「大東亜戦争終る、日本敗れたり」

2010-11-14

『斎藤隆夫政治論集 ― 斎藤隆夫遺稿』261ページから270ページに掲載されている、「大東亜戦争終る、日本敗れたり」(1945-08執筆)を底本として、文字に起こしてみました。


第1段落

大東亜戦争は愈々終りを告げた。 八月十五日正午日本国民がラジオの前に終戦の大詔を拝聴したる時は夢かとばかり驚いたであろうが夢でも何でもない。 厳然たる事実であって、此の事実は最早何ものの力を以てするも之を打消すことは出来ない。 思えば随分長い間の戦争であった。 支那事変より九箇年、大東亜戦争より五箇年、此の長い間国民は全く瞞されて来た。 曰く聖戦曰く八紘一宇曰く国体曰く三千年の歴史それから肇国の精神、日本精神、大和魂、神風、天佑神助、七生報国、滅私奉公、尽忠報国、楠木正成、北条時宗其の他ありと凡ゆる最上級の警語を浴びせ掛けられて戦争は必ず勝つ、最後の勝利は必ず我が方にありと説かれたから一生懸命に之を確信して有らん限りの苦痛を忍んで来た。 君の為め国の為とあれば何をか厭わざらんやで、心の底では泣いて居ても顔に現わすのは恥辱と思い、最愛の親も兄弟も子孫も征けよ戦場に、討てよ米英をと勇みに勇んで海外万里の戦場に送り出した。 其の中生きて還る者が幾人あるかは知らないが、国民の権利も自由も財産も一切挙げて戦争の用に供せられる。 二千何百億万円の戦費は国民の雙肩に降り懸り、国民の多数は食糧難に責め立てられて生色なく、東京を始めとして全国の大中諸都市は殆ど残らず敵の空襲に曝され、一千万人以上の罹災者は家を失うて焦土の上に彷徨するも尚お夢が覚めず、今に戦勝の快報来るべしと其の日晩しと待ち設けて居た其の時に当り、突如とした終戦の警報に接す。 之を聴いて呆然自失せざる者幾人あるかと疑わるると同時に、凡そ人間界に於て是れ程国民を欺く大なる罪悪はない。

第2段落

戦争はやらねばならなかったか、断じて左様なことはない。 やるべからざる戦争をやって大敗を招いたのである。

第3段落

遠き昔のことは姑く措き、近く明治維新以来七十余年間に於て日本は極めて順調に発達して来た。 凡そ世界の歴史を見ても此の短年月の間に日本程発達したる国は見出せない。 明治維新は七百年来の武門政治を打破して天皇親政の本源に復帰し是と同時に国家統治の大方針も定められた「広ク会議ヲ起シ万機公論二決スベシ」即ち是である。 続いて明治二十三年には立憲政治が創設せられて国民参政の実を挙げ、二十七年には支那との戦争に勝ちて新たに台湾が領土となり、三十七、八年にはロシアとの戦争に勝ちて南樺太及び満洲鉄道一帯が領土に加わり其の後朝鮮を併合し前ヨーロッパ戦争に参加して南洋諸島の委任統治権を獲得し、初めて世界の舞台に乗出して押しも押されもせぬ世界五大強国の一に数えられるに至った。 それから昭和六年には満洲事件が起きて満洲は支那を離れて表面上独立国の形を整えたが事実は日本の完全なる勢力範囲である。 斯くの如くにして日本の領土は年を逐うて拡張するに従って外に向っても日本の勢力は増すばかりである。 又国内の有様を見れば、時に経済界の浮沈はあるが、如何なる場合に於ても国民は職業を励めば相当に生活を維持することが出来る、現今の如く如何に働くも食糧難に責められて栄養不良に陥り餓死線上に彷徨するが如き憂いはない。 更に眼を張って世界の有様を見渡せば、世界何れの国と雖も故なく日本を侵さんとする国は見当らないのみならず、実際左様なることが出来るものでもない。 大体斯かる次第であるから日本が突飛なる侵略主義を抑制して、一歩一歩と堅実に進んで行ったならば日本はまだまだ伸びるべき運命を有し、日本の前途は極めて輝かしいものがあったに相違ない。 然る所は彼の満洲事件の頃から日本の国情に一種の変化が起った。 それは軍人の政治干渉である。 固より軍人と言うても一般の軍人を指すのではなくして、常に中央に在りて一般軍人を指導する地位に在る所の所謂軍閥と称するものである。 軍人の政治干渉は国家の大局より見て許すべからざるものである。 元来軍人は天皇の命令に依り武器を執って国家を護衛するのが其の与えられたる本職であって、政治は全く彼等の職務外であるのみならず彼等に国家内外の情勢が十分に理解されるものでない。 加之軍人は武器を携帯して居るから斯かる種類の者等が政治に干渉することとなると危険此の上もないこととなるから明治天皇は其の軍人に賜りたる勅諭に於て固く之を戒めて居られるのである。 然るに彼等は之 を知りながら政治に干渉し、彼等の意に副わない者は片端しから之を排撃せんとするものであって、昭和七年の五・―五事件、同十一年の二・二六事件は其の現われの一端である。 斯くの如く彼等は暴力を揮うて政府及び政治家を脅迫するに従って彼等の悪勢力は漸次に増長して底止する所なく、遂には国家の政治を動かす力は政府にあらず、 議会にあらずして全く軍閥の手に握られることとなり、彼等の意を迎えざる者は仮令組閣の大命を拝するも之を完成することは出来ず、又仮令之を完成するも彼等の一挙手に依って直ちに崩壊するに至れるは偽りなき事実であった。 彼等は何故に斯くまで悪勢力を拡張したか。 彼等の目的は何であるかと言えば畢竟するに戦争がやりたいのである。 ソ聯討つべし、米英討つべし、支那侵略すべし、東亜の覇権を握るべし。 それも宜かろう。 我に実力の備えあれば世界を征服するも亦可なりであるが、世界の形勢を知らず彼等の力を弁えずして濫りに侵略戦争に没頭せんとするは所謂誇大妄想狂であって国を誤るのは此等の徒である。 而して支那事変は其の発端である。 彼等は前年満洲事件に寄功を奏したから我が思うこと成らざるなしと盲信して自惚れ根生を起したに相違ない、満洲事件は一種の大賭博である。 彼等は此の大賭博に成功したから賭博をやれば必ず成功するものと信じ引続き第二の賭博を始めたのが支那事変であるが、第二の賭博は中々予期の如くに成功せない。 さりとも中途半途にて之を中止することも出来ず、勢いに駆られて進んで見たものの如何にして之を収拾するかの途も立たない中に大東亜戦争に突入した。 支那事変を起した以上は大東亜戦争は必然の勢いであるが、併し日独伊三国が同盟して米英に当り、戦勝を得んとするが如きはそれこそ向う見ずの暴挙であって、素人の常識観よりするも到底思いも寄らぬことである。 果せる哉緒戦数筒月間は多大の戦果を得たるも是は全く敵の備えなきに乗じたる不意討の戦果であって決して正攻法に依る勝利ではない。 例えば大男と小男が相撲を取った。 大男がまだ立ち上らないのに乗じて小男が不意に立ちて大男を突倒したと同様である。 大男が立ち上つて足を踏み縮め、両手を張ってさあ来いと用意したるときは迚も小男に勝ち目はない。 是と同じく米国は立ち直って戦備を整えた。 而して其の第一の反撃が翌年八月のガダルカナルであるが、此の所に我が軍が玉砕したる後は島から島へと敵の上陸したる所我が軍の全滅せざるものなく、彼は連戦連勝我は連戦連敗遂に昨年七月サイパン島の陥落を見るに至った。 それより敵はフィリピン、硫黄島、沖縄へと進撃又進撃止まる所なく、本土上陸は目前に迫り、我が国の抵抗力は益々破壊せられて傾勢挽回は思いも寄らぬことであるが、それでもまだ目が覚めない。 更に一方を見れば昨年六月末より敵の空襲は益々猛烈を極め東京を始めとして全国の大中都市は殆ど残らず焦土と化し、全戦線を挙げて敗戦の事実は蔽わんとして蔽うことは出来ない。 然るに此の秋に当り軍部や政府は何を言うて居たかと見れば、相変らず戦争目的などを論じ正義や道義を唱えて空元気を鼓舞せんとして居る。 日本の戦争目的は正しい。 米国の戦争目的は正しくない。 即ち日本の戦争目的は大東亜民族を解放して共存共栄を図るにあって、飽くまで正義道義に立脚して居るのであるが、米国の戦争目的は世界を我が物顔に振舞う世界制覇の野心から来て居るのであるから全く邪道である。 邪道は必ず亡ぶ。 正義は必ず勝つ。 故に最後の勝利は必ず我等にあり。 若し斯かる宣伝を以て戦争に勝る得るならば戦争は困難なものではないが、左様には行かない。 戦争の勝敗を決するものは正義や道義の掛声ではなくして全く力である。 力より外に恃むべき何ものもない。 若し正義が勝って不正義が負けるならば今回日本の敗戦は何と説明出来るか。 勝った国だけが正義であるならば米国だけが正義の国であり敗けた日本は不正義の国である。 戦争の真最中に当り而も敗戦を目の前に見ながら斯かる呑気な寝言を繰返す軍部や政府を有する国民は不幸である。 尚お又茲に附加せねばならぬのはヨーロッパ戦争である。 日本はドイツと同盟して此の戦争を始めたのであるが、ドイツが敗れたなれば米英は言うに及はずソ 聯も総力を挙げて日本に迫って来るに相違ない。 事茲に至れば如何に日本が奮闘するも勝算なきことは三歳の童子と雖も分らぬ訳はない。 それ故に余はドイツが敗戦してヨーロッパ戦争終結したるときは日本は一大反省せねばならぬと思うて居た。 然るにドイツは敗戦しても日本は反省せず、仮令世界を相手とするも最後まで戦うべしと頑張って居る。 実に狂気の沙汰である。 茲に於て彼のポツダム宣言が突き付けられた。 同宣言には随分凄い文句が現われて居る。 即ち米英はヨーロッパより引揚げたる陸海空軍を合わせ以前より三倍の軍勢を擁して日本に最後の打撃を加うるに足るべき用意は十分に整えて居るが日本は是が分らないか。 日本は今尚お日本を滅亡の域に陥し入れたる彼の軍国主義者に欺かれて眠が覚めないか。 今日目を覚まして無条件降伏すれば可し、黙らざれば立ち所に日本を撃滅すべしと云う大体斯かる意味の宣言であるが、此の宣言を突き付けられてもまだ愚図付いて居る。 飽くまでも戦うべし。 陸海軍の首脳部には万金の準備あり、絶対に信用して可なり。 是れが鈴木首相の宣言である。 然るに茲に見逃すべからざる一事がある。 それは何であるか。 一方に於ては斯くの如き空威張を見せながら他方に於てはそれより以前既にソ聯に向って戦争の調停を依頼して居る。 一方に於ては国民に向って飽くまで戦うべしと激励しながら他方に於ては弱音を吐いて而もソ聯に向って仲裁を依類する。 是こそ全く没常識神経衰弱の外交である。 ソ聯に向って仲裁を依頼する。 ソ聯が日本の為に図る訳はない位のことは何人にも分る筈である。 ソ聯は四十年前に日本との戦いに敗れて南樺太及び満洲鉄道一帯を取られた。 其の恨みが消えて居る訳はない。 随て今回の戦争に当りても日本に対する方針は初めから決って居る。 それは何であるか。 詰る所は飽くまでも日本と米英とを戦わしむる。 戦えば日本は固より弱るが米英も亦弱る。 米英が弱ればそれだけソ聯の利益となる。 併し結局は日本が敗けるに相違ない。 其の時に至りては日本の処分を米英の為す所に一任せない。 ソ聯も亦何かの方法を以て獅子の分け前を取る。 是が日本に対するソ聯の一貫したる方針であって、此の方針は三年以前にソ聯より帰朝したる某外交官の余に語りたる所であるが、全くそれに相違ない。 然るに我が政府はソ聯の此の心底すら看破することが出来ず、而も日本の弱点を暴け出して仲裁を頼む。 ソ聯は之を提げてポツダム会談に赴く。 ポツダム宣言は斯かる経路に依りて現われたるものではないか。 次に何事が起ったか、八月六日には彼の原子爆弾を以て広島、長崎を焼き払い威し付け続いて八月八日に至りソ聯は、日本が無条件降伏を承諾せざる故に仲裁は謝絶し、日本に向って宣戦布告すると同時にソ聯国境を乗越えて進軍する。 凡そ是等のことは何れも米英ソの首脳部がポツダムに於て予定したることに相違ない。 茲に至りて日本は何をなすべきか。 此の上愚図ついて居たならば原子爆弾を以て日本全土を焼き払われ、我々日本民族は全滅するに相違ない。 茲に於て畏多くも天皇陛下は此の有様を御覧遊ばされて、此の上戦争を継続することは日本の為にも又世界平和の為め宜しくないとの思召しから遂に無条件降伏を御承認遊ばされ、而かも陛下御自らマイクの前に御立ち遊ばされて日本全国民に向って其の御趣旨を御放送遊ばさるるに至った。 日本臣民たる者は之を拝聴して断腸の思いをなさざる者はないであろうが、是れ畢竟するに天皇輔弼の大任を担う軍部、政府無能の致す所である。 顧みれば支那事変以来八年と三ケ月、大東亜戦争以来三箇年と九ケ月、此の間出征軍人は言うに及ばず、銃後の国民挙って何れだけの犠牲を払いたるか。 凡そ是等のことは筆舌の尽し得べきことではないが、是等の犠牲は全く水泡に帰し、建国以来三千年我々の祖先が未だ曾て見たことも聞いたこともない無条件降伏と云う実に惨憺たる結果を以て戦争は終りを告げたのである。

第4段落

大体斯かる次第に依って戦争は終りを告げたが、偖て是から日本はどうなるか。 第一は領土であるが、日本の領土は殆ど半減せられ、明治以来我々の先輩が戦争其の他の手段に依って獲得したる領土は悉く取上げられ、其の 他に尚お明治以前よりの領土である沖縄も千島も最早日本のものではなく、残る日本の領土は本州、北海道、九州、四国に限らるるのである。 第二は軍備の撤廃である。 陸海空軍は悉く撤廃せられ将来一人の軍人、一隻の軍艦、一台の飛行機も存置することは許されない。 国を護る武力を有せざる国は独立国ではないが、此の関係に於て日本は最早独立国ではない。 第三は賠償である。 聯合図は戦勝国の権利として戦敗国たる日本に向って賠償を命令する。 其の内容の如何なるものであるかは未だ判明せないが、何れにするも此の事が国家の財政経並に国民経済に至大なる影響を及ばすことは疑いない。 第四は軍国主義の打破である。 戦争の原因は全く軍国主義であるから徹底的に之を打破して何ものをも残さない。 国家の為に痛快此上ない事である。 第五は政治の干渉である。 聯合国は将来日本の政治に干渉すべく、其の鉾先は既に現われて居る。 以上は戦敗国たる日本に課せられたる制裁の極めて大要であって、其の他詳細のことは漸次に現われるに相違ないが、聯合国は此の制裁を強行するが為に最近日本の各地に進駐軍を上陸せしめて之を占領するのみならず、ポツダム宣言の実行に当りては聯合軍最高指揮官の権力は我が天皇統治権の上に位することを規定されてあるから以て其の意図のある所を知るべきである。

第5段落

我々は戦争に負けた。 是より敗戦の苦痛が追々と深刻に押し寄せて来るに相違ない。 凡そ人間界に於て何が悲惨と云うても敗戦より悲惨なものはないが、其の悲惨な境遇が今や我々の目前に現われて来た。 一体何者が之を作り出したか。 言うまでもなく第一の責任者は軍閥である。 世界知らずの軍閥である。 併し仮令軍閥が戦争を始めんと欲するも政府が確かりとして居れば之を喰い止めることは出来たのであるが、我が国に於ては軍閥も政府も同心一体のものであるからどうすることも出来ない。 尚お又軍閥や政府が戦争を始めんと欲するも国民を代表した議会に列する議員が世界の形勢と日本の実力を打算して戦争が我に利あらざることを予断し以て軍費の協賛を拒否し議会の権能を堅持して動かざれは戦争は始められない筈であるに拘らず議員の多数は其の見識なきのみならず却って政府に無条件追随し、国を挙げて戦争の渦中に投じ以て今日の敗戦を招いた。 それ故に戦争の責任は軍部、政府、議員、此の三者が之を負わねばならぬ。 尤も議員の中には真に国家の前途を憂えて、初めより戦争を阻止し又は之を中止せしめんと欲する憂国の士もないではないが、是等の人々に対して議会は一切口を開かせなかったのが戦争中に於ける議会の実情である。

第6段落

戦争は容易にやるべきものではない。 孫子も言うて居る。 兵は国の大事、死生の地存亡の途、察せざるべからず。 彼を知り已れを知れは百戦殆うからず、彼を知らず己れを知らざれば戦う毎に必ず敗ると。 今日は事既に過ぎたり。 如何に悔悟するも及はぬことであるが、若し仮に日本が戦争を始めず、ヨーロッパ戦争に対しても固く中立を守り来ったならば今日の日本は如何なる地位に在るか。 三十余年前のヨーロッパ戦争に於てすら我が国には数十億万円の金貨が流入し経済界は黄金の津浪に打たれた。 今回は之に幾十倍の黄金を抱き、之を以て軍備を拡張して実力を養い、厳然として列国を凝視すれば米英ソ支其の何れたるを問わず競って日本の前に叩頭し、日本の眼の使い方に依って世界の形勢は定まり、日本は一兵を損せず一滴の血を流さずして押しも押されもせぬ世界最高の地位を獲得したに相違ない。 然るに誤って戦争を惹き起した。 ポツダム宣言記載の如く、軍国主義者に欺かれて有害無益の戦争を惹起し以て今日の悲境に蹴落された今日に至りては最早如何とも施すの途はない。

第7段落

最後に一言す。 我々は戦争に敗けた。 敗けたに相違ない。 併し戦争に敗けて領土を失い軍備を撤廃し賠償を課せられ其の他雑多の制裁を加えらるるとも是が為に国家は亡ぶるものではない。 人間の生命は短かいが国家の生命は其の長い間には叩くことあれば叩かるることもある。 盛んなことあれば衰えることもある。 衰えたからとて 直ちに失望落胆すべきものではない。 若し万一此の敗戦に依って国民が失望落胆して気力を喪失したる時は其の時こそ国家の亡ぶる時である。 それ故に日本国民茲に留意し新たに勇気を取り直して旧日本に別れを告ぐるると同時に新日本の建設に向って邁進せねばらぬ。 是が日本国民に課せられたる大使命であると共に、如何にして此の使命を果し得るかが今後に残されたる大問題である。