「政党の解散」

2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』65ページから72ページに掲載されている、「政党の解散」(1941-03執筆)を文字に起こしました。

本文

第1段落

既成政党は悉く解体した。実に感慨無量である。 我が国の政党は明治維新後の専制政治に反抗する自由民権思想勃興の機運に乗じ、明治十四年自由党が創立せら れ、翌十五年に改進党が創立せられ、其の後幾度か離合集散を重ねて、自由党系は政友会となり、改進党系は民政党となり、其の初めより数うれば何れも六十年の歴史を有して居る。 而して此の間に於ける政党の変遷は茲に述ぶる限りではないが、兎に角此の長い間国政の為に戦い来り、全国に亘りて抜くべからざる地盤を有する政党が、昭和十五年七、八月頃に至り、恰も朽木の倒るるが如く急に崩壊するに至りたるは、実に我が国政党界に於て空前の大事件であると同時に、多年政党を背景として政治運動をなし来りたる人々は感慨無量に打たれ、一般国民も亦茫燃自失せるに相違ないと思われる。

第2段落

政党は解体して無政党となった。 尤も今日に於ても政党と名の付く二、三の政治団体はあれども、是等は国政の運用には何等の影響をも与うることが出来ない極めて無力のものであるから、今日の我が国は無政党の時代と称して決して差支えはない。 斯くの如く政党は解体して無政党時代に入ったが、一体政党は何故に解体したのであるか。 即ち政党解体の原因と目せらるるものは如何なるものであるか。 又政党解体後に於ける政界の現状は如何なるものであるか。 次に今後此の無政党時代は長く続くものであるかどうか。 将来再び政党は起るものであるか。 起るとするならば、如何なる政党が起るであろうか。 今日の政治家は必ず之を考えて居るものと思われる。

第3段落

政党は何故に解体しなければならぬことになったのであるか。 其の原因を探ぬれば種々複雑にして、到底数え切 れないものあるに相違ないが、其の中に於て根本的なるものは何と言っても政党自体の無力無能である。 政党は其の初め自由民権の波に乗って我が国に現れた当時より、引続いて薩長藩閥と戦い、軍閥、官僚と戦った時代に於ては生気溌溂として奪うことの出来ない精神力と活動力を有して居たが、其の後愈々政党内閣が現われ、政党全盛期となるに至りて政党凋落の原因も亦此の間に兆して来た。 由来我が国の政党政治家は立憲政治家としての修養が足らない。 政党内閣は議会に於て一人でも多数の議員を有する政党が、当然政権を獲得するものと心得て居る。 固よりそれに相違ないが、併し多数の議員を獲得するにも自ら踏むべき途がある。 其の途を踏み外ずして非立憲なる手段を用いて多数議員を集めたからとて、其の多数に何の値打があるか。 それにも拘らず、彼等は多数を集むるが為には其の方法、手段の如何なるものかを問わない。 政府に立てば権勢を濫用する。 選挙が始まれば警察官を使嗾して選挙干渉をやる。 河川、港湾、道路、学校其の他国民に利害関係を有する国家事業及び地方事業を利用して善良なる地方人民を誘惑し脅迫して党勢拡張をやる。 政治道徳を破壊し、国民の良心を傷つくること実に言うに忍びざるものがある。 議会が開ければ議場を政権争奪の戦場と心得て、政府党は徹頭徹尾政府を擁護し、在野党は之を倒さんが為に悪闘する。 大所高所に立ちて真剣に国家問題を審議すべき神聖なる議場に於て議員の言論を妨害し、腕力を振うて流血の惨状を呈すること、一会期中に幾度なるを知らない。 苟も立憲政治の下に於て、国民の選挙に依り国民を代表して国政を審議し、国民が唯一の頼みとする議会が斯かる醜態を曝すに至りては、国民の失望から政党の不信となつて現わるるのは当然の次第である。

第4段落

政党全盛時代に於て政党が斯かる横暴を極めつつある時に当って、昭和六年九月、突如として満洲事件が起った。 満洲事件は我が国の大陸政策に向って確かに一新時代を画したるのみならず、国内政治にも非常なる影響を及ぼしたることは争われない。 是が動機となりて翌年五月には、所謂五・一五事件なるものが爆発して世人を驚かしたと同時に、愈々政党凋落時代が始まり出した。 当時政友会は、其の総裁にして総理大臣たる犬養氏倒れたれども、十数年来継続し来れる政党内閣は決して倒れない。 必ず多数党たる政友会の総裁に組閣の大命が降下するに相違ないと思い、急速に鈴木喜三郎氏を総裁に押し立て、大命降下を待ち受けて居たるが、四囲の情勢は最早や之を許さない。 政党内閣は茲に中断せられ、斎藤実内閣が成立し、次の岡田内閣の下に於ては更に重大なる二・二六事件が爆 発した。 それより広田、林の両内閣を経て、第一次近衛内閣に至りて昭和十二年七月、支那事変が突発し、平沼、 阿部、米内内閣を経て、第二次近衛内閣に至るまで、政党内閣とか、政権競争なぞは、全く何れの所にか飛び去って、所謂挙国一致の態度を以て此の国難に当ることになった。

第5段落

第二次近衛内閣が成立する少し前の昭和十五年六月、近衛文麿公が枢密院議長を辞し、所謂新体制なるものを提 唱して其の構想を練るが為に、軽井沢の別荘に赴くことになったが、其の頃から此の新体制なる標語が全国に響き渡りて、誰も彼もが新体制を口にするようになった。 併し其の新体制とは何であるか。 新体制の内容が如何なるものであるかは、本人の近衛公自身すら能く分って居ないのであるから、一般の民衆に分る訳はない。 それにも拘らず、斯かる標語が殆ど全国を風靡するが如くに見ゆるに至ったのは、何が故であるかと言えば、全くそれは時代の反映である。 即ち今日の民衆は現代に満足して居らない。 時局の重圧に遭うて不安と不満に充ちて居る。 政治上、経済上、社会上其の他凡ゆる方面に向って新しき変化を望んで居る。 而して新体制に依りて是等の不安と不満を拭い去りたい。 此の民衆心理が現われて来たに相違ない。 兎に角斯かる現象が世上を蔽ふて居る際に当り、突如として米内内閣が辞職して第二次近衛内閣が成立するに至った。 近衛内閣の成立が新体制運動に拍寧を掛けたことは争われない。 而して真先に其の衝動を受けたものは政党である。 尤も其の以前より政党解消が唱えられては居たが、さりとて今急に是が実現するまでの気運には達して居なかったが、近衛内閣の出現は此の気運を一段と促進せしめ たと言うよりも、寧ろ見事に此の問題を解決したものである。 即ち同月二十四日、国民同盟の解消を初めとして、民政党は分裂して四十名ばかりの代議士が脱党する。 続いて政友会両派も解党する。 最後まで優柔不断、逡巡躊躇して居た民政党も党内外の大勢に抵抗することが出来ずして、八月十五日遂に解消を余儀なくせられた。 茲に至りて既成政党は完全に崩壊したのであるが、此の有様を見せ付けられた一般民衆は如何なる感じを起したであらうか。 政党は崩壊するも可なり-崩壊せざらんと欲するも最早や党内外の情勢は長く既成政党の存在を許さない。 併し仮令解体するにしても、其の最後が余りにも醜態ではないか。 明年は総選挙が行われる。新体制が産み出したる政府筋の何者かが候補者を選定するに相違ない。 其の選定に漏れたならば選挙場裡にも起つことが出来ない。 所謂バスに乗り後れざらんが為に、訳も分らない新体制に向って途を急ぐ。 現今政党代議士の心理状態とは正しく斯くの如きものであって、是が六十年の歴史を有する政党の末路であるを思えば、是まで政党の為に苦労したる多数の先輩は、定めし地下に泣いて居るであろう。 而して政党をして斯かる不面目なる最後を遂げしめたる其の責任は、抑抑何人が負うべきものであるか。 それは主として政党を率いる総裁以下の最高幹部と称せらるる者達が之を負うべく、畢竟するに彼等の無能無力の致す所であると云うて於て、恐らく弁解の余地がある訳はない。 それ故に彼等にして苟も其の責任を自覚したならば、政党解体と同時に潔く政界を引退して、其の罪を天下国民に謝すべく、(注1)是が所謂日本武士道と称せせらるるものであろうが、今日は斯かる理屈は通らない時代であって、滔々相率いて風を望み、流れを逐うて権門に膝まづき、何かの役にでもありつく者こそ世渡り上手の利口者と謳わるるのであるから全く始末が付かない。

第6段落

斯くの如くにして政党は解消し、世は無政党時代に入りて、茲に第七十六議会を迎えたのであるが、政党の解消 に依りて四百幾十人の議員が河原の小石の如くにバラバラになりては、議会の運営は出来ない。 茲に於て議員倶楽部と称するものが出来て、其の中に理事とか何とかの名のつく世話人が定められ、是等の世話人に依つて議会を運営することとなった。 所が議会開会中に於て、其の議員倶楽部や世話人等がなしたことを見ると、全く時局に名を藉り、政府の鼻息を窺い、議員の言論を抑圧し、議員を去勢し、議会の権能を議員自らに於て放棄するの形跡が歴歴として現われて居るのは、是れ程馬鹿気たことはない。 例えば従来、毎議会劈頭に於ける国務大臣の施政方針に対する議員側の質問は、先づ政府の内外政治に対する経綸を明かにし、同時に政府を監督する議員の権能を発揮し、以て国民をして其の向う所を知らしむに於て極めて必要なる議会の行動であって、全国民は毎議会に於て此の議場の政論を聴かんと待ち設けて居るにも拘らず、議員自ら其の権能を放棄して国民を失望せしめ、延いては議会の頼むべからざるを痛感せしむるに至っては、確かに我が議会史上に一大汚点を添えたものである。 加之是と相関連して議員の任期を延長し、総選挙を延期するに至りては実に言語道断の次第である。 抑々議員の任期は憲法上の規定ではないが、憲法と同時に発布せられたる衆議院議員選挙法に於て四箇年と規定せられ、従来選挙法は幾度か改正せられたるも、此の規定に付ては曾て一度も手を触れたることはない。 而して当時の立法者が議員の任期を四箇年と定めたるは、憲法政治運用の根本に付て深き考慮を払いたるが為であることは言うまでもないことであるから、天災地変、其の他不可抗力に依りて事実上選挙を行い得ざる場合の外、断じて議員の任期は延期すべからざるものである。 支那事変の継続中であるとか、又は外交関係が緊迫して居るとか云うが如きことが、何で総選挙を延期する理由になるか。 現に日清戦争の時には明治二十七年八月一日に宣戦が布告せられ、同年九月一日に総選挙が行われ、更に又日露戦争の時には三十七年二月十日に宣戦が布告せられ、三月一日に総選挙が行われたのである。 従って戦争中であるから、総選挙は行われないと云うが如き理由は立たない。 畢竟するに政府は議会に於て質問や議論に依りて政府の痛い所を突かるることを好まない。 是と同時に議員等は一年でも長く総選挙を延期したい。此の驚くべき不純なる動機が両々相一致して、所謂闇取引をなし、政府、議員共謀して、曾て前例なき非立憲なる罪悪を犯したることは争われない事実であって、是こそ疑いもなく憲法政治の破壊でなくて何であろう。 斯くの如くにして政府は議員の言論を抑圧し、議員は自ら国政審議の権能を放棄したるが為に、会期央ばにして議事を終了し、議会の怠慢振りを国民の前に暴露するに至りたるは憲法政治の為め、洵に痛嘆すべきことである。

第7段落

政党の解消と其の後の状況は大体斯くの如きものであるが、然らば将来是が如何になり行くものであろうか。

第8段落

当初大政翼賛会は高度の政治性を有し、政党を超克して政界の中心勢力となるものの如くに唱導せられたが、今 日に於ては政事結社ではなくして、一種の公事結社として、僅かに政府の政策を国民に徹底させ、又政府の政策に協力するだけの使命を与えられて居るに過ぎない。 是は議会に於て、総理大臣にして且つ翼賛会の総裁たる近衛公が明言して居る所であるから間違いのあるべき訳はない。 換言すれば翼賛会は政治上に於ける独立の意思を有する 独立の団体にはあらずして、独立の意思を有せざる政府隷属団体である。 尚お之を平たく言えば、翼賛会は時の内閣の後援団体であって、現在に於ては近衛内閣後援会に過ぎないが、近衛内閣が辞職をして、次の内閣が現わるれば、又もや其の内閣の後援会となる。 所謂万年御用団体としての存在の外には他に何等の性質を備えて居らない。 翼賛会の制度が斯くの如きものである以上は、終始政府の附馬となって満足する人々は別として、苟も独立の見識を備うる政治家である以上は、翼賛会の一役員となって政治生涯を送ることの出来る訳はない。 のみならず憲法政治の運用に付て見るも、国内に於て政府の命令に依って動く所の隷属団体のみ存在し、別に独立の政見を有する独立の政治団体が存在しないと云うことになれば、其の政治状態は全く専制政治であって、決して立憲政治と言うことは出来ないのである。 戦争中と否とを問わず、斯かる政治状態は決して許されるべきものではない。 若し万が一にも斯かる政治状態を長く継続することになれば、それは専制政治の復活であると同時に、立憲政治の破滅である。 それ故に現在の政治家が思いを茲に及ぼしたならば、安閑として今日の無政党状態を傍観して居ることの出来る訳はない筈であって、旧政党人の悩みは此所にあるに相違ない。 然らばどうなるか。 政党の出現は当然の理法ではあるが、実際問題として此の理法を実現するか否かは別に考える余地がある。 言うまでもなく、一度崩壊したる政党を再建することは極めて困難なる事業ではあるが、然し仮令如何に困難なりとするも、政界の必要は必ずや政治家を駆って、政党の再建に向って進ませるに相違ない。 政党を創立するに当りて真先に必要なるは、政党を率いる中心人物を見出すことであって、其の中心人物なるものは政党を背負うて国家的奮闘に耐ゆべき諸般の条件を備うる政治家でなくてはならぬ。 所が今日我が国朝野を見渡すも、到底斯かる人物を見出すことは出来ない。 併し最善を得る能わざれば次善を取るべしとのこともある。 仮令理想の人物を得ることは出来ないとするも、早晩或る種の形態を備えたる政党は必ず興るべく、今日之を予言しても決して誤りはなかろう。 政府は翼賛会を存立するに当りて仮令権力こそ行使せずと雖も、暗に政党の存在を喜ばず、政党も亦之に応じて解体したる今日に当り、政府は依然として政党の出現を好まずして、翼賛会の理想と矛盾する如き政党に付ては深き考慮を要するなぞと言うて居るようである。 併し政府が好むと好まざるとに拘らず、政事結社は憲法上認められたる日本国民の権利であるから、法律の規定に依るの外、政府は濫りに之を抑制することは出来ない。 而して法律は公の秩序を紊す政事結社に対しては政府に於て之を禁止することを得れども、然らざる結社に対しては政府と雖も之に干渉することは出来ないから政治家は安心して政党の再出発に向って進むべく、同時に新たに設立せらるべき政党は、旧政党の如き無能無力のものであってはならぬ。 堂々として立憲の大旗を掲げ、党利党略を一切放って、徹頭徹尾国家本位に健闘邁進すベきものでなければならぬことは言うまでもない。

第9段落

新政党は現わるるかどうか。 暫く将来を見て居ろう。

脚注

(1)
原文では「。」と表記されている。