「各地の通信坊間の評論を聞く」
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本文
各地の通信坊間の評論を聞く
近頃各地の通信に據れは昨年の結尾に於て我政府は各府縣の長官を招集して何事か諮問協議を遂けられ其後て該長官は各其任所に歸るに及んて頓に府縣政治の方向を一變し是迄寬大の聞へある人にして忽焉干渉の政令を布く者あり政談を拘束する者あり政黨に加入す可らすと内達する者あり甚しきは部下の官吏に自由改進主義の新聞紙を讀むを禁する者ありと謂ふ而して今又坊間の評論を聞くに今度我政府は各府縣の警察官を招集して會議を内務省中に開れたるは全く近時自由改進の主義を主唱する辨士論客各地に出沒して政黨の團結四方に勃起するを以て之を鎭壓するの術策を打合さるる爲なりと謂ふ
以上の通信及ひ評論の如きは素より臆測の風説なれは悉く信憑す可らさるは明なりと雖ども斯の如き風説にして其實に近きもの往々寡なからさるを以て亦悉く之を無根の者なりとして看過す可らさるなり故に我輩は之を信憑する者に非されとも或は其實に近きものあらん歟と疑はさるを得さるに由り之を其實に近きものと看做して爰に其利害の如何を論究せんと欲するなり
倩々我政府の政畧を觀るに其進路は守舊保守の方向にあらずして自由改進の方向に在りと云はざる可らず何となれば則今の自由改進論者の論旨は國會を開設して以て人民の權利自由を擴充し政治の改良を謀る等の意味にして其夥多の論者中には稍々方向の異なる者もあらん又は性急過激なる者もあらんと雖ども大体の主義に至ては今の政府が近日に至るまで施行したると正しく同一致なるもの多ければなり乃ち彼の府縣會の開設の如き又彼の昨年の大詔の如きは則國會を開設して以て人民の權利自由を擴充せんとするの廟議に出てたるは我輩世人と共に深く信する所にして政府も自から知らるる所ならん又彼の本年より實施せられたる刑法治罪法の如きも最前立案の趣旨は或は條約改正の爲めにするにありしならんと雖ども政畧の〓〓をして若し守舊保守の方向にあらしめたらんには〓して此の如き寬大〓〓〓〓〓て設立せらるる事なきは〓を〓たざるなり故に立案の趣旨如何に拘らず之を自由改進の精神に由て設立したる者と謂はざる可らず其〓地租改正の如き電信鐵道の架設の如き郵便の如き教育の如き等一々枚擧するに暇あらざれども皆自由改進の精神より出てたる者に非るはなしと謂ふ可し
我政府政畧の進路は既に此の如く自由改進の方向に在り然るに何そ獨り近頃に至り地方に干渉の政略を施行せんとせらるる歟我輩人民は政府の意のある所を解する能はざるなり〓國會開設の期は明治二十三年なるを以て今年より其年に至る迄の間に人民の大詔に乖戻して其期を早急ならしめんと謀る者あるを恐れ豫め之を鎭壓せんとの廟議にて斯く地方に干渉の政畧を施行せんとせらるる者なる歟果して然らは我輩は大に政府の爲めに取らざるなり夫れ天下人心の傾向たるや其勢猶ほ水の下に流るるが如く得て制壓し易からず之を制壓するの法は唯其勢に從ふに在るのみ苟も其勢に逆て之を制壓せんとするときは勢益々激昂して遂に制壓す可らざるに至る密に制壓す可らざるに至るのみならず之か爲め國家の紊亂を惹起し慘状謂ふに忍ひざるもの古今其例寡からず今我邦人心の自由改進に傾向するの勢は恰も斯の如きに至りたるに非すや自由改進を希望するもの日々に多きを加へ殆と其勢に逆て之を制壓す可らざるに至りたるは既に識者を俟ずして知る可きなり是を之れ顧ずして政府は地方に干渉の政略を施行し以て制壓せんとするが如きは抑も亦何等の所見づや斯の如きは則却て其勢を援助して益々激昂ならしむるに過きざるなり故に今の時に當ては政府は宜しく益々其政略を寬大にし人心傾向の勢に從て之を制御し以て人心をして大詔に乖戻せしめざるを期すべきなり
且夫れ滔々の浪を■(さんずい+「能」の左側)々の始めに遏むるは甚た易しと雖ども其勢既に滔々たるに至れは之を遏る甚た難きは世人の知る所にして人心を統御するに於ても亦尚ほ然り故に政府は明治の初年に當り專制抑壓の主義を執る事に決せられ今日に至るも尚ほ自由改進の政畧は一切之を度外に放却して顧みす唯依然として守舊保守の進路をのみ執られしことならば必らずや今日人心の自由改進に傾向するの勢は未た■(さんずい+「能」の左側)々の始めに止まりしことならんと雖ども既に十有五条の間に於て自由改進の政畧を施行し來り人心傾向の勢をして斯の如く滔々たるに至らしめたるを以て今日に於て之に逆て制壓を逞くせられんとするは抑も亦遏んと云ふ可し之を未〓に防かすして既成に咎る者と云ふ可し、自から自由改進の先例を示して其例に效ふ者多きを憂る〓のと云ふ可し