「ファシスト崩壊とナチスの前途」

2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』209ページから215ページに掲載されている、「ファシスト崩壊とナチスの前途」(1943-08執筆)を文字に起こしました。

本文

第1段落

昭和十八年七月二十六日の外電は、伊太利ムソリニー首相が辞職して、バトリオ元帥が之に代りて新に首相と為り、全国に戒厳令を布きたる旨を報導し、続いて二十七日新政府はファシスト解散を断行すると同時に首相ムソリニー以下多数の党員を拘禁して同党の勢力を根底より一掃するに至った。 此事は伊太利に於ける改変と云うよりも寧ろ一種の政治的革命であって、独り我日本のみならず世界各国民を驚かしたる全く寝耳に水の出来事である。 而して此の革命が今後同国の政治上に及ぼす影響は極めて重大なるものがあるには相違ないが、併し斯る方面の事は暫く別問題として、余の如く及ばずながら平素政治学の研究と、実際政治に関与して居る者の眼より見れば、ファシストの崩壊は当然の成行であって別に不思議とすべきものでもない。

第2段落

顧みれば余は明治三十九年即ち今より三十八年前外国留学より帰朝の直後、比較国会論と題する一書を著わし、其総論に於て国家の発達と国民の権利自由を擁護するがためには、代議政治の已むべからざる所以を説明すると共に、独裁政治の不可なる理由を論述せるが其中に左の一節がある。

余は決して非常緊急の場合に当り、国家社会の禍害を救わんがために、一時の執権者と為りて独裁専制の権力を握る者あるを不可なりとするにあらず、既に古代の自由国民にして社会の腐敗其の極に達し、緩慢なる手段を以て之を救済する能わざる場合に於て、自ら進んで斯る権力を挙げて一人に附与したる例なきにあらず、斯る場合を除くの外は多少文化の進歩したる邦国に於ては、専制政治は決して存在するものにあらず、去れば善良なる 専制政治とは全く虚偽の迷想にして、或る一時の方便たる場合を除けば全く意味なき空想なるのみならず、又尤も危険なるものと云わざるべからず、故に吾人が理想上尤も善良なる政体と称するものは主権即ち最上の権利を以て人民より発生するものとなし、人民は其の権利を執行するがために発言権を有すると共に、或る方法を以て政務に参与することを得ざるべからず、是れ代議政治の起る所以にして又実に代議政治の骨髄なり。

今日の文明諸国に於て代議政治は通則であるが、併し国家非常緊急の場合に当り社会の禍害を救うためには、一時 の方法として独裁政治も已むを得ないと云う趣旨であって、二十年前の伊太利の場合は正に其の適例である。 即ち第一次欧羅巴戦争直後の伊太利の国情は如何なるものであったかと見ると、同国は英仏聯合軍と共に戦争のために頭を挙げて犠牲を払ったのであるが、戦勝に依りて如何なる報酬を与えられたかと云うに、与えられたるものは払いたる犠牲に比して余りにも寡少であったから、同国全権が平和会議の席を蹴って退出したのは無理もない次第である。 是に於て元来戦争に反対し非戦論を主張したる社会党一派は急に勢を得て、戦後の内外状態に非難攻撃の猛火を爆発して国内を横行し、土地も工場も労働者農民の占領する所と為り、赤衛軍を組織し武器弾薬を貯蔵し、各所に於て乱闘を演ずる等、社会的不安と混乱は国内に駆るも、国王の権力は衰え政府の威信は失墜して命令を強行するの実力なく、国家の危機は日一日と迫りつつあった。 此の風雲に乗じて猛然起って鉄腕を振い快刀乱麻を断ちたる者がムソリニーであって、世乱れて英雄現わるとは此の事である。 固より文明人の眼より見れば彼の政治行動は非難すべきものあるが、国家の危機を救うがための非常手段としては已むを得ないことである。 然れども独裁政治は何時までも未開政治であって決して文明政治ではない。 権力威力を振うて国民の自由を圧し一人の意思を政治上に強行するが如きは野蛮政治の甚だしきものである。 斯る野蛮政治も国家の危機を救うがために必要とあらば一時の変体政治として国民は隠忍せねばならぬが、既に国家の危機が去りたる晨に至らば漸次之を普通政治に還元するの用意がなくてはならぬ。 此の用意なくして永く変態政治を維持し、暴力威力を振うて飽くまで之を強行せんとするならば遂に失敗を招くは必然である。 殊に英雄政治は元来無理なる政治であるから、此の政治に欠くべからざる要件は国家発展のために絶えず人心を緊張せしむることである。 即ち国内の政治、経済、社会組織等に付て非常なる大革新を断行するとか、或は国外発展のために戦争を敢行するとか、其の他次から次に絶えず国民に希望と光明を与え、人心をして倦まざらしむることが必要であると同時に此の希望と光明が消え失せたる時は、変態政治の終焉を告ぐる時である。 之を伊太利の場合に見るに、ムソリニーが独裁権を掌握したる当時の事情は已に前述せる如くであって、国家の危機を救いたるものは全くファシスト政権であるのみならず、続いて国家経済の改革を断行して伊太利を復活せしめたるも亦独裁権の効力である。 夫れより更に進んで亜弗利加に遠征を試みてエチオピアを 新領土に加うるに至りて、ムソリニーの声望はいよいよ最高頂に達し国民は挙って彼を救世主と仰ぐに至りたることは無理もない次第である。 然る所が満つれば欠くるの世の習い、彼が勢に乗じ今回の戦争に当りてヒットラーと手を握りたることは何んと云うても彼れ一代の大違算であり大失敗であることは疑ない。 彼が参戦の裏面的事情は吾々の知る所ではないが、若し仮りに彼が参戦せずして固く厳正中立を守りたりとせば、今日の伊太利は如何なる有様であろうか。 夫れこそ欧洲大陸に於る中立国中の最強国として敢然たる権勢を発揮し此の好機会に労せずして戦勝に優る国家の一代発展を遂ぐることは疑うべき余地はない。 然るに誤って参戦したるがために、戦場に於ては幾十万の壮丁を失い、国内の物資は限りなく消耗して国民は疲弊困憊のどん底に墜ち其の上戦況は自国に利あらずして米英は容赦なく国内の大都市を連続爆撃し、更に勢に乗じてシチリヤに上陸して伊太利本土は一歩一歩と危難 に向わんとする。 斯る状勢となっては迚も独裁政治の権威を維持することはできない。 国民が自由を抛棄し弾圧を忍びながら独裁政治の下に屈服して居るのは何にが故であるか、之に依りて一は国家の危機を救わんがためであり、又言は之に依りて国家の発展を図らんがためである。 然るに此の希望と光明が消え失せたる今日に至りて、如何にムソリニ―が二十余年来の余力を振うて狂瀾を既倒に廻さんとするも、最早彊弩の末であって魯稿を穿つことはできぬ。 果然として九天の上より九地の底に蹶落さる、已むを得ない運命であって英雄の末路多くは此類である。

第3段落

次は独逸のナチスである。 千九百二十二年十月二十九日伊太利のムソリニーがファシスト党員を率いて羅馬に侵入し、時のフワクタ内閣を倒して暴力革命を断行し独裁権を掌握してより、十年後の千九百三十三年一月三十日独逸に於てはヒットラーが起って時のシュライヘル内閣を倒してナチス中心の内閣を組織し、是れ亦独裁政治を行うに至った。 而して此等両人の政権を獲得したる経路と其の方法手段に至りては異なる所がある。 又彼等が行う政治の本質も固より同じきものではないが、併し何れも権力若くは暴力を振うて国民の自由を弾圧し議会政治を打破して独裁専制を行うに至りたることは争うことのできない事実である。 前欧羅巴戦争に当りて伊太利は戦勝国であったが独逸は戦敗国であった。 カイゼル、ウィルヘルム二世の誇大妄想狂が独逸国民を駆って軍国主義の奴隷と為し、一瞬にして欧洲の覇権を握らんとするの夢は醒めて、急転直下帝冠を奪われ配所の月を眺むるの余儀なきに至れるは悲惨と云えば悲惨であるが、天が人間の野心を戒むる一大教訓である。 凡そ国家に取りて敗戦ほど悲惨なるものはない。 人を殺し財を散じ(注1)領土を奪われ償金を課せられ、人民は疲弊困憊の極に陥るも訴うるに所なく涙を呑んで勝者の前に屈服せねばならぬ。 反動は当然であって革命は必至の勢である。 然れども革命に依り旧政体を破壊して新政体を建設し、人心を統一して政府の基礎を安定することは容易の業ではない。 帝政憲法を廃棄して共和憲法を制定したれども、之を運用する政党は四分五裂して其の数十五六の多きに及び、一党を以て内閣を組織することができないから勢い数党の聯立内閣と為る。 由来聯立内閣なるものは基礎薄弱にして一貫せる国策を強行することはできぬ。 之がために度々政変を惹起して人心動揺し政局の安定する時はない。 其の上ヴエルサイユ条約の鉄鎖に束縛せられて殆んど国家の独立性を失いたる国民が、帝政時代の隆盛を回想して仮令如何なる犠牲を払うとも何者かの強力に縋がりて其の窮境を脱却せんと焦慮するのは自然の趨勢であって、此の趨勢に乗じてヴエルサイユ条約を破棄せよ、祖国独逸を復興せよと絶叫して国民を煽動し奮闘に奮闘を重ねて遂に政権を獲得し、権力と暴力を振うて反対党を撲滅し所謂ナチス一党の独裁政治を行って居る者が彼のヒットラーである。

第4段落

ヒットラーが政権を獲得して以来独逸は確かに復興した。 独逸の復興は経済上軍事上其の他各方面に亙りて実に驚くべきものであって、是れ全く彼が勇敢なる断行力の結果であることは疑なく、此間に国力を充実して政権獲得後僅に六年有余にして今回の大戦争に当ることになった。 而かも戦争当初に於ては東西両方面に亙り全く破竹の勢を以て敵国を撃破し、是れ亦驚くべき威力を発揚したから、独逸国民が挙って彼を崇拝し信頼することは、伊太利国民がムソリニーに対する以上の高度に達し、彼れ亦勢に乗じて内は国民に対し外は全世界に対して極めて大胆に且つ傍若無人なる大言壮語を放ちたることは世界周知の事実である。 然る所が形勢は一変した、今日は大局より見て戦況は確かに一変して独逸に取って決して有利でない。 今後此の戦争が如何なる経過に依り如何に落着するかは予測できないが、併し如何にならうとも彼が当初に断言したる如く結局に於て独逸が勝ち抜いて、欧洲の覇権を握り彼の言う世界新秩序が建設せらるる如き結果の現われないことは確かである。 彼れ亦茲に気付きたるものか或は作戦上の必要かは知らないが、一両年来絶えて声を聴かないのみならず其の所在すら明かでない。 要するに一時旭 日の如き彼の権勢も今日は稍々落日の傾向を帯びて来たことは争われない。 斯の如くにして戦争中か或は戦後か何れにするも早晩ナチス政権も崩壊するに相違なく、同時に彼れ亦第二のムソリニーとなり或は第二のウィルヘルム二世となりて配所の月を眺むることも余り遠き将来ではないことを予言する。

第5段落

独伊両国と反対に米英両国は依然として自由主義、議会政治の国であって、此の根本原理は戦時と雖も変らない。 固より戦時に於ては戦争目的遂行のために大統領又は総理大臣に対して或る程度の独裁権を附与することあるも、之れは如何なる場合にも議会の参議に出づるものであるから、議会政治の本質には何等影響する所なく、一般国民の間にも独裁者の独断に依って政治上の自由を弾圧せらるる不平不満の湧き出づる理由はない。 従って仮令戦争の経過及結果が如何なるものであろうとも国内には革命的の政変などの起る憂はないと同時に議会政治の強味は全く茲に在るのである。 今回の戦争に当りても米英両国の前大戦の時と同じく独裁主義と自由主義との戦争であると宣伝して居るが、此の宣伝の当不当は別とするも大体に於て此の色彩を帯びて居ることは争われない事実である。 独裁主義が勝つか自由主義が勝つかは余り遠からざる将来に於て定まるであろうが、翻って思うに由来我国民の政治思想は欧米の政治思想に影響せらるること実に甚しきものがある。 前大戦直後にはデモクラシーの思想が世界を風靡したが、我国も亦其の影響を受けて政治家は先を争うてデモクラシーを追ふて走り、年来微々として振わなかった普通選挙も急に勢を得て此の時代に実行せらるるに至った。 然る所が二十年前伊太利にファシストが起り十年前独逸にナチスが起るに至りて、復もや其の影響を受けて国内に反動思想が抬頭し、一方に右翼と称せらるる陣営には学問上の素養なき無職の浪人等が無責任なる政治論を鼓吹し、他方には此等の徒を使嗾して自己の野心を遂げんとする軍国官僚の一派も現われて来る。 殊に笑うべきは相当世に知られたる政治家にして欧洲を漫遊し伊太利に至りてムソリニーに面会し、独逸に至りてヒットラーに面会し、之を以て世界第一の英雄に面会したる一代の光栄として世上に吹聴して得々然たるのみならず、甚だしきに至ってはファシストやナチスの服装までも模倣して恥とせざる逆せ者も鮮くない。 政治家の独立自信なきこと実に驚くべきものがあるが、此等の連中は今回ファシストの崩壊を知り、又ナチスの将来を思うて何んと考えて居るか、或は彼等は反動思想凋落の潮時を見て取って復もやデモクラシーに転向するかは知れない。 吾々は眼を拭うて之を静観して居れば可い。

第6段落

之を要するに凡そ国体の如何を問わず、国家のために尤も自然にして且つ安全なる途は国民をして政治に参与せしめ、国家の利害を自ら負担せしむることである。 古来人類の歴史は全く此の方向に進みつつあることは疑なく、何人も之を阻止することはできぬ。 唯一時の危機に臨み或は急速なる国勢挽回を要する時代に当り之れと反対なる組織の現わるることあるも、決して永続性を有するものではない。 政治学を研究し又実際政治に関与する者は常に此の法則を忘れてはならぬ。 余は率直に茲に之を断言して憚らない。

脚注

(1)
原文では「散し」と表記されている。