時々閑に任せて思い出のまま大略自叙伝を手記し、子孫に遺しておこうと思うていたが、偶(たまた)ま人の勧めによってこれを世上に公にすることになった。 碌々たる七十余年の生涯自ら顧みて恥ずることあるも、誇るべき何ものもない。 しかし過去を顧みれば、数多の先輩同志はすでに黄泉に旅立ちたるにかかわらず、私一人はよくも今日まで残って来たかが不思議であると同時に、今後如何にして、残余の生涯を送らんとするか、これは私自身においても未だ解けない問題であるが、この問題は自然の運命が自ら解いてくれると思えば、心に残る何ものもない。 浮きつ沈みつ七十余年これが人生である。 有り言難くもあり、有り難くもなし。
昭和二十三年六月 向ヶ丘寓居(注1)において
斎藤隆夫