『帝国議会 第90回 昭和21年09月02日』

2010-11-14

情報

昭和21年09月02日に、貴族院の帝国憲法改正案特別委員会で行われた答弁のテキストです。

データは帝国議会会議録検索システムにて公開されているものを使用しました。 なお、新字体や現代仮名遣いへの変更、読みやすいように改行を増やす等公開されているテキストに手を加えました。 会議録の原文も誤っていると思われる箇所については、加除訂正をしました。 該当箇所については明記していません。

本文

憲法の解釈は、極めて困難でございまして、殊に国体に関する議論は甚だ「デリケート」でありまするからして、我々閣僚と致しましては、閣僚の言がまちまちになっては大事件でありまするからして、憲法の質問に関する限りは、金森国務相をして之に当らしむると云うことに、実は申合せて居ったのであります、それ故に衆議院の本会議及び委員会に於きましても、特に私の名を指して答弁を要求になりましたけれども、其の趣旨に従って、私は答弁を控えて居ったのであります、

処が、只今霜山委員からして、特に私の名前を御指しになりまして、答弁の御要求がございましたからして、此の際、是迄金森国務相が把り来った答弁に矛盾しない範囲内に於きまして、私の私見を申述べて御参考に供したいと思います、

端的に申しまするならば、私は、只今霜山委員の御説には、全く同感であります、霜山委員の御説は、極めて明快でございまして、之に向って、彼此異議を差挟む余地はないのであります、

元来、国体と云う言葉は、何時から現れたかは、私は能く存じませぬ、或書物に依りすると、余程古い書物の中に国体と云う文字が書いてあると云うことを書いてありまするし、是は明治以後に現れたものであると書いてあるものもございまするが、それはどうでも宜しうございますが、元来、日本程国体々々とやかましく言う国はありませぬ、

先程も御話がありましたが、或時に於ては国体明徴と云う如き議論が盛になりまして、有力なる所の学者を葬り去ったような事実もあるのでございまするが、併し、さうやかましくなる所の国体とは、一体何であるか、君等は国体と云う言葉を能く使うが、君等の言う国体とはどう云う意味であるかと問いますると云うと、どうも極めて漠然たることでありまして、明快な答弁をした者は少いのであります、

元来、国体と云う文字の意義が能く分らぬ、併し私の見る所に依りますると、国体の意義に付ては、大体二つの見方があるのであります、一つは、法律上より見たる国体、一つは、倫理上より見たる国体であります、

法律上より見まするならば、国体は即ち主権の存在に依って決まるのである、主権が君主一人にあれば、それは君主国体である、人民にあれば、それは民主国体である、斯う云うことに決って居るのでありまして、日本に憲法が制定せられまして以来、歿くならしました穂積博士を初めとして幾多の憲法学者が、憲法を論ずる最初に於て国体をもう述べて居りまするが、其の人々の国体論は、矢張り主権の所在に依って国体が決まるのである、斯う云う御説であったと私は思うて居りますのみならず、是迄、国民学校を初めとして最高学府に於ける国体論は、此処に基礎を持って居ったものであると思います、

又其の観点からして見まして、日本の国体は何処にあったか、詰り日本の主権は何処にあったか、植原君は主権と統治権は違って居ると申されましたけれども、私は此の点に付きましては同じものであると存じます、主権即ち統治権である、統治権即ち主権である、斯う私共は解釈して居るのであります、

日本の主権は何処にあったかと言えば、是は申す迄もなく天皇にあった、霜山さんの御引用になりました所の憲法第一条、第四条、及び憲法発布の当時に発せられました所の御詔勅、之に依って日本の主権は天皇陛下御一人が掌握して居られたと云うことは、是は歴史上及び国民的信念から申しまして、争うことの出来ない事実であります、

尤も主権の運用に付きましては、時代に依って色々違います、藤原氏が政権を奪い取る、或は降って源平、更に降って徳川幕府、主権の運用に付ては、時代に依って異ったことがございまするけれども、主権の本体に於きましては、本体は依然として天皇が握って居られたと云う此の事実、此の国法上の原理は曲げることは私は出来ないと思います、

若し之を曲げましたならば、日本の主権は二千何百年の歴史の間に於て一貫せられて居る、万世一系の天皇が日本を統治せられたと云うことに付ては、偽りがあると云う論決が下るのでありますからして、我が国の国法上に於きましては、私は何処迄も、日本の主権は国初以来、天皇に帰属して居る、斯う云う考を持って居るのであります、

処が、今度の改正憲法に依って、それがどうなったかと申しますると云うこと、改めて申す迄もなく、天皇の主権は余程殺がれて、主権は民主権である、改正憲法の前文に於きましても、又第一条に於ても、国民が主権を持って居ると云うことに明かに規定せられて居りまするからして、是は争おうと思っても争うことの出来ない、極めて明白なる事実であるのであります、

詰り、天皇の主権は国民に移った、此の国民と云う内に天皇も含んで居ると云う御説がありまするが、是は含んで居ると致しました処で是迄天皇御一人で握って居られた所の主権が、天皇と人民、所謂国民、天皇と及び民衆の共同体、即ち国民に移ったのでありますからして、其の観点から申しますと、確かに主権の存在は変って来たのであります、

主権の存在が変ることは、即ち国体の変革である、斯う申しますならば、国体の変革されたことに相違ないのであります、国体の変革は即ち革命であると云うならば、是亦革命に相違ないのであります、併し是が本当の国体観念であるかないかと云うことに付きましては、私は留保致します、

処が、一方倫理学上より国体を見ますると云うと、是は又色々見方があります、御承知の通りに、教育勅語に於きましては、爾臣民、克く忠に克く孝に、世々厥の美を済す云々、だからして、是此れ国体の精華にして云々と云う御言葉がありますが、是は倫理学より見た所の国体観念である、日本の国体の本質は其処にあるのではないかと云う考も起ります、

又金森君が述べられました所の、日本国民が天皇を中心として、天皇を国家統一及び国民統一の象徴として、憧れの中心として天皇を仰ぎ奉って居る、是が日本の国体の根本であると、是も私は相当に強い見方と思ふのであります、是は倫理上より見た国体であるか、或は政治上より見た国体であるか、それは分りませぬが、兎に角法律上より見た国体ではないのであります、

それで霜山さんも御述べになりましたように、此の倫理上より見た所の国体が基になって、そうして法律上の国体が現れたのではないか、即ち倫理上の国体が裏であって、法律上の国体は是は表であると云うような見方も、もう一つの見方であると思います、

要するに、是迄色々国体論がやかましくなりましたのは、詰り法律論と倫理論を混同して居るからして、そう云うような、こんがらがったような議論が起るのではないかと思います、

故に金森君の国体論決して誤って居るとは申しませぬ、私は是は余程深い意味のある所の国体論と思います、故に政府と致しましては、此の憲法草案に付きましては、其の考を以て国体論を維持して居るのであります、

併し最前申しましたように、憲法、法津上より見た所の国体論は別にあって、それが是迄学界は言うに及ばず、日本国民の頭を支配したのである、其の意味に於ける国体が今度の憲法に於て変更せられて居るのではないかと云うことに付きましては、是は変更せられて居ないと云うことは何人も言えない、是程簡単明瞭なことはない、之を能く御含みの上に、此の国体論に向って御考を願いたいのであります、私の議論は以上の通りであります