び戦争が起るべき原因を根絶すべきであると宣言せられたるその宣言が裏切られて、意外の方面より戦争の動機が勃発する。 ここに於て真の永久平和なるものは如何にして求めらるるものであるか真剣にこれを攻究せねばならぬ。

第15段落

最後に一言して置くが、既に前述せる如く戦争の勝敗を決するものは正義や道義の掛声にあらずして一にも二にも力であると同じく、永久の平和を定むるものも亦力である。 力によるに非ずして永久の平和は断じて得らるべきではない。 幸いにして東亜の形勢を見れば欧洲のそれと異りわが日本の周囲にはわれに匹敵すべき強力なる国家は見当らない。 これ故に徹頭徹尾わが国が中心勢力となって東亜の覇権を確立すると同時に、事情の許す限り国際信義を楯として他の諸国に臨むならば或は五十年、百年の平和を保ち得らるるであろうが然らざれば徒らに過去の歴史を繰返すに止まるであろう。

脚注

(1)
原文では「端西」と表記されている。
(2)
原文では「英仏」と表記されている。
(3)
原文では「能ばさら」と表記されている。