『洋行之奇禍』 その18

last updated: 2013-01-23

其十七

人間の一言は実に恐るべき結果を生ずることがある、僕は常に法廷(注1)に立て訴訟を取扱う間に於て時々此感に打たることなきにあらず、 被告人が死刑に処せらるるか又は無罪の宣告を受くるかは彼が裁判官の問に答えたる唯の一言に依て決せらるるとは珍しからず、 死刑と無罪、一は代りなき生命を失い一は青天白日の身と為りて大道を闊歩す、凡そ人間に取りて是程の差はない、 此隔りたる千里の差は唯の一言に依て別るるのである、又一朝にして先祖代々伝り来れる資産を失うて妻子路傍に迷うか或は否らざるかは一枚の古証文に現わるる一言の文句に依て決せらるることは吾々が常に目撃することである、 而して此の如きは唯に一人若くは数人に関したる例なるが広く考うれば斯る小事のみにあらずして数十万の生霊を殺すも社会を攪乱するも又は国家を転覆するも其元を尋ぬれば矢張り人間の一言に帰することは過去及び現在に於て数多の例証を求むることができる、 口は禍の源とは何人も知ることにして世俗を警戒するには尤も適切なる諺と云わねばならぬ、素より口は禍の源と為るのみにあらずして幸の源と為ることもあるが医士の一言「オー十分確かに」は僕に取りては正しく禍の源と為った、

三月十三日は治療日と決定せられた、僕は友人をして立会わしむる旨を申出づれば(注2)病院は直に承諾した、是に於て之れを親友実山、西池の両氏に依頼せば両氏は潔く諾せしが吾々は曾て斯る経験に出遇いたることなきが故に血を見て遁げ出すやも測られず、依て他に一人此憂のなき人を立会わしむるの必要がある、 而して其人は言うまでもなく柴田氏なれば都合三名立会わんとのことに議一決せり、柴田氏は慶應義塾大学部の出身者にして曾て日清戦争に従い牙山の役に於て胴部を貫通せられ九死の場合に命を拾い得たる人なれば血を見ること尚お酒を見るが如し、 而して氏は仏教家にして哲学を専攻し日本仏教界の革命者を以て自ら任ず、当時慶應義塾及び日宗大学林に於て教鞭の労を取らる、人を遇すること頗ぶる親切叮嚀にして真に宗教家たるもの名に背かざる(注3)の人である、 西池氏は同志社出身の人にして天資英邁何事に付ても頗る熱誠と勤勉を以て従事し、経済を専攻して当時京都商業会議所の書記長の職を勤めらる、 商業社会に於ては天晴なる敏腕家、若手の紳士として決して恥じからず、 実山氏は前に述べたる如く同志社及び東京文科大学を卒業し、多年京都の某大学林に於て教職を奉ぜられしが感ずる所ありて之れを止め、同市に於て独立の学校を起すの目的を以て学問の研究と教育社会の視察を兼ねて渡航せられしが、帰朝後氏の計画は或る事情の為め一時中止と為り、 当時和歌山某中学校の校長と為りて数百の健児に向て理想上の教育を施しつつある、 温厚にして篤実、真に教育家の模範たるべき人である、君は又仏教哲学者である、僕は屡々君と仏教に関して議論を闘わし大に得る所あり、去れども深遠なる君の哲学詮も僕をして仏教信者たらしむるまでに至らざりし、 此三君は僕が終生忘るべからざる恩愛の親友である、

治療日は到来した、三氏は相伴うて来れり、僕は前日より断食を命ぜられたるが故に身体稍々弱りしも其他何等の異状を感ぜざりし、嬉しくもなければ恐ろしくもなし、 午後三時頃に至り一人の助手は看護婦と共に四輪車の寝台を室内に引入れた、僕は一切の衣服を脱ぎ捨てて病院より給せる新らしきシャツとズボンにて身体を包みたる後其上に横われば、 思い出しても嘔気を催うす許りなる臭気紛々たる麻薬は鼻に当てられしが間もなくして人事不省に落り其後は何事をも知らず、 フト気が付きたるとき僕は病室の寝台に天上に向って横われることと、室内が点火されたることを悟りしが、未だ全く覚めざりし故か、眼を開くことも口を動かすことも出来ざりしが暫くしてやっと少しく眼を開いて直に復た閉じた、 此の瞬間に於て傍に三人の立会人と一名の看護婦の附添えることを悟り力めて口を動かした、

「もう療治は(注4)済んだか」

「ウム、もうすっかり済んだから安心し玉え」

「そうか甘くやったか」

「すっかりやった、段々と直るから決して心配し玉うな」

此時僕は尚お未だ夢幻の間に在りしが、ふと口走りて「人間は生きるが為めに多額の税を払わねばならぬ、僕は今其税を払いつつある」と呟けば、西池君は「君の傍には病院第一の美人が附添うて親切に看護して居るから安心し玉え」と言った、

友人は交る交る出でて食事に趣いた、僕は一寸左の手を動かしたら敢なく細き物体に触れしが、看護婦は直に「其に触れては可けない」と言った、 僕は何物なるやと怪しみしが後に至て其は三尺余の護謨管なることが分った、 医者は僕が肋部に一の穴を穿ち、其に護謨管の一端を差し込み、他の一端をば大なる瓶中に入れ、其瓶の首をば寝台に結び付けた、 此方法に依て肋部より排泄する液体は管を通じて瓶中に流れ込む、 八時から九時と思う頃に友人等は復た明日早朝来るから今夜は気を落ち付けて休み玉えと言い遺こして帰った、 其時已に僕は一種異様なる苦痛を感ぜしが間もなくして恐ろしき大苦痛は襲撃し来れり、嗚呼僕は書くまい、書かんと欲して書く能わざるが故に、 併しながら此の時は確かに僕が生来初めて病と称する大敵に向て戦宣を布告せし時であった、 恐ろしき悪魔、我が貴重なる生命を奪い去らんとする此勁敵に向て余気なく戦宣を布告せし時であった、僕が勝つか病が勝つか、二年余半の苦戦奮闘は此より弥々開始せられた。

脚注

(1)
原文では「法庭」と表記されている。
(2)
原文では「申出つれば」と表記されている。
(3)
原文では「負かざる」と表記されている。
(4)
原文では「はか」と表記されている。