『比較国会論』 その8

last updated: 2013-01-23

第五章 国会役員の選定

一、英吉利、 英国貴族院は議長其他の職員を選定するの権利を有せず、大法官は憲法上の習慣に依りて当然議長と為り、 議長不在なるときは国王の任命したる代理議長之に代る、若し代理議長なきときは議長は始めて臨時議長を選挙することを得べし、 庶民院は自ら議長を選挙す、其他の職員は両院何れも国王の任命すべきものにして終身其職に在ることを得べし。

二、合衆国国会、 合衆国元老院は議長を選定するの権利を有せず、副大統領は憲法上の規定に依て当然議長と為る、 然れども副大統領が不在なるとき又は大統領の死去其他の原因に依りて其職を承継したるときは議長の職を行う能わざるを以て、元老院は自ら議長を選挙せざるべからず、 代議院は自ら議長を選挙す、其他の職員は何れも両院各自に選定し政府の任命すべきものにあらず。

独逸国会、 独逸参議院は議長を選挙するの権利を有せず、 帝国宰相は憲法の規定によって当然議長と為る、宰相は自己の差支あるときは議員中より其代理者を選定するの権利を有す、 代議院は自ら議長を選挙す、 其他の職員に関しては憲法其他の法律に特別の規定なしと雖も、国会は法規の制限無き限りは自己の事務を行うに適当なる機関を設くるの権利ありとは国会法理の原則なれば、 理論上に於て議員は其職員を任命する権利を有するのみならず、 此権利は実際に於て行使せられつつあるも、未だ何人も反対を唱えたるものあるを聞かず。

四、仏蘭西国会、 仏国両院の議長及び副議長其他の職員は毎年其院に於て選挙せらるべきものにして其任期は本会期間のみに限る、 然れども若し翌年の通常会前に臨時議会を開会するときは其期間内にも及ぶべきものとす。

五、日本国会、 貴族院は議長及び副議長を選挙するの権利を有せず、議長及び副議長は議員中より七ヶ年の期限を以て勅任せらる、 衆議院の議長及び副議長は其院に於て各々三名の候補者を選定せしめ、 其中より之を勅任す、 其他の職員は何れも政府の任命すべきものにして、両院は之に関して何等の権利を有せず。

六、伊太利国会、 元老院の議長副議長は国王之を任命し、下院の議長副議長は各会期の初めに於て其院に之を選挙す、 其他の職員は両院各自に之を選定す。

七、瑞西国会、 元老院の議長副議長は各通常会臨時会の初めに於て其院に於て之を選挙す、 但し此には二ヶの制限あり、第一は通常会に於て一州の選出議員を議長に選挙したるときは、 次期の通常会に於ては其州よりの選出議員を以て議長副議長と為すことを得ず、 第二は同州の選出議員は引続く両期の通常会に於て副議長と為ることを得ず、 代議院の議長副議長は元老院と同じく各通常会及び臨時会の初めに於て選挙せらる、 但し之にも二ヶの制限あり、 第一は通常会に於て議長と為りたる者は、次期の通常会に於て議長副議長と為ることを得ず、 第二は一たび副議長と為りたる者は引続き両期の通常会に於て副議長と為ることを得ず、 其他の職員は両院各自に之を選定す。

八、比較論、 以上述べたる所を概括すれば七ヶ国の上院中に於て二院は自ら議長を選挙し、 五院は議長選挙の権利を有せず、 直接間接に行政首長之を任命す、独り合衆国の上院議長は副大統領を持て之に充つれども、 副大統領は人民の選挙に出づるものなるが故に、人民は間接に議長選挙者なり、 下院の議長は何れも其院に於て選挙すれども、独り日本は勅命を要するの点に於て他の諸国と異なれり、 其他両院の職員は英国及び日本に於ては行政部之を任命し、其他の諸国に於ては議院自ら之を選定す、 行政首長が上院議長を任命するは、英国に其例を発したるものにして之に依て立法部と行政部との交通を保たしめんとするにあれども、 此の如きは殆んど実際に迂なる理由と云わざるべからず、 集合団体にして自己の機関を設立する能わざるは独立の団体にあらず、由来模倣制度は往々にして理論を以て説明する能わざるのみならず実際に其要を見ざるものあり、 上院議長任命の如きは実に其適例なり。