『比較国会論』 その5

last updated: 2013-01-23

第三章 国会の組織

第一節 上院の組織

第一項 英国貴族院の組織

英国貴族院は左の議員を以て組織せらる。

一、合併王国ピーア、オブ、ユーナイテッド、キングダムの世襲貴族甲、公爵デューク議員二十五人
乙、侯爵マーキッス議員二十二人
丙、伯爵アール議員百二十三人
丁、子爵ヴァイカウント議員二十七人
戌、男爵バロン議員三百八人
二、愛蘭土(注1)選出の貴族二十八人
三、蘇格蘭選出の貴族十六人
四、僧侶貴族甲、大僧正アーチビショップ二人
乙、僧正ビショップ二十四人
五、法務貴族ロード、オブ、アッピール四人
合計五百七十九人

世襲貴族は貴族なる身分に依て当然議員たる資格を有す、而して其職は世襲なるが故に相続人が男子にして被相続人の死去の時に於て満二十一歳に達したるときは直に議員と為り、未だ其年齢に達せざるときは之に達したるときに於て議員と為る、 貴族を創設するは国王の特権に属すれども実際は総理大臣の奏請に基いて之を為す、 又貴族に列せらるる者は主として国家に功労ある者なれども、時には政略上の理由より出ずることあり、 又下院議長は其職を止むるときに於て貴族に列せらるるは従来の習慣なり、愛蘭土選出議員は愛蘭土の貴族団体より互選せらるるものにして終身議員の資格を有し、蘇格蘭選出議員は蘇格蘭の貴族団体より毎国会に選出せらるるものにして其国会の終了と共に其職を失う。

僧議員は国会貴族にして血統より来れる真の貴族あらず、此等の中カンターベリー及びヨークの二大僧正ロンドンダーハム及びウィインチェスターの三僧正は其教職に任命せらるると共に当然議員と為り、他の二十一名の僧正は特に議員として上司より任命せらるることを要す、而して此等の議員は何れも其教職を失うと共に議員の資格を失うべし、 法務貴族は国王の任命に依て出づるものにして終身議員たり、 法務議員に任命せらるるには少くとも二年間高等司法官の職に在りたるか又は十五年間弁護士として法律事務に従事したることを要す、而して法務議員は男爵の称号を有すれども一代貴族なるが故に之を相続人に遺伝することを得ず。

以上述る所に依れば貴族院議員の多数は世襲貴族なれども世襲貴族にあらざる少数の議員あり、又多数議員の職も世襲なれども世襲にあらずして少数の終身議員あることを知るべし。

前述の外貴族院議員と為るには左の条件を有す。

  • 一、男子たること
  • 二、年齢満二十一歳に達したること
  • 三、英国臣民なること
  • 四、叛逆罪の宣告を受けざること
  • 五、破産の状態に在らざること

尚定式の宣誓を為さざる者は議場に出席し投票を為すことを得ず、然れども之が為めに議員の資格を奪わるることなし。

第二項 北米合衆国元老院の組織

合衆国元老院は各州の立法部より選出する二名ずつの議員を以て組織す、其始め合衆国は十三州より成立せしが故に議員の数は二十六名なりしも、 其後一百年間に漸次増加して四十五州と為り、従て現在の議員は九十名に達するに至れり、議員に選挙せらるるには左の条件を要す。

  • 一、年齢三十歳以上なること
  • 二、九カ年以上合衆国の臣民たること
  • 三、現に選出せらるる州の住民なること

其他左に掲ぐる者は議員に選挙せらるることを得ず。

  • 一、合衆国の官職に在る者
  • 二、公権を剥奪せられた者、即ち一たび合衆国又は各州立法部の議員若くは官吏と為りて合衆国憲法を擁護するの宣誓を為したるに拘わらず国家に対する叛乱に与みし又は其敵を幇助したる者、但し議員は定員三分の二投票に依て此制限を除去することを得べし、

各州は其区域の広狭と人口の多数に関せず均しく二名より多からず又二名より少からざる議員を選出するを得るが故にニューヨークの如き七百余万の人口を有する州もネヴァダの如き僅に四万有余の人口を有する州も議員を選出するの権利に於ては毫も異なることなし、之れ現行憲法の起草者として有名なるハミルトンの発案に依るものにして、 千七百八十七年の憲法会議に於ては之に関して種々の議論沸騰し烈しき反対者ありたるに拘わらず、遂に憲法の条文と為りて現わるるに至れり、各州の立法部にして議員を選出せしむるは議員をして人民の代表者にあらずして州の代表者と為らしめ以て元老院をして同盟主義を代表せしめんとするの趣旨より出でたるものにして、 又各州の選出権を平等ならしめたるは大なる州が小なる州を圧制するの弊を防がんとする理由に基くものなり、此の如く元老院議員は各州の立法部より選出せられて国家の立法機関と為るが故に国家の立法機関と各州の立法機関との間の連鎖と為り、国家主義と同盟主義とを調和するに於て尤も便利なる地位を有するものなり。

平等権の担保、 元老院議員選出に関する各州の平等権は憲法に於て尤も鞏固に担保せらる、即ち憲法第五条は「何れの州と雖ども其承諾なくして元老院に於ける平等選挙権を奪わるることなし」と規定せるを以て其州の承諾なくして平等選挙権を奪うことは憲法的行為に依て為し遂げらるるものにあらずして憲法以外の行為即ち革命に依るにあらざれば能わざるなり、 千七百七十七年連邦憲法第十三条は規定して曰く「此憲法の如何なる条項と雖ども連邦議会の議決と各州立法部の承認を経るにあらざれば之を変更することを得ず」と、 然るに十年後即ち千七百八十七年の憲法会議は此規定を無視して新に憲法を編制し、 十三州の中九州の同意あるときは新憲法は効力を生ずるものと決議し、 結局二州の不同意ありたるに拘わらず旧憲法を破壊して現行憲法を制定したるは疑も無く革命行為なりと云わざるべからず。

議員の年限、 元老院議員の年限は六年にして二年毎に其三分の一を改選す、 故に元老院は各国の上院と同じく永久的若くは継続的性質を有するものにして決して全部の変更を見ることなし、 恰も一方に於て水流の入口を有し他方に於て其出口を有する湖水の如く、 其内容の一部は常に変りつつあるも決して一時に全部の交代を見ることなし、或る学者が元老院は常に変更しつつあれども然かも永久同一なり(Being always changing, it is forever the same)と云えるは能く其性質を言い現わしたるものと云うべし、 元老院をして永久的性質を有せしめ之に条約の承認権を与えたるは国家の外交政策を一貫せしめんとするの趣旨に出でたるものなるが、之が為めに更に他の良結果を生ずるに至れり、 即ち二年毎に新に入り来る議員は常に三分の一にして比較的少数なるが故に容易に旧議員に同化せらるることを得べく、 之に依て院内に急激なる意見の変更を見ることなく、能く下院の欠点を補正し上院本来の職責を全うすることを得べし。

投票の自由、 元老院議員は各州の立法部に於て選挙せらるると雖ども、決して立法部の訓令を受け又は其意見に拘束せらるることなく全く独立して意見を発表することを得べし、 従て同一州より選出せられたる議員にして同一議案に対して甲は賛成し乙は反対を唱うることは決して珍しからず、 此点は後に述ぶる独逸参議院議員と異なる所にして、此差異を生じたるは両国に於ける連邦組織の歴史並に其理由を異にするより起りたるものと云わざるべからず。

議員選挙の実際、 最後に元老院議員選挙の実際に付て一言せざるべからず、 前述せる如く元老院議員は各州の立法部に於て選挙せらるれども、各州の立法部議員は人民の直接より出づるものなるが故に、 従て元老院議員の選挙は所謂間接選挙と称するものに属す、而して法律上に於ては各州の立法部議員は元老院議員に選挙するに当りて何人よりも拘束を受くるものにあらざれども、 実際に於ては議員選挙前に於て両個の政党は各々予選会を開きて候補者を定め、立法部議員は自己の属する政党の候補者に向て投票せざるべからざる習慣と為れるが故に、 立法部議員は単に投票の機械に供せらるるのみにして、人民の直接選挙と其結果に於て毫も異なることなし、 去れば元老院議員の泉源は各州の立法部に在りと云うも之れ実は皮想の観にして、其実は下院議員と同じく人民其者に在りと云わざるべからず、 之れと同一なる習慣は大統領選挙にも行わるるものにして、 民主主義に熱中する米国国民は民主的憲法を以て尚お足れりとせず、更に政治的習慣を作り其力を借りて憲法の条文をして殆んど空文に帰せしめ極端なる民主主義を実行せずんば遂に止まざるに至るべし。

第三項 独逸参議院の組織

独逸参議院は独逸連邦を組織する二十五州の政府より任命せられたる議員を以て組織す、憲法第六条の規定に依れば各州は左の割合に応じて議員を任命することを得べし。

普魯西十七人
バイエルン六人
ザクセン四人
ヘッセン三人
ウユルデンブルグ四人
バーデン三人
メクレンブルグ、シュエーリエン二人
ザクセンワイマール一人
メクレンブルグ、ストレリッツ一人
オルデンブルグ一人
ブラウンシュワイヒ二人
ザクヒンマイニンゲン一人
ザクセンアルランブルグ一人
ザクセンコーブルグ、ユーター一人
アンハルト一人
シュワルツブルグ、ユードルスタット一人
シュワルツブルグ、ゾンデルスハウゼン一人
ワルデツク一人
兄統ロイス一人
弟統ロイス一人
シャウンブルグ、リッペー一人
リッペー一人
リュペック一人
ブレーメン一人
ハンブルグ一人
合計五十八人

茲に注意すべきは憲法の規定は任命せらるべき議員の数にあらずして参議院に於て各州の有する投票の数なるが故に、 各州は必ずしも其有する投票数に相当する全数の投票を為さしむることを得べし、 例えば普魯西は十七の投票権を有するが故に十七人の議員を派遣することを得ると共に、 又単に一人を派遣して十七の投票を為さしむることを得べし。

前項に論述せる如く合衆国の各州は元老院議員選出に関して平等権を有すれども独逸各州の参議院議員選出権は全く不平等なり、是れ歴史上の理由より来りたるものにして二箇の連邦国に於ける上院の組織に関し尤も注意すべき差異なりとす。

議員選出の方法、 議員は各州の行政首長に依て任命せらる、独逸連邦の各州は王、公、侯及自由州の四種に区別せらるるが故に、前の三州に於ては王、公又は侯なる行政首長に於て之を任命し、後者に於ては其州の元老院に於て之を任命す。

議員に任命せらるべき資格、 之に関しては帝国憲法及び法律に於て何等の規定を設けざるが故に各州の自由に一任したるものと理解せざるべからず、 各州は自己の随意に依て如何なる条件をも定むことを得べし、 唯憲法第九条末項の規定に依て代議院議員たる者を以て参議院議員に任命することを得ざるのみ。

議員の年限、 議員は一定の年限を以て任命せらるるものにあらざるが故に、行政首長は何時にても之を取消して議員を呼返すことを得べし。

議員の投票、 議員は投票の自由を有せず、各州政府は其州の議員に対して訓令を与うることを得るが故に議員は其訓令に従て投票せざるべからず、 然れども若し議員にして其訓令に違背して投票を為したることあるも其議員を派遣したる州は之を理由として投票の無効を主張することを得ず、 又一州の投票は分割すべからざるものなるが故に其州議員の投票は何れの場合に於ても必ず一致せざるべからず、 同一の州より派遣せられたる議員にして同一議案に対して賛否異なりたる投票を為すことは憲法の禁ずる所なり、是れ亦合衆国の元老院と全く異ることを注意せざるべからず。

議員の特権、 憲法第十条には「皇帝は参議院議員に外交上の保護を与うべし」と規定せるが故に参議院議員は外国公使と同一の特権を有す、是れ参議院議員は、各自の政府を代表するの点に於て外国公使と同一の地位に在るより来りたるものにして各国の上院議員に於て其例を見ざる特権なりと云わざるべからず。

第四項 仏蘭西元老院の組織

千八百七十五年二月二十四日の仏蘭西元老院組織法に於ては元老院議員を三百人と限定し、其中二百二十五人は各県若くは植民地の選挙会に於て選挙し、残りの七十五名は国民議会に於て之を選挙することと定め、 前の方法に依て出でたる議員の年限を九カ年とし、後の方法に依て出でたる議員の年限を終身と為せしが、此の如きは民主主義と相容れざるものなりとの議論起り、 十年の後即ち千八百八十四年十二月九日の法律を以て前法律に向て大修正を加うるに至れり、現行法律は国民議会に於て元老院議員を選挙するの規定を全く廃止し、 議員は何れも各県若くは植民地の選挙会に於て選挙することとなし、人口の割合に応じて其選出数を配当せしが、之を概括するときは左の如し。

一、十人を選出する県
一、八人を選出する県
一、五人を選出する県
一、四人を選出する県十二
一、三人を選出する県五十三
一、二人を選出する県
一、一人を選出する県及び植民地
合計三百三(注2)

選挙会の組織、 選挙会は其県若くは植民地の首都に於て開会せらるるものにして左の議員を以て組織す。

  • 一、其県選出の代議院議員
  • 二、其県の県会議員
  • 三、其県の郡会議員
  • 四、其県内各町村会に於て選挙せられたる代表者、此代表者の数は各町村会議員の数に応じて定めらるるものにして現行の元老院議員選挙法第六条は詳細に之を規定せり、例えば十人の議員を以て組織する町村会は一人の代表者を選出し、十二人の議員を以て組織する町村会は二人の代表者を選出するが如し。

茲に注意すべきは仏国に於ては代議院議員以下各町村会議員に至るまで何れも人民の普通選挙に依て出づるものなるが故に、此等の議員に依て選挙せらるる元老院議員は普通選挙より生ずる間接投票に依て選挙せらるるものなることを知るべし。

選挙の方法、 選挙会に於ける選挙は全数投票若くは全県投票と称すべきものにして、各選挙人は其県内より選出する議員の全数を投票するものなり、 然れども後に述ぶる如く元老院議員は一時に全部を改選するにあらずして三分の一を改選するものなるが故に、 尤も多数を選出する選挙会に於ても一時に三人若しくは四人以上を選出することなく、又過半の選挙会に於ては一時に一人以上を選挙する場合は決して生ぜざるなり。

被選資格、 元老院選員に議挙せらるるには左の条件を要す、

  • 一、仏国臣民なること
  • 二、年齢満四十歳に達したること
  • 三、公権及び私権を享有すること

其他左に掲ぐるものは選挙せらるることを得ず、

  • 一、曾て仏国を統治したる家の家族
  • 二、陸海軍の現役に服する者但し次に掲ぐ者は除外せらる
    • (イ)陸海軍の将官
    • (ロ)参謀官にして法律の任期外に亘りて現役に服し且つ兵事上の命令権を有せざる者
    • (ハ)予備参謀官
    • (ニ)予備軍人及び属地所属の軍人
  • 三、有給官吏、国庫より俸給を受くる官員は議員たることを得ず、但し次に掲ぐる者は此限にあらず、国務大臣、各省の次官、全権大使、特命全権大使、セーン県の知事、警視総監、大審院長、会計検査院長、巴里控訴院長、大審院検事長、会計検査院の検査官長、巴里控訴院検事長、大僧正、僧正等、

議員の年限、 議員の年限は九カ年にして三年毎に其三分の一を改選す、此点は前述せる合衆国元老院議員の改選方法と同一にして唯其年限に長短の差あるのみ。

第五項 日本貴族院の組織

日本貴族院は左の議員を以て組織す。

  • 一、皇族、皇族は成年に達したるときは勅命を待たずして当然議員と為る、而して皇族の成年時期は皇太子及び皇太孫は満十八歳にして其他は満二十歳なり。
  • 二、公侯爵を有する者、公侯爵を有する者は満二十五歳に達したるときは皇族と均しく勅命を待たずして当然議員と為る。
  • 三、伯子男爵を有し其同爵中より選挙せられたる者、此等の爵を有する者にして満二十五歳に達し同爵中より選挙せられたる者は勅命を待たずして当然に議員と為る、但し次に掲ぐる者は被選人と為ることを得ず。
    • 一、神官及び諸宗の僧侶又教師
    • 二、瘋癩白痴の者
    • 三、身代限の処分を受け負債の義務を免れざる者
    • 四、刑事の訴を受け拘留又は保釈中に在る者

本項に属する議員の数は通じて百四十三人を超過することを得ず、而して此数は伯子男爵各々其総数に比例して之を定む、 但し伯子男爵各々其総数の五分の一を超過することを得ず。

  • 四、国家に勲労あり又は学識ある満三十歳以上の男子にして勅任せられたる者、但し其数は百二十五人を超過することを得ず。
  • 五、多額納税者、各府県に於て満三十歳以上の男子にして、土地又は商工業に付き多額の直接国税を納むる者十五人の中より一人を互選し其選に当て勅任せられたる者は議員と為る、但し左に掲ぐる者は互選人と為ることを得ず、
    • 一、神官及び諸宗の僧侶、
    • 二、瘋癩白痴の者、
    • 三、公権を剥奪せられたる者、
    • 四、禁固の刑に処せられ満期の後又は赦免の後満三年を経ざる者、
    • 五、旧法に依り懲役の刑に処せられ満期の後又は赦免の後満三年を経ざる者、
    • 六、賭博犯に依り処刑を受け満期の後又は赦免の後満三年を経ざる者、
    • 七、衆議院議員の選挙に関る犯罪に依り選挙権及び被選権の停止中の者、
    • 八、現役中に在る陸海軍人、其休職停職に在る者同じ、
    • 九、刑事の訴を受け拘留又は保釈中に在る者、

右に依て見れば貴族院議員中には第一、法律の結果に依り当然議員と為る者あり、 皇族及び公侯爵の者之に属す、 第二、選挙の結果に依り議員となる者あり、伯子男爵の者之に属す、 第三単に勅任のみに依りて議員と為る者あり、勅選議員は之に属す、 第四、選挙と勅任と相俟て始めて議員と為る者あり、多額納税議員は之に属す、

貴族院令第十条は貴族院議員全体に通ずる二个の非資格を規定す、 第一は禁錮以上の刑に処せられたる者にして、 第二は身代限の処分を受けたる者なり、 此等の者は議員と為るべき資格を有せざるが故に、一旦議員と為りたる後に於て此等の処分を受けたるときは勅命を以て除名せらるべし。

議員の年限、 貴族院議員の年限は三種に分つことを得べし、 即ち第一は世襲にして皇族及び公侯爵を有する者は之に属す、 第二は終身にして国家に勲労あり又は学識あるの理由を以て勅任せられたる者は之に属す、 第三は七カ年の年限にして伯子男爵議員及び多額納税議員は之に属す。

第六項 伊太利元老院の組織

伊太利元老院議員は左に掲ぐるものの中より国王は自由に之を任命す、

  • 一、大僧正及び僧正
  • 二、代議員議長、
  • 三、三たび代議院議員たりし者、又は六年間代議院議員たりし者、
  • 四、国務大臣、
  • 五、国務大臣の書記官、
  • 六、全権大使、
  • 七、特命全権公使、但し三年以上其職に在りたることを要す、
  • 八、大審院長及び会計検査院長、
  • 九、控訴院長、
  • 十、大審院検事総長、但し五年以上其職に在りたることを要す、
  • 十一、控訴院部長、但し三年以上其職に在りたることを要す、
  • 十二、大審院及び会計検査院の評議官、但し五年以上其職に在りたることを要す、
  • 十三、控訴院検事長但し五年以上其職に在りたることを要す、
  • 十四、陸海軍の将校、但し少将の列に在る者は五年以上現役に服したることを要す,、
  • 十五、国務評議員、但し五年以上其職に在りたることを要す、
  • 十六、県会議員、但し三回以上議長に選挙せられたることを要す、
  • 十七、県知事、但し七年以上其職に在りたることを要す、
  • 十八、学士会議員、但し七年以上其職に在りたることを要す、
  • 十九、高等教育会議員、但し七年以上其職に在りたることを要す、
  • 二十、国家に功労ある者、
  • 二十一、三年以上引続き三千リレ以上の直接国税を支払う者、

右の外皇族の男子は年齢二十一歳に達したるときは勅命を待たずして当然議員と為る、 但し二十五歳に達するにあらざれば院内に於て投票を為すことを得ず。 元老院議員に任命せらるるには年齢四十歳に達したることを要す、議員の年限は終身なり、 而して議員の数は制限なきを以て院内党派の形勢を変更せんが為めに一挙して多数の議員を任命することあり、 千八百九十年には此目的を持って一時に七十五名の議員を任命せり。

第七項 瑞西元老院の組織

瑞西は二十二州より成立する一種の連邦国なり、而して各州は其大小と人口の多少に拘わらず二名ずつの議員を選出すべきものなるを以て、 元老院は都合四十四名の議員を以て成立す、此点に付ては合衆国の元老院議員は各州の立法部に於て之を選挙すれども、 瑞西の元老院議員に関しては此の如き規定なくして全く各州の定むる所に放任するが故に、各州は如何なる方法を以て議員を選挙するも全く其自由なり、 或は其州の立法部に於て之を選挙し、或は人民の普通選挙に依て之を定むることあり、 第二に合衆国元老院議員の任期は憲法の明文に依て六年と定まれども、瑞西の憲法には此の如き規定なく、 是亦各州の自由に定むる所なるを以て或は一年なるものあり、 或は二年又は三年なるものありて決して一定せず、其他議員たるべき資格、選挙者に対する関係等に至りても憲法は何等の定むる所なく全く各州の自由に一任せり、 要するに瑞西元老院の泉源は頗る多様にして一定せず、従て必ずしも連邦を代表する連邦的議員と看做すこと能わざるなり、連邦評議会の議員は同時に元老院議員と為ることを得ず、其他の官吏に関しては憲法上の制限なしと雖ども各州の立法部に於て如何なる制限を附するも自由なり。

第八項 上院組織の比較論

以上述べたる七ヶ国の上院組織を見るときは、何れも各々特殊の組織を有し決して一致するものにあらざることを知るべし、 是れ国情の異なるは即ち制度の異なる所以にして、 諸国各々其歴史を異にし国情を異にするより生ずる当然の結果なるが故に敢て怪むに足らず、然れども仔細に研究するときは此間に於て共通の原則と一定の学理を見出すに難からざるなり。

一、議員選定者、 上院議員選定者は英国に於ては国王、米国に於ては各州の立法部、独逸に於ては各州の行政首長、仏国に於ては選挙会、日本に於ては天皇、伊太利に於ては君主、瑞西に於ては各州の立法部又は人民其自身なり、 英国貴族院議員は貴族なる階級より発生し、而して貴族を創設するは国王の特権なるが故に国王は同時に議員の選定者なることを明なり、米国、独逸、仏蘭西及瑞西に付ては別に説明を要せず、 日本天皇及伊太利国王を以て貴族院議員の選定者なりと云うには一の例外を認めざるべからず、 何となれば日本及び伊太利の上院には皇族議員あり、皇族は血統より生ずるものにして人為の創設に依るものにあらざればなり、 其他の議員は何れも直接間接に君主の選定に基かざるものなし、此の如く何れの国に於ても上院議員は一般人民の外に在る機関に依て選定せらるれども、実際の有様を見るときは之れ一の形式に過ぎずして其背後に伏在する人民の意思は大なる勢力を以て此の権限を動かす元動力と為ることは疑うべからず、 而して其尤も著しきものは英、米、仏及び瑞西なり、 英国に於ては貴族を創設するは国王の特権なれども実際に於ては内閣大臣の奏請に依て之れを為し、而して内閣大臣の背後には庶民院あり、庶民院の背後には人民あるが故に、人民の意思は庶民院の意思と為り、 庶民院の意思は内閣大臣の意思と為り、内閣大臣の意思は国王の意思と為り、此の如き順序に依りて人民の意思は三ヶの関門を通過して遂に貴族の創設と為りて現わるるに至るべし、 米、仏及び瑞西の如き純然たる民主国に於ては人民の意思は更に一層簡易なる方法を以て現わる、 即ち此等三国に於ては上院議員を選挙する団体は何れも人民の選出者を以て組織せらるるものなるが故に、人民の意思は英国の如く三個の関門を通過するを要せず、 僅に一個の関門を通過して直に議員の選定と為るに至るべし、之に依て見れば英、米、仏及び瑞西に於ては表面上に於ては上院議員の選定者は人民以外に在れども、 実際上に於ては人民其者が選定者なりと云わざるべからず、独逸、日本及び伊太利に於ては稍々趣を異するものあり、 独逸各州日本及び伊太利は米、仏及び瑞西の如き民主政体にあらず、又英国の如く政党内閣の習慣未だ確立せざるが故に、 人民の意思が行政首長に及ぼす勢力は尚お薄弱なるを免れず、然れども此等の国に於ても実際上に於て貴族の創設其他上院議員の任命は直接間接に内閣大臣の意思に依て行われ、而して内閣大臣は多少議会に対して責任を負うものなるが故に、 上院議員の選定に関して人民の意思は全く無勢力なりと云うことを得ず、 之を要するに以上七ヶ国の上院議員を選定する直接の機関は何人なるにせよ、人民の意思は或る程度に於て此機関を動かすものなるは決して疑うべからず、 而して、之れ独り上院議員の選定のみにあらずして、近世に於ける文明国家の総ての制度は其究極する所は人民の意思と遠く離隔(注3)するものなく、 総ての政治機関は人民の意思に依て其運転を左右せられざるもの殆んど存在せざるなり。

二、人口と議会の配当、 英、米、日、伊及び瑞西の上院議員は人口と何等の関係を有せず、独逸参議院議員は人口と関係を有すれども其程度甚だ少く、仏国元老院議員は多くの程度に於て人口を基礎として其配当を定めたるものなり、 之れ英国、日本及び伊太利は貴族主義若くは階級主義を採り、米国及び瑞西は平等連邦主義を採り、独逸は不平等連邦主義を採り、仏国は此等の主義の何れをも採るを要せず、又採る能わざるが故に地方行政区画と人口とを調和して議員の配当を定めたるが故なり。

三、訓令主義と不訓令主義、 歴史上或る時代に於て日耳曼の森林中に漂泊せしチュートン民族の間に国会の萌芽を発したる時に於ては、議員は或る階級若くは或る団体の代理人なりしが故に、 其選定者は議員に向て一定の訓令を与え議員は之に服従するの義務を負いたることは前に述べたる所なるが、 此民族が英国に渡りて新に国会制度を設くるの時に至ては、代理主義又は訓令主義は全く消滅したるものの如し、之れ一は人口の増加に因くものなれども一は国家思想の発達したるが故なりと云わざるべからず、 蓋し独裁君主国に於ては国家意思の解釈者は君主にして君主の意思は即ち国家の意思なれども、 代議政治に於ては然らず、代議政治の根本的原理は国民の共同意思を以て国家の意思と為し、国民の代表者をして此意思を解釈せしむるに在り、 而して国民の共同意思は国民全体の意思を適宜に調和したるものにして、分離したる国民各個の意思とは全く其性質を異にするものなれば、 国民各個の意思を持って代表者を拘束し、彼に向かて国民の共同意思を解釈するの自由を剥奪する訓令主義は、代議政治の趣旨と氷炭相容れざるものと云わざるべからず、 是を以て訓令主義は遠き以前より其跡を絶ち、近世の代議政治国に於ては全く其影を見る能わざるに至れり、 之れ英、米、仏、日、伊、瑞其他の諸国に於ては上下両院を通じて訓令主義を排斥し不訓令主義を採用せる所以なり、 唯独り此例外に属するものは独逸参議院なり、独逸参議院に於て訓令主義を採用したるは議員を以て連邦政府の委員と為したるより生じたるものにして、特殊なる連邦組織を有する独逸国家の目的を達するに於ては政略上止を得ざるに出でたるものなり、 此結果として独逸参議院に於ける国家意思の解釈者は連邦政府の行政首長にして参議院議員にあらず、 議員は連邦政府の意思を発表する一の機械たるに過ぎず、茲に至て一疑問の生ずるは前述せる「代議政治の根本的原理は国民の共同意思を以て国家の意思と為すに在り」との定言は、連邦国に於ける代議政治にも適用して誤らざるや否や、 換言せば連邦国には国民意思の外に連邦意思なるもの存在し、此二者を調和したるものを以て連邦国家の意思と為し、単一なる国民共同の意思を以て国家意思なりと解釈する能わざるや否や、此疑問に答うるには先ず連邦国の性質を明にせざるべからず、連邦国を以て数個の独立国の同盟なりとするは誤れり、余の確信する学理に依れば総ての国家は何れも単一にして連邦国家なるもの存在することなし、抑も今日連邦国と称するものの成立せし事情を考うるときは何れも任意若くは暴力に依て数個の小国家を破壊し、此等に属せし土地及び人民を包括して新に一大国家を成立したるものにあらざるはなし、去れば新国家の成立したる時は即ち旧国家は消滅して新国家の地方団体と為りたるの時なり、 唯歴史上の関係及び新国家の政務を処理するの必要上よりして旧国家の機関を保存することありと雖も、 仔細に研究するときは此等の機関は何れも其形態を保持するのみにして其性質は全く一変して新国家の地方機関と為りたることを発見すべし、 例えば独逸連邦中に於て普魯西を初めとして其他の連邦には王なる称号を有する行政首長あり、国会あり、中央政府あり、地方政府あり、其他独立国の有する機関は悉く備うるが故に、 一見するときは純然たる独立国の観ありと雖ども、此等の諸機関は何れも広闊(注4)なる地方団体の自治的政務を行うの必要上若くは便宜上より保存せらるるものなるが故に、此等の諸機関の備あるが為めに直に之を以て名実共に全き独立国なりとするは決して学理上の観察と云うことを得ず、 若し独逸連邦の諸邦を以て純然たる独立国なりとするときは独逸帝国は国家にあらずと云わざるべからず、 何となれば一国家内に数個の国家を包含するは主権の性質を破壊し国家の観念に矛盾するものなればなり、 然るに独逸公法家中例えばラバンドマイエルモール等の諸大家は此矛盾を避けんが為めに主権は国家の要素にあらずと論ずるに至れども、 彼等が此の如き議論をなすは畢竟するに独逸連邦の旧国家を以て今日に於ても尚お国家なりと主張せんとするより起りたるものにして、主権の性質を破壊し国家学の原理を変更したる上にあらざれば到底之を維持すること能わざるなり。

以上論じたる如く総ての国家は皆単一にして一国家内に連邦と称する数個の独立国家の存在する理由なきが故に、 従って連邦意思なるものの発生する泉源を見出すこと能わず、 強いて連邦意思なるものを求めば、連邦は地方団体の別称なるが如く、連邦意思は地方意思の変名に過ぎずと云わざるべからず、 而して地方意思は国民意思の一作用にして国民意思と全く異なりたる性質のものにあらず、去れば代議政治の下に於ける連邦国家の意思は連邦意思と国民意思とを調和したるものなりとは学理の正鵠を得たるものにあらずして、 代議政治は国民の共同意思を以て国家の意思と為すとは何れの国家にも共通する政治学上の原理なりと断言せざるべからず。

四、官職と議員、 英国の法律及び習慣は貴族院議員に対して官職上の制限を認めざるが故に如何なる官職を有する者も議員たることを得べし、 米国は全く之に反し苟も合衆国の官職を有する者は絶対に議員たることを得ず、独逸参議院議員は連邦各政府の代表者なるが故に官職に関して何等の制限を受けず、仏国及び瑞西は憲法上に於て或る種の官職を限りて議員を兼任することを禁ず、 日本及び伊太利は憲法上何等の制限を加えずして法律の定むる所に一任せり、 米国主義は立法部と行政部とを確然区別して相侵さざらしめんとするの趣旨に出でたるのなれども、 之が為めに実際の事情に遠かる立法事業を為すことなきにあらず、蓋し立法部内に官吏を容るるの利害は両面より之を観察することを得べし、 即ち一方に於ては立法事業を容易ならしむるの便宜あれども、他方に於ては常に行政部の弁護者たらしめ、 又立法の職務を行うが為めに其の官職を行うに妨害を来すことあり、 何れも各国の事情に依って決せらるべき問題にして共通の原則を見出すこと能わず。

五、議員の任期、 議員の任期は各国一様ならず、英国の貴族及び日本貴族中の皇族及び公侯爵を有する者の如く世襲なるものあり、英国中の愛蘭土選出の貴族議員僧議員、法務議員及び日本、伊太利の勅選議員の如く終身なるものあり、 独逸参議院議員の如く不定なるものあり、英国中の蘇格蘭選出の貴族議員、日本の伯子男爵及び多額納税議員其他米、仏、瑞の議員の如く一定の年限を有するものあり、 又一定の年限を有する者の間に於ても僅に一国会を以て期限と為すものあり、七年又は九年を以て期限と為すものあり、 此の如く其任期は各々異なりと雖も此間に共通する原則は何れも一時に議員の全部を変更することなく上院をして永久的の性質を有せしむるに在り、是れ急激なる意見の変動を防止せんとするの趣旨より出でたるものにして二院制を設くる理由の一として既に述べたる所なり。

脚注

(1)
原文では「愛蘭」と表記されている。愛蘭 とは - コトバンク。このページでは本文中の「愛蘭土」表記に統一した。
(2)
原文では「三百十二」と表記されている。
(3)
離隔 とは - コトバンク。原文では「離隅」と表記されている。
(4)
広闊 とは - コトバンク。原文では「広濶」と表記されている。「濶」は闊の異体字である。