「欧羅巴戦争終る、独逸敗れたり」

2010-11-14

このテキストについて

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』256ページから261ページに掲載されている、「欧羅巴戦争終る、独逸敗れたり」(1945-05執筆)を文字に起こしました。

本文

第1段落

ヨーロッパ戦争は愈々終りを告げた。 五年と八箇月の間交戦国は文字通り国家の総力を挙げて戦って戦って戦い抜いたが、如何なる戦争も無限に継続するものでなく、終る時が来れば必ず終るものである。 而して終った後はどうであるかと見れば予想の如くドイツは大敗して米英ソの聯合側は大勝した。 最早今日に至りては何ものと雖も此の事実を変更することは出来ない。 顧みれば戦争開始前、或る年月の間ヨーロッパ大陸には凄愴なる暗雲が低迷して居たものであるが此の暗雲が一掃せられて愈々戦争の幕が切って落されたのは昭和十四年九月であった。 当時ヒトラー総統の鼻息は中々荒くして近寄ることは出来ず、随てドイツの勢いも内実は兎も角表面上には測り知るべからざるものあるが如くに見えたから、何人と雖も結局はドイツが敗るるとも斯かる大敗を招くものとは予想して居なかったかも知れない。 のみならずドイツ駐剳の帝国使臣以下同国在住の同胞は言うに及ばず、我が国内に於ても軍部、政府、民間を問わず、ドイツ信者の人々はドイツの決定的勝利を確信して疑わず、機会ある毎に之を公言して以てドイツ熱の向上を図りたることは世間周知のことであるが、それにも拘らず今日の結果を見ねばならぬとは彼等自身に取りては全く予想を裏切られたる感あると同時に中心悔恨たるものがあるに相違ない。 併し余は今日敢て此等の人々を責めんとするものではない。 否責めんと欲せば責むべき十分の理由がある。 即ち斯かる国家的重大事件に付て全く観察を誤って国民を迷わし、帝国の国策に一大齟齬を惹き起さしめたる責任は実に許すべからざるものである。 況んや国家を背負うて立つ所の政治家に至りては全く言語道断の次第であって、一層其の責任の重大なることを自覚せねばならぬ。 併し是等の方面のことは姑く措いて問わぬが、余の茲に一言して置きたいことはヨーロッパ戦争からドイツ大敗の責任者は一体何者であるかと言うことであるが、是は疑いもなくヒトラーである。 徹頭徹尾ヒトラー其の人であることは疑を容るべき余地はない。

第2段落

前ヨーロッパ戦争は四年と八箇月続いた。 此の戦争に於てもドイツは大敗を招き、ヴエルサイユ条約にて極めて苛酷なる条件を課せられたが、斯くの如き条件はドイツに於て到底履行し得べきものでなく、履行せんとすればドイツは滅亡するより外に途はない。 故に於て後年ヒトラーなる怪物が現われ、一方意思を以て勝手に此の条約を破棄して国内の復興を図ると同時に軍備の充実に向って邁進したのであるが、条約の相手国であるイギリスもフランスも此の傍若無人の有様を見ながら如何とも施すべき術を知らず、殆ど傍観するのみであった。 ヒトラーが民主的の政権を倒して自ら政権を握り、議会の権能を掌中に収めて一種の独裁政治を断行するに至りたるは一九三三年即ち今より十二、三年前のことである。 其の後数年の間に一面に於てはオースタリ―、ズデーテン等を併合して領土を拡張し人口を増加し、他面に於ては彼の絶叫する祖国の復興は駸々として大いに見るべきものがあり、世界列国も此の有様を見てドイツの将来恐るべしと驚いたのは争われない事実であった。 併しながらヒトラーが如何に近代ドイツの産み出したる怪傑であろうがドイツが如何に復興しようが、まだドイツは一団を以てヨーロッパ列国を相手に戦争を始めるには其の力足らざる位のことは門外漢の常識判断を以てするも誤りのあるべき筈はない。 それ故に若しヒトラーにして能く此の間の情勢を洞察して徐ろに列国間に対処すべく、一歩一歩と堅実に進んで行ったならば、ヨーロッパ戦争は起らなかったに相違なく、戦争が起らねばドイツは大敗を招く筈はない。 然る所が茲に彼の大なる打算違いがあったのみならず独裁政治の弱点が現われて居るのである。 何故ならば元来独裁政治なるものは人民の権利、自由を弾圧し、独裁者一人の意思を強行して国家国民を支配せんとするものであるから、国民の側より見れば中心甚だ平らかならぬものがあるに相違ないが、併し国家生活の或る道程に於て民衆政治頽廃して国家の中心勢力衰え、国家の危機目前に迫るに当りては非凡なる独裁者現われ、民衆政治を打破して独裁政治を強行し以て之を救済するにあらざれば国家は崩壊するのであるから、斯かる場合に臨みては国民は自己の権利、自由を犠牲に供するも、強力なる独裁政治に耐え、独裁者の前に叩頭するに至るは国民心理の向うべき自然の勢いである。 ヒトラーが政権を掌握したのは全く此の機会を捉えたからであるが、是と同時に独裁者は国家の為に次から次に雄大なる新機軸を案出して新政策を断行し以て民心を倦まざらしむることに向って活動を継続すべく、此の活動が停止したる時は即ち独裁政治の崩壊する時である。 ヒトラーが国内復興を以て足れりとせず、国外に向って事端を開くに至りたるは欝勃たる彼の野心の現われには相違ないが、是と同時に独裁者たる彼自身の境遇が彼を駆って此の挙に出でしめたることは争われない。 戦争の起因はポーランドに於ける廻廊道路の建設問題であるが、仮令道路の一端に東プロシヤなる飛地があると言え、苟くも他国の領土を使用せんとするに当り、其の国が之を承諾せざることを口実としていきなり武力を以て之を強行せんとするが如きは彼ヒトラーの常に呼号せる国際正義に照らして許すべからざる乱暴行為である。 併し仮令乱暴であろうがなかろうが国家競争の結局は正義の争いでなくして武力の争いであるから彼にして最後まで武力を以て突き通すだけの自信があるならばそれも宜かろうが、彼の自信は当初は確かであったに拘らず、中途にして全く裏切られるに至ったから仕方がない。 即ち戦争の当初に於てはドイツの勢いは破竹の如く、所謂電撃作戦を二週間経つか経たない間にポーランドを蹂躙し更に戈を転じてデンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギーを席巻して遂にフランスを降伏せしむるまでの戦争は彼の思う儘極めて順調に進んだのであるが、此の勢いに乗じて昭和十六年六月突然ソ聯との不可侵条約を破棄して不意打ちを食わしたことは何と言っても取返しの付かない彼の違算であったことは争われない。 尤も此の方面の戦争に於ても当初はドイツ軍の勢い侮るべからざるものがあったから、彼が早ければ三、四週間、晩くとも三、四箇月間にはモスクワを攻略して白旗を掲げしめると豪語したことも強ち空想ではないようにも思われたのであるが、此の空想はいつしか夢の如くに消え失せ、続いてスターリングラードの悲劇以後は攻防全く地を代えて、撤収又撤収を重ねて止まる所を知らず、戦線は遂に収拾すべからざる難局を暴露する至った。 更に一方米英聯合軍の第二戦線に至りてもドイツ側の宣伝は実に猛烈を極め、此の金城鉄壁、難攻不落の要塞に向って上陸を企てるが如きは全く死地に座り込む盲者の行動であって、第二のダンケルクを覚悟せよと幾度警告を加えたるかを知らないが、それにも拘らず聯合軍は昭和十九年六月、北仏の半島ノルマンデイの上陸に成功せし以来、著々としてドイツ軍を撃破し予定の進軍を継続す るに至った。 斯くの如くにしてドイツは東はソ聯、西は米英、東西両方面よりの挟撃に遭うて、国家の運命は既に定まって居る。 然るに此の争うべからざる事実を眼前に見ながらヒトラーやゲツペルス等は如何に国民を指導したか。 曰く曰く勝利は疑いなし。 勝利は我等の手にあり。 最後の一人となるまで戦うべし。 四月下旬に至りベルリンの陥落は既に目睫の間に迫り、如何なる手段を以てするも到底避くべからざるに至れるにも拘らず、尚お此の種の命令を濫発して止むことを知らない。 是は疑いもなく国民を指導するにあらずして全く国民を欺瞞して死地に陥るるものである。 剰え最後に至りてはベルリン市民を禁足して難を避くることを許さず、老若男女に武器を供給して防戦に当らしむ。 勝敗の大勢に何の影響あるか。 憐むべき市民よ。 外電の報ずる所に依れば市民の殺されたる者百二十万其の他同数の俘虜を出した。 斯くの如くにしてベルリンは陥落しドイツは大敗したのである。

第3段落

以上が戦争の初めより終りに至るまでの極めて大体の経過であるが、之に依りて見ればヨーロッパ戦争よりドイツ大敗の責任者は何者であるか、一目瞭然である。 今日に及んで何人が如何なる理由を付けようが又我が国のドイツ信者が如何にヒトラーを弁護しようがそれ等は全く負け惜みに過ぎない。 責任者は全くヒトラー其の者であって他の何者でもない。 ヒトラーがなけれはヨーロッパ戦争も起らない。 ヨーロッパ戦争が起らねばドイツの崩壊もない。 彼がヨーロッパ戦争を起さず、祖国復興の為に一意専心既定の方針を以て進んで行ったならば今日のドイツは如何なる有様であろう。 疑いもなく欧洲中原に覇権を確立して其の勢いは当るべからざるものがあるに相違なく、随て米英と雖も故なくヒトラーに向って指を染めることの出来ないのは勿論、ドイツ国民も亦強国ドイツを背負うて世界を横行闊歩することが出来るに疑いなきが、惜しむべし―彼一人の野心の為に祖国復興の途を誤って世界的大戦争を惹き起し、五年八箇月の長きに亙って人を殺し財を費し、凡ゆる文明を破壊して其の末は国を滅ぼし、八千万の国民は敵国の奴隷となって浮かぶ瀬はなく、今後五十年や百年の間に祖国の復興は思いも寄らぬことである。 凡そ人間界に於て敗戦程恐ろしきものはなく、敗戦程悲惨なるものはないが、此の恐ろしき悲惨なる有様は何者の仕業であるかと言えば、全くヒトラー一人の胸の中から湧き起ったものであって、他の何者の仕業でもない。 然るにも拘らず世界は此の一人を目して英雄豪傑と称するならば世に英雄豪傑程国家国民を害するものはない。 又此の一人を目して独裁政治家と云うならば独裁政治家は断じて歓迎すべきものではないのみならず其の運命も亦知るべきである。 ナポレオンの独裁政治は槿花一朝の夢となって消え失せた。 前ヨーロッパ戦争に於る独露両国の官僚独裁は、是が因となって戦いに敗れ、一人の君主は外国に逃亡し他の君主は悲惨なる最期を遂げた。 今回の戦争に当りても独裁者たるヒトラーやムソリニーの運命は彼等の如し、凡そ文明国に於て安全にして且つ永続性を有する政治は徹頭徹尾民意を基礎とする政治でなくてはならぬことは唯理論の命ずる所たるのみならず過去現在の史実が明かに之を証して余りあるのみならず、現在のドイツが生きたる教訓を示して居る。 此の教訓を眼前に見ながら尚おも覚醒せざる政府及び政治家があるならば、彼等は実に済度すべからざる盲目政治家である。 ヨーロッパ戦争は終りを告げたが大東亜戦争は今正に酣であり、其の運命は将来に残されて居るが是は今日余の語らんとする所ではない。