『回顧七十年』 その1

last updated: 2013-01-23

序言

時々閑に任せて思い出のまま大略自叙伝を手記し、子孫に遺しておこうと思うていたが、たまたま人の勧めによってこれを世上に公にすることになった。 碌々たる七十余年の生涯自ら顧みて恥ずることあるも、誇るべき何ものもない。 しかし過去を顧みれば、数多の先輩同志はすでに黄泉に旅立ちたるにかかわらず、私一人はよくも今日まで残って来たかが不思議であると同時に、今後如何にして、残余の生涯を送らんとするか、これは私自身においても未だ解けない問題であるが、この問題は自然の運命が自ら解いてくれると思えば、心に残る何ものもない。 浮きつ沈みつ七十余年これが人生である。 有り言難くもあり、有り難くもなし。

昭和二十三年六月 向ヶ丘寓居(注1)において

斎藤隆夫

脚注

(1)
本文中の表記は「偶居」である。