「治國要論一」

last updated: 2019-11-26

このページについて

時事新報に掲載された「治國要論一」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國一日も安寧なかる可らす安寧なけれは人其堵に安んせす國一日も秩序なかる可らす秩序なけれは人其務を成す能はす、既に安く且秩あるも政治改良せざれば人其務を勵むこと能はす、業を勵まざるの民は假令其影を金玉と爲すと雖とも押既に枯〓するを以て一是有事の日は〓〓ときは之を陵駕するの忍耐なきや挫折を以て百年の安寧秩序を擾亂し再ひ之を回復すること能はざるなり此に由て之を見れは安寧秩序改良の三者は國を治るの要領にして猶鼎の三足ありて安定するが如し試にこれが一を缺かば立て其傾覆を待つへきなり故に國の治亂盛衰を論せんと欲せは先つ此三者の何如を尋ぬ可きなり其國に入て民既に其堵に安んじ又能く其務を成し之に加ふるに人々各其業を勵むの風あらは治國の業其盛を稱すへきなり例へはコ川三百年の太平は世界無比の安寧にして苟も兵革の事なきを以て治國の盛業と爲すときは實に東西古今の歴史曾て其例を見ざるものなり又其秩序の有無何如を論するときは特に禮樂征伐天子より出てざるの慊ありと雖とも文物典章燦然として見る可き有て四民各其務を成し君父兄長尊嚴上に在て臣子弟幼下に從順し鎖末の人事も自ら其秩序を存して猥に之を踰ゆるものあること無し安寧秩序の二者はコ川氏の政既に已に之を盡すと雖とも獨り改良の之に從ふことなきを以て安寧は人の姑息を養ひ秩序は人の固陋を成し舊慣故例を墨守して苟も無事なるを尚ふの風を成し以て邊疆一日事あるの日に及て全國震慄殆と收拾す可らざるの悲況に沈まんとせしも幸に先人の遺烈と世界文明の餘澤とにョて明治維新の治下に立つを得たるは不幸中の幸にして特り安寧秩序のョを以て國の鞏固保安を托す可らざるの適例として見る可きものなり

明治維新の政は所謂政治改良の急劇なるものにして安寧秩序の餘毒を一洗するの劇藥なり之を用るに當てや安寧固より顧るに遑あらす又夫の名君賢相が數十百年建置經營して立る所の秩序の如きも之を破壞掃除して人事の細大殆と變易を經さるもの無きに庶幾し然りと雖とも勢の趣く處人心翕然として破壞掃除の一點に向ひ之を敢て怨る者少なきは何そや又唯破壞掃除の多きを怨む者少きのみならす却て其尚未た足らざるを怨む者多きは何そや、他なし人心政治の積弊に苦て改良を待つの甚しき愚者の掬水を得て之に飽足せす直に江流に口して其渦膓を慰せんとするが如し改良を欲するの人心亦甚きを知る可きなり今夫羈軛あるの馬にして之を奔馳の央に駐め機關あるの車にして之を疾走の際に止るは良御も難しとする所なり馳走する者の俄に駐止し難きは理學家の所謂情力にして世の所謂勢なり馬にして鞭韃を加へ車にして馳度を高して又從て之を抑止せんと欲するときは啻之を止るの難き而已にあらす抑止の力果して強からしめなば馬仆れ車覆らん而已又何そ馳〓其〓業を得る可けんや我政府は維新の始めより人民を〓健叱咤して〓〓電奔を試みたるものなり其大甚だしきは云く〓〓數が〓〓を〓らざる、〓〓〓〓に〓し〓が是に〓せざると致〓〓〓〓〓〓〓〓〓を〓し日亦足らざるが如し然るに一旦〓〓として悟る〓〓〓やは知る可らすと雖とも俄に政〓〓〓の秩序保守の一方に向け〓の改良に熱心する者を厭惡するの状あるは果して策の得たるもの乎改良に熱心する者を厭棄するは果して改良を厭棄するの階梯ならざるを得る乎秩序を保守するは固より緊要なりと雖とも改良は平時に在ても政治家の最も重しと爲す所、況んや〓〓〓〓の際に於てをや秩序は改良の前に仆れて改良〓〓ちに立つものなり改良は勢に乘せされは行はる可らさるものなり時を利すれば無知の農夫も禾麥の豐熟を得、時を利せざれば家駝も荊棘を長すること能はす今や改良の途に在て乘す可きの勢に從ふは順なり易なり然るに其勵易を棄てゝ故らに〓〓を設け以て時勢の奔邊を遮斷せんとするあらば恰も〓〓電奔の際に俄に其車馬を駐ると一般にして其危きこと〓に可らざるものあらん

人或は遇慮して云はく本邦の人は其性質の輕兆なる〓良と相似たるあり今にして之を抑制せすんば佛國千七百年代の變亂を釀成するも測り難しと我輩の思ふ所は大に之と異なり若し人の言の如く本邦人の性質果して輕佻ならしめなば此は是れ國の不幸にして今後數十百年の敎育椏ゥを藉らせしは一朝一夕の抑制以て之を矯正し得へきものに非す又是の其性輕佻なりとするも今之を抑制〓〓〓るの人は誰そや〓しく〓し輕佻の本邦人ならすや恰も〓狂人にして酒狂人を制すると一般ならん耳況んや本邦人の輕佻ならさるは事實の以て之を證するあり三百年の太平無事は輕佻人種の能す可きことに非す又假令本來の性質輕佻なりと云ふも三百年の太平既に是を遇〓し了しり故に余輩の見る所に從へば本邦の人は久しく安寧秩序の敎化に椏ゥせられ却て敢爲改良の氣象に乏しきものなり維新以來の改良も其實或は敢爲の氣象に成らすして長上の命に順從するの結果なりと云ふ者なきに非す舊藩主に諭して藩籍を奪還せしめ士族に説て家祿を棄てしめたるが如きは事の最も著しきものにして細件に至ては〓の〓〓頭幀の内命説諭の如き亦以て其一端を見るに足る可し故に余輩が恐るゝ所は政府其針路を改良の方向より轉て〓たも秩序を保守するの一點に向はしめなば姑息〓〓の〓は竊に〓〓〓して再ひ〓し難きの勢を矯め、〓〓〓を〓ふるの士は〓〓の門戸〓〓するに〓を〓〓〓〓〓〓〓〓も民心を失ひ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の中に〓〓復た之を〓〓と〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓可らず又何〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓するの〓あらんや之を要するに〓下は〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の〓〓〓する〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓