「急漸論」
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時事新報に掲載された「急漸論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
急漸論
世の論者が動もすれは急進漸進の文字を用れとも其意味甚た解し難し進とは物の動て處を異にするの義なり處を異にするには發着二様の處なかる可らず二様の處既に明なれば其發處は如何なる性質の處にして着處は如何なる性質なるや之を説くこと緊要なり又急の字漸の字は大小長短等の如く相對して始めて意味を生するの字なれば爰に進の働を表するが爲に急漸の字も用ひんと欲するときに先つ運動の時間と〓者の距離とを定めて始めて其運動の急漸如何を見る可し例へば東京の新橋より横濱まて八里なり此距離を徒歩すれば凡そ八時間を費し氣車なれは一時間に達す可し故に徒歩は漸にして氣車は急なり其漸と急とは八倍の差なること明らにして兼て又其發處は新橋にして着處は横濱なれば處の性質も分明に辨別す可し此を用字の文理と云ふ然るに今論者が社會の形勢を語るに唯漠然として急進漸進の文字を用るは果して何を標準に立てるもの歟少しも解す可らず其進むとは何れの處を發して何れの處に着せんとする運動なる歟今年今月に見る社會の有様を以て發處と定めたる歟、然は則ち此社會の性質を如何なるものと鑑定して其進を着せんとする處は如何なる性質の處を目的とする歟、其急とは何よりも急にして其漸とは何よりも漸なるもの歟、加之急漸の議論を聞くは唯遅速の爭の如くに聞ゆれとも其進て着せんと欲する所の目的は双方共に同一にして其着處の性質に相違はなき歟若しも之を吟味せざるに於ては横濱より東京に向て急なるは東京より横濱に向ふの漸進のみならず正しく相反對するの奇談もあらん〓に案するに論者が急漸と稱するは時の遅速に非すして行事の粗暴なると丁寧なるとを云ふものにして其目的とする所も亦社會を文明にして政治を善良ならしむるに同案なることならん歟若しも然るときは急漸の文字穏當ならず或は粗密寛猛などの字を用ひて然る可きなれとも是れは姑く之を許し兎に角に我輩は行事の丁寧なるを賛成す可し然りと雖ども爰に又行事と云ふ其事柄の何事なるやを説明するに非されば〓〓可なるものあり如何となれは今この粗暴丁寧の二語に配するに活溌遅鈍の二語を以てするときは其事柄に由りて粗暴は即ち活溌と義を同ふし丁寧は即ち遅鈍の異名にして唯丁寧の名を聞て之を賛成す可からさるの場合あればなり宋人が其苗を?（堰の字の左がてへん）くは粗暴にして〓〓〓が横を〓〓〓〓〓てらんと雖とも其宋の〓〓〓〓には〓〓〓〓を〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓な〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
理を知らざるの理なしと雖とも〓てて〓に〓するに論者は所謂政黨を以て自から居る者にして社會全体の利害よりも又國權の得失よりも唯内國政黨の事に忙はしくして〓權の受授に苦勞し黨派の交代に心配して其交代を〓くと云ひ又これを緩慢に附すると云ふて相互に猜疑し嫉妬して爭ふ者には非すや斯の如きは則ち急進漸進は唯是れ政黨家の談柄にして我輩の事に非す我輩は之を是非する事をも屑とせざるなり畢竟論者が文理を知らずして明に巳が意を達する程の字を用ること能はさる者歟又は一文字中無理に様々の意味を附して様々に運用せしめんと欲するの志願ならん唯是れ小兒の戯として一笑に附す可きのみ今日我輩は流行の政黨外に逍遥して今後の方向を建置經營の一主義と定めたる上は急漸の二字中に局促するを好まさるなり例へば學問の事に於て千八百年代は西洋諸國にても一大變革の著しきものなれは意を〓して之を採り又随て我日本の學事を獨立せしめんとすれは〓めには舊學風の根底より之を顛覆して一〓片時も〓〓す可らず、又外國の關係に就ては我獨立國として一日も彼の輕侮を〓る可らず兵備なり交際法なり何れも政治に關して事の急なるものなれは今日の有様を發處となし我國權の海外に燿くの日を着處と定めて苟も此距離に進歩して目的に達す可きの方便あらは些細のものにても之を採用して急劇に〓まさる可らず、又例へば日本國中の人民に衛生〓育〓大切なるを知らしめ婚姻の風習を改めて以て〓〓〓〓〓〓〓の一事は我輩の多年希望する所なれ〓〓〓〓〓〓〓に〓〓の令を下たす可きにも非ず夫〓〓〓〓て〓〓〓〓にも非ず是等は全く人民の風俗〓〓に關する事なれは除々に運動せさるを得ず唯〓者の説論奨励に由りては數十百年の後〓に目的に達するの日もある可きのみ之を急にして益なく漸を以て功を奏す可きものなり、又漸進固より可なるのみならず〓〓進ますして退歩を願ふものあり即ち我輩は既に〓の〓〓〓の〓薄なるを厭ひ今後日本人をして其〓〓〓〓〓〓〓〓武士の如くならしめんと希望する〓な〓〓〓の方に向ては漸進尚且好まず却て〓〓〓〓に〓するに急ならんことを祈るのみ故に我〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓に非すして又甚た急進にし〓〓た〓〓〓〓者なり大方の君子急漸の二字を以て〓社〓〓許す〓勿れ