「伊太利の降伏」

2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』215ページから221ページに掲載されている、「伊太利の降伏」(1943-09執筆)を文字に起こしました。

本文

第1段落

昭和十八年七月二十五日イタリーに政治上のクーデターが突発して二十余年間の執権者たるムソリニー首相を一夜に葬り去ってバドリオ元帥を首班とする新政府が樹立せられた。 新政府は直ちに戦争継続を声明したれども、其の声明には我々外人から見て何となく真の魂が打込まれて居ない感じが起らないでもなかった。 それのみならず余は此の戦争の初めからイタリーが最後までドイツと道連れをするかを疑って居た一人であるが、果然九月八日イタ リーは反枢軸軍の前に無条件降伏をなしたることが発表せられて世界を驚かした。 其の中にも同国と同盟条約を締結し、単独不講和を協定せる日独両国には大なる衝動を与えて国民を憤激せしめたることは言うまでもなく、両国政府も亦此のことは既に政変以来予想せる所であるから、諸般の対策は完全に備わって居るから何等驚くべきこと はないとは宣伝するものの、昨日までの同盟国が今日は全く敵国同様と変じ、条約の蹂躙者である。 背信者である。 裏切者である等の凡ゆる悪口、痛罵が連発せらるるのみならず、之には対処すべき帝国政府の声明も発表すればドイツに於てはヒトラーが久方振りに憤慨演説をなす所を見れば両国政府自体に於ても決して此の事件を軽視して居る訳ではなく、同時に将来の戦争及び国際関係に付ても善悪は別として相当の影響を与えることは争われない。 併し退いて考うれば、イタリーの無条件降伏は同国の過去、現在に照らして已むに已まれぬ事情であったに相違なく、バドリオ元帥の此の思い切った果断決行は国を救う政治家として正に執らねばならぬ当然の処置ではなかったか。

第2段落

率直に言えばイタリーは当初此の戦争に参加したのが一大失策である。 若し仮に参加せずして厳然と固く中立を守って来たならば、今日のイタリーは如何なるものであるか。 少くともヨーロッパ大陸に於ける中立国中の最も有力なる国として、他の中立国を率いて此の戦争に対して相当の威力を発揮することが出来ると共に、戦わずして戦勝に劣らざる結果が得られたに相違ないが、誤って戦争に参加したるが為に今日の悲境に墜落したのであって、此の点に付ては恐らく何人と雖も反対の見方をする者はなかろうと思われる。 而して国を挙げて戦争の渦中に投じたる者は何者であるかと見れば、疑もなくファッショの巨頭ムソリニー其の人であることは言うまでもないことである。 併し翻って従来彼が執り来れる経路を見れば、彼は何としても此の戦争にはドイツ側に加担して参戦せざるを得ない立場に置かれて居る。 それには種々の理由もあるが、其の主たる二、三を挙ぐれば大体次の如きものである。 即ち第一に二十余年前に彼がイタリーの政権を獲得したのは当時国家の危機を救わんが為に必要なる一大壮挙であったには相違ないが、其の方法手段に至りては全く憲法を蹂躙し、国民的代表者たる議会多数の意嚮を無視する暴力行為に出でたるものであったことは疑いなき事実であって、彼は之に依って独裁権を獲得し、議会の権能を剥奪して之を彼の脚下に屏息せしむるに至ったのであるが、斯かる独裁的英雄主義を強行するに当りては絶えず国の内外に亙りて国民の耳目を奪うに足るべき政治的活動を継続するの要あるべく、同時に其の活動の止みたる時は即ち英雄主義の亡ぶる時である。 欧洲の風雲急を告げ、愈々英仏・独が戦端を開き、世界的大動乱の起らんとするの秋に当りて、英雄ムソリニーとしては之を終始傍観して無為無策に過すことは出来る訳ではなく、無為無策は英雄主義の終焉である。 茲に於て戦争の前途と国内事情に付て十二分の確信を保つの遑なく、乾坤一擲参戦の挙に出でたるは彼としては避くことの出来ない運命である。 第二に参戦するならば英独何れに走るかと言えば、無論英に背いて独に赴くより外に途はない。 イタリーに取りては英国は不倶戴天の敵である。 第一次大戦に当りてイタリーより戦勝の獲物を奪い去ったものは主として英国である。 其の上ムソリニー時代に至って北阿エチオピヤ遠征に当り国際聯盟を使嗾して極力妨害をなしたるものも亦英国である。 元来独伊の利害は一致することあらんも英伊の利害は絶対に一致せない。 此の時に当り成ると成らぬは天に委して、兎に角英国打倒を絶叫して猛然と起ち上りたるドイツに呼応して進軍するのはイタリーとして履むべき当然の途である。 第三にムソリニーもヒトラーも同じく時代が生み出したる英雄であって、ファシズムとナチスとは其の内容に異なるものもあろうが、何れも独裁主義である点に付ては一致して居る。 即ち民意を無視し、議会の権能を剥奪して独裁専制を行う。 此の点に付ては意気相投じ、 肝胆相照す間柄であるから、両者が互いに手を組んで共同戦線を張るに至ったのは是れ亦自然の勢いである。

第3段落

大体斯くの如き次第にてイタリーは参戦して以来三年有余の間国を挙げて戦争に従事して来たが、偖て戦局の近状はどうなって居るか。 開戦の初めに当りてはドイツの勢は破竹の如く、ヒトラーの鼻息も物凄く、欧洲を震動せしめて居たが、其の後戦線は膠着して一向に進捗せないのみならず、東部戦線に於ては書入れの夏季攻勢は全然予想を裏切り、却ってソ聯よりの攻勢に一歩一歩と後退を余儀なくせらるる有様である。 一方米英聯合軍は昨年十一月北阿上陸以来枢軸軍を駆逐して北阿の全部を占領し、続いてチュニジアに兵を進めて此の所にも枢軸軍を逐い払い、更に進んでイタリー本国に上陸するまでに進撃を重ねて来たが、此の勢力を以て進めばイタリー全土は遠からずして米英の占領する所とならないとも限られない。 枢軸側に於ては一地方や一局部の進退などは戦局を動かすに足らないから毫も顧慮するに及ばないと宣伝するものの、之を大局の上より見るも最近の戦局は決して枢軸側に有利に転換せざるのみならず、却って不利益に傾きつつあることは蔽うことの出来ない事実である。 此の時に当りイタリー国内の有様は如何と見ればローマ、ミラノを始めとして其の他主要なる都市は反枢軸軍の為に猛烈なる空襲に遭うて惨澹たる被害を呈し、此の上戦争を継続すれば空襲は益々暴威を揮うて国内は殆ど焦土と化するに至るべく、其の上国民は食糧其の他物資の欠乏を告げて疲弊困憊のどん底に陥り、戦争の前途に何等の光明すら認むることは出来ない。 斯かる情勢の下に於て独裁者一人の行掛りや野心の為に国民全体に犠牲を強いることが果して天理に副うものであるか。 又是が国家国民を救う所以であるかは論ぜずして明かである。 国民の間に厭戦気分が起り、延いて軍隊の戦意を沮喪するに至るは已むを得ない勢であり、是と同時に何者かが立って決然として独裁者を葬り去り、新政権に依りて無条件降伏を考慮するに至るのも是れ亦天に口なし、人をして行わしむる所以ではあるまいか。

第4段落

日独両国はバドリオ新政権を条約違反者であり裏切者であると口を極めて攻撃するが、固より両国の立場より見れば違反者であり裏切者であるには相違なく、此の点に付ては新政権は如何に攻撃せられても弁解の辞は出でないであろうが、併し翻って考うれば一体条約なるものは何の為に存するのであるか。 言うまでもなく各国が条約を締結するのは何れも之に依りて自国の安全即ち利益を図らんが為である。 自国の利益を外にして条約の存する理由はなく、従って利益の消滅したる時は条約も亦消滅する時である。 況んや自国の利益を犠牲に供してまでも尚お又自国の滅亡を賭してまでも条約を守らねばならぬ義務はなく、斯かる場合に遭遇すれば断然条約を破棄して自由行動を取るべきは国家自存権の発動として決して咎むべき理由はない。 或は斯かる議論を目して功利主義でありマキァヴュリズムであると非難する者もあらんが、併し此の種の功利主義やマキァヴュリズムが過去現在に於ける国家競争の現実であるから仕方がない。 加之新政権の条約違反を責むる日独両国は過去に於て条約違反を犯したることはないか。 他国の条約違反を責むる資格があるか(注1)。 是れも考えて見る必要がある。 最近に於てもドイツの如きは慥かに条約違反の常習犯である。 即ちヴエルサイユ条約を破棄して自分勝手に条約上の義務を片端しから蹂躙したるものはドイツである。 独ソ不可侵条約を蹴飛してソ聯に不意討ちを食わしたものも亦ドイツである。 日本の如きも満洲事件から支那事変に当りては国際聯盟条約、九箇国条約、四箇国条約等の違反者として非難せられて居るのはどうか。 自国は勝手に条約を破りながら他国が破ると非難する。 是こそ不潔なる言葉ではあるが俗に言う目糞が鼻糞を嗤う類である。 固より各国が条約を破るに当りては破らねばならぬ客観的事情があるに相違なく、其の事情は国に依って各々異なる所あらんも、帰する所は自国の利害から打算せられる点に当りては全然一致して居ることは疑 いない。 然るに自国の条約違反は正当の理由はあるが、他国の条約違反には正当の理由はない。 自国のなしたることは正義であるが、他国のなしたることは不正義であると言うた所で斯かる議論は自国内の無識階級には通用するか知らないが、少くとも有識階級には通用せない。 況んや広き世界に通用する訳はない。

第5段落

新政権の無条件降伏、是も日独両国から非難せらるるのは無理もないことである。 両国の立場より見ればイタリーは反枢軸国から如何に猛爆せられ焦土と化するも戦に敗れて全軍潰滅し、国内は占領せられ、其の上窮民は疲弊困憊して飢餓に陥るともそれこそ最後の一人に至るまで抗戦を継続せしめたかったであろうが、新政権の立場より見れば事の茲に至らざるに先立ち、救国の方策を考えねばならぬ。 而して千思万考の末無条件降伏の外には執るべき途はないとの結論に達したに相違ない。 併し是が真に国を救う途となるか或は又国を滅ばす途となるかは此の大戦の結果を見ねば何人も断言することは出来ぬ。 人間の為すことには当ることもあれば外れることもある。 善と思うて為したことが悪となることも稀ではない。 要は人事を尽して天命を俟つのみである。 敗戦は恥辱であり降伏は更に大なる恥辱であることは何人も知り抜いて居ることであるが、此の恥辱を忍ぶことが出来ずして破れかぶれに一切のものを投げ棄てて、所謂自暴自棄に陥ることは国家を背負う政治家の戒むべきことである。 武士道と言いローマ魂と言い唯死ぬことをのみ教えて生きることを教えない道や魂であるならば、左様なるものは人間社会には用わない。 加之降伏を最大の恥辱として非難するドイツ自体も曾ては此の恥辱を忍んだではないか。 前大戦の末期に於けるドイツの態度は何であるか。 聯合軍の前に無条件降伏をなして、無理非道と言わるるヴエルサイユ条約の前に頭を下げたではないか。 自分の降伏したことは忘れて他人の降伏を非難する。 良心があるならば自ら顧みて忸怩たらざるを得まい。 又今回の大戦に当りてもフランスの降伏は何と見るか。 ドイツの電撃に遭うて一敗地に塗れ、ブレンネル峠の無条件降伏に調印したではないか。 フランスの降伏は敵側の降伏であるから咎めないが、イタリーの降伏は味方の裏切りであるから非難する。 同じ降伏も国々の立場に依って是れ程違うものであるから国際間の議論などは当てになるものではない。 日本に於てもイタリーの降伏に付て政府部内にも民間に於ても種種の議論が現われて居るが、何れも見ても中正を失する我田引水の議論のみであって感心に値するものは見当らない。 併し是も当然のことであって、日本に於ては日本に都合よき議論を製造する。 其の他の諸国何れも自国に都合よき議論を放送する。 斯くの如くにして国際間の議論は全く支離滅裂であって、帰する所は強い国が勝って弱い国が負ける。 優勝劣敗、弱肉強食の外には何ものもなく、正義とか人道とか世界の平和とか新秩序の建設とか称する空想は夢の如くに何れにか飛び去って、此の地球上に人間と称する動物が生存する限りは、戦争は絶ゆる時はなく、国家の隆替、興亡も長き人類の歴史より見れば唯一時の現象たるに過ぎない。

第6段落

之を要するにイタリーの降伏が一時たりとも国を救う途であるか或は国を滅ぼす途であるかは余り遠き将来を待たずして世界の前に証明せらるべく、是と同時に此の降伏に是非の議論を唱えたる人々も事実の前に頭を下げねばならぬ時が到来するであろう。

脚注

(1)
原文では「が」と表記されている。