「大東亜戦争の原因と目的」

2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』228ページから238ページに掲載されている、「大東亜戦争の原因と目的」(1944-02執筆)を文字に起こしました。

本文

第1段落

大東亜戦争が始まってから国内の論壇は一斉に戦争の完遂に向って傾倒せられて居る。 是は固より当然のことであって、苟くも一国が運命を賭して戦争を始めたる以上は、国内の有形無形凡ゆる物を挙げて必勝の目的に向って邁進すべきは論を要せないことであるから、国内の論壇が徹頭徹尾我が国の行動を正義化して敵国の行動を邪悪化し、以て内には国民の敵愾心を鼓舞し外には世界の輿論を有利に導かんと努力するのは何れも国民的真情より迸り出づる憂国の熱血として何人も之を是認するに躊躇するものではない。 併しながら如何に論壇の上に健筆を呵し雄弁を揮うとも其の議論の根底となるべき事実に誤りを生じ或は其の事実の上に打ち立てられたる正邪曲直の判断に狂いを生ずるが如きことがあるならば、其の議論は一時事理に通ぜざる大衆の心を捉うることあるも識者の肯綮を得ることは出来ないのみならず、時を経るに従って其の議論も亦何れの所よりか破綻して遂には収拾することの出来ない事態を惹き起さないとも限らない。 大東亜戦争が始まって以来余は常に此の考えを以て我が国の論壇を静観して居るが、其の中特に戦争の原因と目的に付ては其の根本に付て余の考えと相容れないものがあるから左に其の大要を述べて置きたい。

第2段落

第一は戦争の原因であるが、大東亜戦争は如何なる原因に依りて起ったのであるか。 戦争の原因を作り出したものは何れにあるか。 戦争の挑発者は何者であるかと云うことであるが、大東亜戦争始まって以来今日に至るまで、我が国に於ては戦争の原因を作りたるものは米国である。 米国が戦争の挑発者であると云うことは官民を挙げて国内一致の意見であって、之に向っては唯の一人として反対の意見を表白したる者はない。 固より中心には是と異なる考えを抱蔵して居る者もあるかは知れないが、表面上之を述ぶることは許さないのみならず、若し万が一にも斯かる意見を公にする者があるならば其の人は直ちに非国民として一日たりとも国内に身を置くことは出来ないこととなるに相違ない。 併し一歩退いて冷静に立返り、過去に現われたる種々の事実を基礎として考えるならば、今回 戦争の責任は全然米国であって日本には何等の責任はない。 戦争の挑発者は独り米国のみであって日本には少しも落度はなく、日本は全く米国より挑戦せられて余儀なく起ち上ったものであると断言することが出来るであろうか。 余は必ずしも左様には考えられない。 言うまでもなく戦争の直接原因となりたるものは昭和十六年四月頃より始まり十二月初旬に至って遂に決裂したる日米交渉であって、其の内容は多岐多様に亙って居るなれども、其の根本となるものは疑いもなく支那事変であって、其の他の事項は何れも支那事変より生じたる枝葉問題に過ぎない。 而して支那事変に付て日本は米国に対して蒋介石援助より手を引けと主張し、米国は日本に対して蒋介石討伐を止め、併せて南京新政権を否認せよと迫る。 是が両者主要の争点であって、其の何れが正当にして何れが不当であるかが問題である。 そこで日本の蒋介石討伐の理由を見るに、日本は之を理由づけるがために例に依って日支親善とか提携とか或は東亜新秩序の建設とか其の他種々の口実を製造して居るが、是等の口実は何れも世界に宣伝する仮装的のものであって、其の実は日本が支那大陸に発展せんが為に支那侵略を企つるにあることは疑うべき余地はなく、此の点は如何に日本が然らずと弁解した所で世界に通用せない弁解である。 而して日本の立場よりすれば是が国家発展の為に進むべき当然にして且つ己むを得ない途であるかは知れないが、米国より見れば日本の支那侵略は同時に米国の支那に於ける現在及び将来の発展を阻碍することになるから、之を防御するが為に蒋介石を援助して抗日戦線を張らしむるのは是れ亦米国として執るべき当然の途であって、別に怪しむべきものでもない。 日本は口を極めて米英の支那侵略を攻撃するが、若し米英の支那侵略が悪いならば日本の支那侵略も悪い。 米英は西洋であって日本は東洋である。 東洋の日本が隣国の支那を侵略するのは構わないが、遠き西洋の米英が支那を侵略するのは悪いとは言えまい。 国家が発展する天地に東西南北の区別はない。 其の何れたるを問わず発展し得べき余地があるならば其の方面に向って驥足を伸ばす。 是が国家発展の通則であって、此の通則を逐うて勇敢に進む国家は興り、然らざる国家は滅ぶ。 而して其の事が善であろうが悪であろうが、夫れは構わない。 是が過去現在に於ける国家競争の神髄であるから仕方がない。 若し夫れ一国が他国を侵略するのは国際正義の観念に照らして許すべからざる罪悪であると言うならば、従来支那に対して日本及び米英が執りたる行動は均しく罪悪である。 米英の行動は罪悪であって、日本の行動は罪悪でないとは言えない。 それは兎も角として斯かる情勢の上に立ちて従来支那は日本及び米英両国の角逐場となって居る。 而して此の角逐が平和の中に行われる限りは問題は起らないが、一歩進んで武力を行使することとなれば問題が悪化するのは已むを得ないことであって、今回の支那事変は正しくそれである。 即ち日本が武力を行使して蒋介石討伐を始め支那侵略に向って更に一歩を踏み出したから米国も之に対抗するが為に武力的行動を取るに至った。 是が偽わりなき事実の真相であって、歳月の経過に伴って事態は益々悪化し続いて米国よりの経済断交となりABCDの包囲陣となり其の他各種の圧迫が日本に向って加えられるに至って遂にワシントンに於ける日米交渉となったのである。 斯かる次第であるから日米交渉の内容は多岐多様に亙って居れども、其の大本は全く支那事変であるから、日本が支那事変から手を引かない限りは此の交渉は成立つ訳はない。 是は当初より分り切ったることである。 然るに日本は手を引かないのみならず、却って米国に対して蒋介石援助を断念せよと迫る。 米国の立場より見れば是が承知出来る訳はない。 之を承知することは即ち支那大陸に於ける日本の自由侵略を公認し同時に米国は従来の進路より退却せねばならぬこととなるから、米国が日本の要求を排斥し、蒋介石討伐を止めよと迫るのは当然の要求であって、日本が此の要求に応ぜば米国も直ちに日本に対する経済断交から包囲陣其の一切の圧迫を撤回して、日米間の関係は支那事変前の状態に回復するに相違ない。 若し此の場合に当りて米 国が尚お依然として日本に対する圧迫を撤回せざるが如きことがあるならば、其の非は全然米国にあるのであるから、交渉決裂の責任は無論米国が之を負わねばならぬ。 然るに日本は一面には蒋介石討伐を断念せないのみならず、蒋政権を撃滅するまでは断じて戈を収めないと公言して居りながら、他面には米国に対して蒋介石援助を止めよ。 日本に対する圧迫を撤回せよと要求し、末裔が此の要求に応ぜざるを見て交渉を断絶し、交渉決裂の責任を挙げて 米国に負はしめ、米国を以て戦争挑発者なりとして之を攻撃する。 是が日米交渉の真相であるが、其の理非曲直何れにあるかは識者を俟たずして断ずべきことと思われる。

第3段落

第二は戦争の目的である。 日本は米国の戦争目的は初めから一定して居らない。 度々動揺するのみならず、元来米国には正義に基づく戦争目的はないと言うて攻撃する。 即ち真の初めには自由主義、民主主義の為に戦うのであ ると宣言しながら、後には此の宣言を反古にして、今度は生きんが為に巳むを得ず戦うのであると強調して居るが、是が抑々世界を欺く奸策である。 何ぜなれば米国はそれ自体広大なる領土と豊富なる資源を擁し、其の上南北アメリカを通じてモンロー主義を固く執りて一切他国の干渉を許さない。 之に依りて彼等は彼等の生存発達には無限の余裕を残して居るのであるから、遠隔の東亜に侵入して領土を占領し民族を搾取するが如き暴挙を敢て為すには及ばないのではないか。 然るに彼等が飽くなき暴威を揮うて其の止まる所なきに至るのは畢竟するに彼等は名を自由や生存に藉りて其の実は世界を制覇せんとする野望に出づるものであるから、所謂正義、人道に照らして許すべからざる野蛮鬼畜の行いである。 是が米国の戦争目的に対する非難の大要である。 併しながら我々は此の種の議論に没頭するに先立ち、退いて一体此の世界は如何なるものであるかを一考せねばならぬ。 言うまでもなく又誰が何と言おうが、此の世界は人類の活動舞台であり、競争舞台である。 個人は個人と競争し民族は民族と競争し国家は国家と競争する。 而して競争の動機は生存発達の欲望であって、此の欲望には限度がないから十を得れば百を望み百を得れば千を望み千を得れは万を望む。 多々益々弁じて全く底止する所を知らない。 是が人類に与えられたる本能であるから如何なる力を以てするも之を曲ぐることは出来ぬと共に、優者は劣者を凌ぎ勝者は敗者を挫き、此の間に国家の隆替興亡が繰返されることは過去数千年の歴史が如実に之を証明して居るから仕方がない。 此の奪うべからざる事実を無視して唯徒らに浅薄なる正義、人道論などを振翳して国家競争を麻痺せしめ其の活動を抑制し得べしと思うが如きは是れこそ真に空想家の夢にあらざれば生存競争に敗れたる弱者の悲鳴である。 此の見地に立ちて米国の行動を眺むるとき、そこに何の非難すべき理由があるか。 米国が世界制覇の野望を包蔵して居るか居ないかは知らないが、仮りに斯かる野望を包蔵して居るとするもそれが何で悪いか。 米国はモンロー主義を抱いて米大陸に屏息せねばならぬと云う理窟はない。 米国自体に力の余裕があって米大陸を乗り越え、欧亜の天地に足を入れて世界を横行潤歩せんとするなればそれは米国の自由である。 唯斯かる野望が達せらるべきものであるか否かは全く別問題であって、世界列国は斯かる野望を打破せんとするならば各々国力を挙げて之を撃退すべく、是が国家競争の神髄である。

第4段落

翻って日本の為す所を見ればどうであるか。 日本は果して米国の為すことを非難する資格があるか。 過去数十年間日本の為せし所及び現在為しつつある所を見れば日本、米国共に異なるものはない。 唯其の野望と活動の程度に大小広狭の差あるのみである。 日本も明治以来長夜の眠りより覚め、此の領土に屏息して居ては日本民族の発展欲を満たすに足らざることに気付き、日清、日露の二大戦役を始めとして引続き支那侵略を以て国家の根本方針と定め、此の方針を遂行し来りたる其の結果が今回の大東亜戦争となったのである。 日本の大陸発展を以て帝国生存に 絶対必要なる条件なりと言わんも、自国の生存の為には他国を侵略することは可なりとする理窟は立たない。 若し之を正義とするならば斬取強盗は悉く正義である。 それ故に日本の為すこと及び米国の為すこと何れも正義、不正義の問題ではなくして、全く国家発展の為にする国家競争の現われに過ぎない。 今回の支那事変から引続きて此の大東亜戦争を理窟付けるに当りても日本民族生存の為とか東亜民族解放の為とか、新秩序建設の為とか大東亜共栄圏確立の為とか其の他之に類する種々の理由を述べ立つれども、是等の理由は何れも真の理由ではなくして其の理由は一あって二なし。 即ち帝国発展の為め―是より外に何ものもない。 随て戦争の動機は日本も米国も何等異なる所はない。 然るに此の戦争に当りて独り日本の戦争目的のみが名分正しき道義に基づく聖戦であって、敵の戦争は強欲非道の野獣戦であると叫んだ所で斯かる理窟は世界に通用せないのみならず、恐らく日本国内に放ても心ある者は嗤って居るに相違ない。 一体戦争に聖戦とか道義戦とか斯かる種類のものがある訳はない。 何れの場合に当りても戦争は侵略戦である。 他国を侵略するか又は他国の侵略を防御するか。 是より他に戦争は起らない。 幾十百万の人間を殺戮し、国帑を蕩尽し国民を挙げて飢餓困憊のどん底に蹴落して置きながら我々は道義の為に戦うのであると言うた所で左様な理窟は通る訳はない。

第5段落

大体斯くの如き次第であって、戦争の目的は日本も米国も帰する所は等しく国家発展欲の発露に外ならぬのであるから、此の偽わりなき事実を隠蔽して徒らに敵国の戦争目的を非難し自由の戦争目的を礼讃して自己満足に耽るが如きは野暮の骨頂である。 戦争は斯かる口舌の争いにて勝敗を決するものではなく戦争を始めたる以上は頼むべきものは力より外に何ものもない。 一も二にも三にも力であって、強い者が勝って弱い者が負ける。 此の間に正邪曲直の区別などはあるべきものではない。 然る所が一体此の戦争は勝つことが出来るのであるか。 是が大問題である。 一部の連中は正義は必ず勝つと決めて盛んに自称正義論を振廻して居る。 又一部の連中は日本精神、大和魂を振翳して日本の勝利疑いなしと揚言して居る。 或は勝って勝って勝ち抜いてワシントン城下の盟をなさしむまでは戈を収めないと豪語して居る者もある。 そうかと思えば一方には生か死か、国家の興亡愈々眼前に迫れり、一億国民悉く起って武装せよ、食糧を増産せよ、軍器を増産せよ、決戦体制を強化せよと絶叫する多数の憂国者もある。 斯くの如くにして国内の混乱名状すべからざるものがあるが、之を大局の上より観察するならば戦争の前途には実に容易ならざるものがあって、余の如きは楽観どころではなく遺憾ながら非常に悲観的の感を起さざるを得ない。 即ち此の戦争の前途を如何に欲眼で見た所で日本が最後の徹底的勝利を獲得して米英を屈服せしめ、所謂東亜共栄圏を確立して日本が其の覇権を握り以て百年平和の基礎を確立すると云うが如き所期の目的を貫徹することが出来るとは思えない。 それのみならず却って全然反対の事態が起りて、彼等敵国が意図する如く皇国三千年の歴史を泥土に委し国民を挙げて米英の奴隷に墜落せしむるが如き事態が現われないと何人が保障するか。 想うて茲に至れば苟くも日本国民たる者は実に肌に粟を生ずるの感禁じ能わざるものがある。 茲に於て我々は退いて最も冷静に考えて見なくてはならぬ。 それは外のことではない。 一体何の為に此の戦争を始めたかと云うことである。 戦争の原因は既に前述せる如く日本は米国が戦争の挑発者である。 日本は米国から売られた喧嘩を余儀なく買って出たのであると弁解すれども、此の弁解は世界に通用せない。 誰が何と言おうが今回の戦争は日本の軍部が其の原因を作りたるものである。 即ち軍部多年の方針である所の支那侵略が其の根本原因であることは今更議論するの余地はない。 尤も支那侵略が原因となりて支那事変起り、是が原因となりて更に大東亜戦争が起るが如きことは初めから予想して居らなかったかも知れないが、何れにするも起りたる以上は仕方がない。 今更止めることは出来ないから、勝つ も負けるも最後まで戦わねばならぬ。 是が為に此の上とも無数の人を殺し国帑を蕩尽し凡ゆる物資を消耗し幾千万億の国債を起し、国民を挙げて疲弊困憊のどん底に陥れ、負くれば国は滅亡に陥り、勝った所で国力の回復は迚も望むことは出来ず、子々孫々戦勝の余慶などは思いも寄らず、未来永久塗炭の苦しみを免れないことは今より予想せらるべきことである。 然るに此の戦争の責任を塗抹せんが為に次から次と種々の理窟を考え出し、曰く肇国の精神である。 八紘一宇の理想である。 神武東征の継続である。 自存自衛の為である。 東洋民族の解放である。 共栄圏の確立である。 道義戦である。 聖戦である。 其の他ありとあらゆる理由を製造して国民を欺瞞し、国民を駆って戦争の犠牲に供する。 或は日本国民は先天的に忠君愛国の塊であって、進んで戦場に征き、喜んで死に就くと賞揚するなれども、是は全く国民を煽動する謀略に過ぎない。 独り日本国民に限らず苟くも人間として死を好む者があるか。 生命あっての人間である。 生命維持に執着するは独り人間のみならず凡ゆる生物に共通する天性である。 個人主義と言わば言え、国の為であろうが誰の為であろうが己むを得ず死に就く者はあろうけれども、喜んで死に就く者は一人もない。 若し之を疑うならば手近い所の出征軍人及び其の家族の為す所を見よ。 戦争始まって以来軍部の召集令が頻繁と各方面に飛ぶのであるが、狙われた本人は国権の強制に余儀なくせられ、已むを得ずして之に応じ、残る家族は其の生還を祈るが為に日夜氏神に参拝するではないか。 近頃学徒の召集が実行せられ、新聞上にては盛んに彼の徒の献身的意気の熾烈なることを賞揚して居るが、是れ亦彼等を煽動する謀略に過ぎないのであって、学徒と雖も大切なる学業を中断して好んで出征を欲する者のある訳はない。 父兄固より其の通り。 其の証拠の一端として世に現われたるものは本年春の高級学校入学受験者の傾向である。 徴兵猶予の特典に浴せんが為に理工科の入学志望者は従前に比して十倍の多きに上って居るのは何を物語るのであるか。 斯かる偽りなき事実を無視して、嫌がる国民を駆って戦場に追いやり片端しから大量殺戮―今後に絶する悲惨なる最期を遂げしむるのであるが、凡そ人間社会に於て是れ程大なる罪悪があるであろうか。 それも国家自存自衛の為に絶対已むを得ざる戦争ならば兎も角、此の戦争は初めより斯かる性質のものでないことは既に前述せる通りであって、国家発達の為ならば斯かる危道を踏まずとも他に安全なる道があるにも拘らず、其の道を発見せずして今回の戦争を惹起したるは全く軍部の専横と認識不足の致す所と非難されても弁解の辞はないであろう。

第6段落

然らば其の安全の途とは如何なるものであるかと言えば、支那事変を起さないことである。 支那事変がなけれは大東亜戦争もない。 若し支那事変を起さずして初めより厳然と構えて居たならば今日の日本は如何なる状態にあるであろうか。 ヨーロッパ戦争が始まる。 米国は之に参加する。 而して世界列国は戦争の為に無数の人命を失ひ国力を尽し、兵器、弾薬、食糧其の他凡ゆる軍需品を挙げて日本に向って求むるに相違なく、日本の経済界が挙って之を供給することとなれば日本は一面には強力なる軍隊を擁しつつ一面には幾百千億の富を輸入して国力は益々増大し、此の上とも軍備の拡張は思う存分に行われ、実際上押しも押されもせぬ世界第一の強国と為り、日本の向背は世界戦争の大勢を決すべく、日本の命ずる所行われざるなく、世界列国は日本の一顰二笑を求めんが為に日本の膝下に跪き来ると同時に、日本は労せずして東西の指導権は言うに及はず、尚お進んで世界の指導権を握るに至るべきは常識に照らして予想し得がたきことではない。 然るに誤って戦争の渦中に投じたるが為に今日引くに引かれぬ苦境に立ち至って居る。 是は抑々誰の罪であるか。 今更言うても及ばぬことではあるが、実に取返しの付かない大事件を惹起したものである。 世界の形勢を達観するの明なく、国家を経綸するの才なくして国政燮理の大任に当る。 古来国を誤るは此の輩である。 今や戦争の前途は実に容易ならざるものがある。 国家の危機は日一日と近付きつつある。 事茲に至りて如何に戦争挑発者が声を大にして呼号するも此の大勢を挽回することが出来るものではない。 是が戦争の原因と目的に対する余の感想である。