書評 植木雅俊著『人間主義者、ブッダに学ぶ』『テーリー・ガーター』

last updated: 2018-12-28

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『比較思想研究』(2019年3月)に掲載予定の 人間主義者、ブッダに学ぶ インド探訪 | 学芸を未来に伝える出版社|学芸みらい社テーリー・ガーター 尼僧たちのいのちの讃歌 植木 雅俊:一般書 | KADOKAWA の書評です。

本文

書評・植木雅俊著『人間主義者、ブッダに学ぶ』『テーリー・ガーター』

担当 平山 洋

『人間主義者、ブッダに学ぶ』(2016年・学芸みらい社刊)

インド探訪という副題をもつ本書の「探訪」には、二つの意味が込められている。

一つ目は一九九一年八月に実施された青年インド文化訪問団の一員として体験した旅行記の側面である。全一二章中、@第一章「デリーにて」・第三章「バーラーナシーにて」・第四章「バーラーナシーからブッダ・ガヤーへ」・第五章「ブッダ・ガヤーにて」・第六章「ネーランジャラー河にて」・第八章「バーラーナシーの朝」・第十一章「アグラとデリーにて」がその旅行記の部分で、すでに『仏陀の国・インド探訪』(1994年・メディアルネッサンス刊)にまとめられている。

二つ目は一九九二年四月に始まる中村元の弟子としての研究遍歴の側面で、第二章「『法華経』をめぐるシンポジウム」・第七章「釈尊の成道」・第九章「サールナートと初転法輪」・第十章「権威主義と人間主義」・第十二章「それからの二十五年」がその部分である。

全体としては、釈尊に始まるブッダ(目覚めた人)の思想を人間主義と捉え、その足跡を地理的にたどると同時に思想史的にもたどるという内容なのだが、よくありがちな第一部「旅行記編」・第二部「研究編」という構成にはなっていない。見てのとおり章立ては両要素が交互に出現するという複雑な構造をとるものの、そこに不自然さを感じることはなく、かえって一続きの物語として有機的なまとまりを成している。体験に基づく詳細な描写と、座学に基づく文献批判が一体化した魅力的な一書である。

『テーリー・ガーター』(2017年・角川選書)

尼僧たちのいのちの讃歌という副題をもつ本書は、著者が仏教の男女平等思想に関する博士論文を執筆するに際して主に参照した仏典の翻訳とその解説である。

本書解説によれば、この文献は紀元前三世紀にスリランカに伝えられた原始仏典の一つで、南アジアの仏教諸国ではそれ以後広く読み続けられてきた。「テーリー」とは女性出家者(尼僧)の長老、「ガーター」(偈陀と音写、略して偈)とは詩のことで、合わせて「長老の尼僧たちによる詩」という意味である。パーリ語でのみ伝えられた本詩集に、全体的な漢訳、チベット語訳は存在しない。個々の偈は釈尊生存時に作られたものであるが、現在の形にまとめられたのは釈尊の滅後百数十年を経た紀元前三世紀のアショーカ王か、その少し後のことである。とはいえ後世の人々の加筆はほとんどないと考えられる。本書第十六章までの原典部には七十二人と一グループの尼僧たちが詠んだ偈五百二十二が収録されていて、さらに詳細な注も付されている。

仏教の男尊女卑とはよく言われることであるが、それは後代の権威主義によって形成された後付けの立場にすぎない。本書で語られる尼僧たちの率直な心情と、釈尊その人による彼女らへ向けられた誠実な対応は、仏教の本来の姿をあらわにしている。