「仕込杖の携帶並に販賣を禁止す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「仕込杖の携帶並に販賣を禁止す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

近來一種無ョの徒が往々凶器を携へて人を傷くるものあり而して其凶器は所謂仕込杖を用

ふるもの多し抑も斯る無ョの徒が白日都下に行し剰さへ人を傷くるとは沙汰の限りにし

て今後警察の筋に於ても一層取締を巖重にし一切兇行の跡を絶つに至らしめんこと肝要な

れども其取締の方法は自から當局者の責任として我輩は取敢へず兇行に要する凶器の携帶

並に販賣の禁止を希望するものなり彼の仕込杖を携帯するものゝ口實は護身の用に供する

に在りと稱すれども今日までの例に據れば護身の用に供せられたるの塲合とてはなくして

多くは兇行を逞ふするの凶器と爲るこそ安からぬことなれ實際これを携帶する輩の平素の

擧動に徴するも其目的の自衛の爲めに非ざるは明白なる可し或は携帶者の意志は強ち人を

傷くるが爲めのみに非ずと云ふと實際に於ては只これを所持したるが爲めに意外の事を生

ずるの塲合少なしとせず例へば人を脅迫するは必ずしも之を傷けて目的を達せんとするに

非ざれども其相接して相爭ふに際し端なく持合せの凶器を用ひて他を傷け意外の騒動を引

起して之が爲めに當人の罪を重くするは毎度の例にして最初の意志如何に論なく兎に角に

自他の災を大にするの本は凶器の携帶に在りと云はざるを得ず况んや其中には最初より兇

行の目的を以て之を所持するものあるに於てをや斷じて許す可らざるものなり政府が前年

廢刀令を下したるは身邊に刀劍を帶るは有害無用なりと認めたるが故ならん日本士流の帶

刀は古來の習慣にして專ら自衛の爲めにし濫用の例とては極めて稀なりしかども尚ほ且つ

然り然るに今の仕込杖に至りては殆んど濫用に供するものと云ふ可き程のものなれば我輩

は斷然その携帶と併せて販賣〓も禁せんことを希望する者なり米國などにては此種〓凶器

を隱匿武器(コンシールド ウヰープン)と名け見付け次第に取上るの法にして既に日本

人が彼の國に行き此法を知らずして所持の仕込杖を巡査に取上げられたるは毎度のことな

りと云ふ米國の警察法こそ好き適例なれ我國に於ても之に傚ひ古來習慣もなき新凶器の携

帶を禁じて世安を維持するは今日の急務なる可しと我輩は厚く信ずる所なり

序ながら尚ほ一言を要するは我輩の曾て述べたる如く巡査の帶劍を廢するの議なり其帶劍

も自から事の必要に出でたることならんなれども今日に於ては實際に左までの必要もなく

却て警察官に威光を添へて無智の細民を恐れしむるのみならず之が爲めに往々間違ひを生

じて人民の迷惑を釀したるの例も少なからず社會の安寧を保護するの職務に對して不似合

のものなれば斷然廢せざる可らず盖し今日の有樣にては世間にも仕込杖等を携帯する無ョ

漢あるが故に之に對して巡査の方にも武器の必要あることならんと雖も既に他の携帶を禁

ずるときは此方に於ても亦必要なきに至る可し故に市街を距る僻遠の地方か又は臨時不虞

の塲合の外は帶劍を止め之に代ふるに棍棒の類を以てせしむること適當の處分なる可し序

ながら勸告する所なり