書評『人間共生学への招待(改訂版)』
このテキストについて
『比較思想研究』第42号147~148頁(2016年3月)に掲載された、 人間共生学への招待[改訂版] - ミネルヴァ書房の書評です。
本文
書評『人間共生学への招待(改訂版)』 二〇一五年 ミネルヴァ書房
文京学院大学の創立精神である「仁愛」に基づく全学共通科目「人間共生論」のテキストとして、同大学の七人の研究者によって編まれた本書は、二〇一二年三月に初版が刊行され、三年後の二〇一五年四月に改訂版が出された。
そこで人間共生学の範囲についてであるが、編者の島田燁子によれば、(1)人間の共生性の探求、(2)共生化が進む地球社会の現状、(3)西欧型の人間中心主義の限界、(4)教育やメディア、医療、高齢化と死、さらには(5)自然との共生、環境保護の思想をも含むものであるという。そうすると範囲があまりに広がりすぎてしまうため、思索の方法論とでもいうべきものが必要になる。
それらの諸問題についてのアプローチとしては、(1)自分の「いのち」が過去から現在を共に生きる存在であること、(2)一人で生きているのではなく、様々な違う人々と生きていること、(3)文化・文明が重要で、その違いを尊重し合い共に生きること、(4)国や民族、人種を越えたグローバル化社会で平和に生きること、(5)地球規模の環境問題が存在していること、(6)自然と共生する科学技術が求められていること、これらについて深く考えることが必要とされる。
目次を掲げるなら、第Ⅰ部「人間共生学の基礎理論―人間の共生性の探究/第1章共生思想を考える」/第2章「共生の倫理」/第3章「人権の思想」、第Ⅱ部「多文化との共生―共生化が進む地球社会の現状」/第4章「人権保障の国際化」/第5章「貧困と向き合う」/第6章「差別と向き合う」/第7章「教育と平等を考える」、第Ⅲ部「メディア・生命との共生―メディア、医療、高齢化と死」/第8章「メディアと人権」/第9章「病者との共生」/第10章「老いとの共生」、第Ⅳ部「自然との共生―競争から共生の社会へ」/第11章「人は自然との共生が必要なのか」/第12章「人と自然の共生関係を学ぶ」/第13章「環境保護の思想」となる。見られるように、扱われている問題の範囲はまことに広い。
やや強引な仕方で従来の学問分野に当てはめるなら、社会哲学・生命倫理学・環境倫理学と大きく重なっていて、それらをいのちの共生というキーワードによって結びつけたのが人間共生学である。各章のトピックは興味深いし、コラムは面白いので、その意気やよし、とは感じるのではあるが、難をいえば、基礎理論として紹介されている第2章の正義の倫理(ロールズ)とケアの倫理(ギリガン)や、第3章の人権思想の流れとしてのホッブス・ロック・ルソー・ベンサム・ミル・マルクスらの思想の紹介が簡略にすぎるのではなかろうか。また、思想史的には第3章の思想の延長上に第2章の思想が培われたのだから、章の順序を入れ替えるほうがすんなりと理解できそうである。また日本にも神道思想や天台本覚思想のうちに共生の思想ともいうべきものがあるのではないかと、これは評者の専攻によるないものねだりかもしれないが、そうした印象ももたれた。