『回顧七十年』 その34

last updated: 2013-01-23

日本進歩党の創立に参画

九月一日、第八十八臨時議会召集せられ、義道を同伴して上京し、原家に止宿し、七日帰京した。

同月十四日、大日本政治会が解散した。 大政翼賛会、翼賛政治会、大日本政治会はいずれも軍閥に隷属する非立憲の団体であって、これらの団体がどれだけ国民を誤らしめたか分らないが、事態の急変によっていよいよ終焉を告げたのは、当然の成行きである。

十月五日、東久邇内閣辞職し、幣原内閣が成立した。 敗戦後の政治界は急変し、ポツダム宣言によって、言論、集会、結社の自由は解放せられた。 国状かくのごとくなりたる以上は、もはやこのままに蟄居しているわけにはゆかない。 東京の同志よりも速やかに上京すべき電報、書面が続々と到来するから、家族を残し、義道を同伴し、七日出発、翌日鎌倉に着し、長谷通り、高橋きん方の二階二室を借り受けて、ひとまずこの所に落ち着くことになった。

これより毎日上京し、まず最初に日本倶楽部において、川崎克、一宮房治郎、鶴見祐輔、池田秀雄らの諸氏と会見し、新政党樹立の協議をなした。当時唯一の政治団体たる大日本政治会は解散して、新たに政党組織を企てるものも見当らない。

ここにおいて私らは敗戦後新時代の要求に応ずべく、健全なる政党を樹立する方針をもって同志を糾合することの申合せをなすとともに、翼賛政治会、大日本政治会に亘りて、常時その牛耳を取り、幹部として軍閥政府に迎合し、世間に定評ある人物は一切これを除外し、第一回の準備会を丸之内会館にて開いた。

出席者の中には、これら除外せられたる人々の示唆を受け、暗に新党樹立を挫折せしむるの意図をもって種々の論争を挿み、悪意の議事妨害をなすものもあったが、われわれは努めてこれを排斥し、既定の方針をもって進むことを決意し、銀座エーワン・ビルに創立事務所を設け、いく回となく発起人会を開き、諸般の準備を整えて、いよいよ十一月十六日、丸ビル九階において日本進歩党創立会を開いた。 集まる者三百余名。 私は推されて座長席に着き、党規約、宣言、綱領を議決し、総務委員以下の役員を選定し、無事盛大裡年日本進歩党組織は完了した。

日本進歩党 規約

(省略)

同 立党宣言

今ヤ我国ハ一大敗戦ヲ喫シ、未曽有ノ危局ニ直面セリ。 吾人ハ謙虚ナル態度ヲ以テ、敗戦ノ因由卜現実トヲ正視シ、外ハ「ポツダム」宣言ノ誠実ナル履行ト、内ハ国難ノ果敢ナル打開トニヨリテ、新日本ノ建設ニ邁進セサルヘカラス。

熟ラ敗戦ノ因ツテ来タル所ヲ観スルニ、軍閥、政治ニ干与シテ専横ヲ極メ、官僚之レニ追随シテ権力ヲ紊リ、財閥之レニ阿附シテ私利ヲ貪リ、政党亦消極無力ニシテ破局ヲ未然ニ防キ得サリシニアルコト、天下ノ定論ナリ。 中世武門ノ専制ニ依リテ歪曲セラレタル一君万民ノ我カ建国精神ハ維新ノ大業ニヨリ復活宣示セラレタルモ、満州事変ヲ契機トシテ再ヒ其ノ実ヲ失ヒ、遂ニ今次ノ悲運ヲ招来スルニ至レリ。 而カモ無条件降伏ニヨリ、勢力圏ヲ喪失シ領土ヲ極度ニ縮小セラレタル我国ハ、消耗且ツ欠如セル物資ヲ以テ、八千万民生ヲ養ヒ、莫大ナル戦時負担ヲ担ヒツツ、局限セラレタル産業貿易ノ下ニ、賠償ノ義務ヲ果ササル可カラサルノ窮地ニ墜落セリ。 而カモ今次開戦ノ原因並ニ一部軍人ノ恣意ニ基ク暴行ノ結果、世界ニ挑発セラレタル対日悪感情ノ深刻苛棘に至ツテハ正ニ吾人ノ想像ヲ絶スルモノアリ。 国難打破ノ業、豈容易ナリト謂フヘケンヤ。

素ヨリ尊厳ナル国体ヲ護持スルコトハ、万古渝ラサル国民的信念ナリ。 殊ニ奇嬌過激ノ言論横行スル今日、吾人ハ敢然トシテ君主立憲ノ大道ニ則リ、断乎トシテ共産主義ヲ排撃スルモノナリ。 而シテ国民ノ総意ヲ基調トスル民本政治ヲ実現センカ為メニハ、帝国憲法ノ改正ヲ断行シ、又政治行動ノ根柢ヲ議会ヲ中心トスル国民的責任政治体制ノ確立ニ置カンカ為メニハ、議会制度並ニ其ノ他ノ政治機構ノ根本的刷新ヲ決行セサルヘカラス。 更ニ言論集会結社信教ノ自由卜基本的人権トヲ尊重シテ、民意ノ闊達ナル発現ニ遺憾ナカラシメサルヘカラス而シテ斯クノ如キ思想的並ニ政治的自由ノ基礎タル個人ノ経済的自由確保ノ為メ、徹底セル社会政策ヲ断行シテ貧富ノ懸隔ヲ是正セサルヘカラス。 謂フ所ノ個人自由ノ思想カ責任観念卜表裏一体タルノ実ヲ明カニシテ、自治ノ精神ヲ昂揚シ、以テ剛健ナル社会ヲ建設スルト共ニ、業ニ励ンテ個性ヲ自治シ、人格ヲ完成シ、進ンテ協同組織ニ創意ヲ展開シテ労資連帯ノ実ヲ挙ケ、克ク国民的自立ノ方途ヲ講セサルヘカラス。 更ニ之ヲ外ニシテハ、排他的優越感ニ基ク国家至上主義思想ヲ払拭シテ、永遠ニ戦争卜武力トニ絶縁シ、国際正義卜相互信頼トニ立ツ道義外交ヲ恢復シ、世界協同組織ノ参加者トシテ、万世ノ為メニ太平ヲ開キ、以テ人類文化ノ進運ニ貢献セサルヘカラス。 而シテ斯クノ如キ基本国策ヲ具顕センカ為メニハ、国民教育ノ根本ヲ人格ノ観念卜奉仕ノ精神トニ置キ、合理主義ノ徹底ニヨリテ、反動的独断主義ノ再発ヲ杜絶セサルヘカラス。 若シ夫レ民生発展ノ基盤トシテハ農工商ヲ綜合調整シタル産業方針ノ下ニ、能ク均勢ヲ得タル新経済ヲ確立シ、官僚統一ヲ排除シ財政ヲ鞏固ニシ「インフレーション」ヲ防止シ、食糧ヲ確保シ、進ンテ科学技術ヲ政治ノ方面ニ摂取シテ生産ヲ増強シ、財閥ニヨル企業ノ独占ヲ一掃シ、完全就業ニヨル民生ノ安定卜生活水準ノ向上トヲ目標トスル如キ新社会ノ建設ヲ期セサルヘカラス。 是レ、吾人カ茲ニ日本進歩党ヲ創立シテ、普ク天下同憂ノ士ニ愬へ、新政治道ニ挺身セントスル所以ナリ。

敢テ宣ス。

同 綱領

  • 一、国体ヲ擁護シ、民主主義ニ徹底シ、議会中心ノ責任政治ヲ確立ス。
  • 一、個人ノ自由ヲ尊重シ、協同自治ヲ基調トシテ、人格ヲ完成シ、世界平和ノ建設ト人類福祉ノ向上ニ精進ス。
  • 一、自主皆働ニ徹シ産業均整ノ下、生産ノ旺盛卜分配ノ公正トヲ図リ新タナル経済体制ヲ建設シテ、全国民ノ生存ヲ確保ス。

役員

総務委員一宮房治郎
今井健彦
加藤鐐五郎
作田高太郎
斎藤隆夫
高橋守平
田辺七六
東郷実
中井川浩
八角三郎
常議員会長川崎克
幹事長鶴見祐輔
政務調査会長太田正孝
代議士会長池田秀雄
会計監督小柳牧衛
岸田正記
横川重次
宮沢裕

(その他の役員はこれを省略す)

議事終了後、私は座長として次のごとき挨拶をなした。

僭越ながら一言御挨拶を申し上げる。 万事滞りなく新政党は結成されてまことにご同慶に堪えない。 これよりわれわれはこの政党をげて、政治上の戦いに臨まねばならぬが、戦いに臨むに当ってわれわれはまずもって国家の現状を直視するの必要がある。

今やわれわれ国民は長い間の戦勝の夢が醒めて、戦敗のどん底に蹴落とされている。 建国以来三千年、われわれの祖先が未だ曽て経験したことのない、極めて悲惨なる境遇に突き込まれている。 およそこの世の中において何が悲惨というても、戦争に敗けたほど悲惨なるものはないが、われわれは今日この悲惨なる境遇に直面しているのである。 誰が一体この境遇を作り出したか。 これは今さら論ずるの必要はない。 いな論ずるの必要はある。 あくまでもこれを論じて戦争の責任をたださねばならぬのであるが、これと同時にわれわれは、お互いに眼を開いて日本の将来を眺めて見なくてはならぬ。 われわれは戦争には敗けた。 確かに敗けたに相違ない。 しかしたとえ戦争に敗けたとはいえ、それで日本国家は亡びるものではない。 人間の生命は短いが、国家の生命は長い。 その長い間には、叩くこともあれば叩かれることもある。 盛んなることもあれば衰えることもある。 衰えたからというて、決して失望落胆すべきものではない。 もし万が一にもわれわれが失望落胆して眠ってしまったならばどうであるか。 その時こそ日本国家は亡ぶるときである。われわれは祖先に対する義務がある。 また子孫に対する義務がある。 これを忘れてはならぬ。 それ故にここはお互いが渾身の元気を出して、涙を振うて旧日本に別るると同時に、敗戦後の新日本を建設することに向って邁進せねばならぬ。 どうして新日本を建設するか。 これが今日 これが今日われわれに課せられたる国家的の大使命である。

われわれはお互いに政治家である。 政治家である以上は政治をもって国に尽さねばならぬ。 今日われわれがこの日本進歩党(注1)を結成したる目的は、元よりここにあるのである。 これと同時に今日われわれは、この政党の力をもって、この政党の背後に控えておる国民的勢力を楯として、国内のあらゆる方面に向って政治上の一大革新を断行するの必要を痛感する。 古い政治は全く打ち壊さねばならぬ。 国家を害し国民を毒する不合理千万なる古い政治は根本から打ち壊して、あくまでも国家、国民を本位とするところの合理的な新政治を打ち立てるがために、死力を尽して戦わねばならぬ。

政治は戦いである。 政党は戦争団体である。 悪い勢力を打ち壊して、善い勢力を打ち立てるところに、政治の哲理が含まれている。 しかして戦う以上勝たねばならぬ。 勝つがためにはあくまでも強くならねばならぬ。 強い者は勝って、弱い者は敗けてしまう。

思えばわれわれは、過去においてはあまりにも弱かったのである。 弱かったがために、あらゆる方面の戦いに敗けてきた。 前年政党が崩壊したのもそのためである。 政党が弱い。 如何にも弱い、政党が弱いということは、つまり政党員に戦闘力が欠けているからである。 政党が弱いから軍部、官僚の一撃に遭うて、直ちに崩壊してしもうた。 それのみではない。 われわれは、われわれの力によって、軍国主義を打破することができなかった。 ポツダム宣言によって、初めてこれが打破せられた。 われわれは、われわれの力によって言論、集会、結社の自由すら解放することができなかった。 ポツダム宣言によって、初めてその目的を達することができた。 なおまたわれわれは、われわれの力によって民主政治を確立することができなかった。 ポツダム宣言によって、ようやくその端緒を開くことができた。

およそこれらの事実は、われわれに向って何を物語っているか、遺憾ながらわれわれ日本政治家の無力を物語るのほか何ものでもない。 同時に世界に対するわれわれの恥辱、これに過ぐるものはないのである。 しかしながら過去は追うべからず。 過ぎ去ったことは仕方がない。 将来は再びこれを繰り返してはならぬ。 これを繰り返さないがために、この政党が作られたのである。 同時にこの政党の使命は、もとよりここにあるのであるから、われわれはお互いに固く手を握り、将来この政党を提げて、大いに戦おうではないか。 戦って戦って戦い抜くことを諸君とともに誓いたい。 これをもってご挨拶とする。

脚注

(1)
原文では、「民政党」と表記されているが、文脈より日本進歩党と記述するのが正しいだろう。