「中央銀行」
このページについて
時事新報に掲載された「中央銀行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
中央銀行
我政府に於て中央銀行設立の企あることは既に世上に隱れなきことなるが或は株金は一千万圓にして内五百万圓は政府にて出金すると云ひ或は株金に對する八分の利益配當を政府にて請合ふ云ひ或は永代橋際に在る元開拓使の物産取扱所を以て該銀行の本店と爲すと云ひ或は全權公使吉田清成君が總裁(頭取)に命せられたりと云ひ種々の風説ありと雖ども我輩の聞く所に據れは該銀行設立に關する諸規則類は當時尚參事院にて評議中の由なれば前記條々の如く諸事既に決定したる譯にはあらざる可し然るに今我輩が最も知らんことを欲する者は此銀行は何の目的を以て設立するやの一事に在るなり或は云此銀行設立の目的は全國金利の割合を低下するに在り其方法たるや此銀行にて貸付金を爲すには他銀行等が要求する者より一二分の低利を以てし彼れ年一割二分の利足を要すれは我は一割にて貸付け彼れ年一割に低減すれは我は八分にて貸付け七分六分遂に全國金利の割合をして西洋諸國の如く年五六分の平均に至らしめて止む可しと我邦金利の高貴なるは從來實業者の憂る所にして斯る高利の資本を以て何業を營むも其利益を見ること難く銕道なり船舶なり鑛山なり諸製造所なり今日急要の諸事業も當時の如き理財の有樣にては迚も其業を企る者なかる可き程の勢なるは實に痛嘆に堪ゑすと雖ども畢竟するに全國金利の割合は種々無量の原因より起る自然の定則ある者にて一個人の私情を以て擅に之を左右し得可きに非す果して左右し得可くは我國既に利足制限法あり以て全國の金利を此範圍内に束縛し得可き筈なるに實際に於ては其決して然らさるを以て之を知る可し然るを一千万圓内外の小金額を以て日本全國の金利を永遠に低下せしめんとするは無稽至極の考案にして經濟論の一册も繙きたる者は之を口外するをも赤面す可きものなり故に政府が中央銀行設立の目的は全國の金利を低下するに在りと云ふは全く無根の妄言たるや疑を容れさるなり或は云く中央銀行設立の上は各國立銀行の準備金を悉皆監護預りするとの事なれは該銀行は全國銀行の集點にして〓て其監督者たるものなる可しと我輩思ふに各國立銀行の準備金を預かるは中央銀行設立に付序ながら取扱ふ一事情たるに止まり決して之を以て其目的ともす可き〓〓〓〓〓〓〓〓るや〓〓〓〓〓〓〓〓我輩は〓〓の心を以て政府の事〓を忖度し此銀行の目的は彼の英國銀行の英國政府に對する如き關係に立て政府の出納局と爲ることならんかと假定するなり其事務の要點を概言すれは政府の税金を預りて之を仕拂ひ或は一事大藏省へ金員を用達ることも爲す可し即ち此銀行は本店を東京に置き支店又は代理店を全國各要地に設け大藏省の収税委員より取立濟の税金を拂入るるときは其支店より其旨を本店へ電報し本店にては其金額を簿册に登記して大藏卿よりの預り金とす而して大藏卿は諸省の定額金を始め總て金員の支出を要するときは一切現金を受授せす單に銀行に宛てたる一片の引出し手形を交付して事を終る可し或ひは一年の中には税金収入の都合に由り銀行の預り金拂底になりたる時と雖ども銀行に於ては差支なく此引出し手形を引換へ其不足金額は大藏卿への貸金と爲す可し此の如くなるときは銀行は一年中大藏卿よりの引出し手形に對する丈けの用意さへあれは収税委員より受取りたる預り金は封印の儘金庫に積置くに及はず何樣に之を融通するも勝手なり世間若し租税徴収に依て金融の壅塞することあらは銀行は直に其収税委員より受取りたる金員を貸出し融通を爲すことなる可し
然るに今の大藏省の歳出入法は然らす一度収税委員の手に渡りたる金員は封印の儘之を國庫に納め置き支出の期至らさる間は再ひ民間に流通することなし現今我政府歳人の大部分を占るものは地税なり又其内にて用方税は三千○八十六万圓(十四年度の豫算)とす然るに此租税の金額を十一月一日より翌二月二十八日迄僅か四か月の間に皆納せしめて國庫に積置くことなれは民間に於てはこれが爲め既に通貨の流通額を減少したる上に又十二月大晦日の諸勘定仕切の季節となり其困難言ふ可らず爲めに此期中に限り金利一時に騰貴し金融壅塞の聲全國到る處として之を聞かさるは無し而して此際大藏省の金庫は一年中最も富實にして餘有ある時期なり然れとも大藏卿は其餘れるものを貸して民間の急を救ふこと能はず不都合に非すや此危急を凌き七八月の交には大藏省も其貯蓄の底と拂ひ一年中財政最困難の時に際すれは民間に於ては通貨饒多金融最も閑漫なり然れども人民は其餘れるものを貸して大藏省の急を救ふこと能はす不都合に非すや實に日本の金融法は滑らかならざるものの極度と云ふ可し故に今此中央銀行設立の目的をして全國金利の割合を低下せんとするか如き無稽の策にも非す又國立銀行の準備金を〓〓預りするが如き些事にも非すして〓〓〓政府〓人民の〓〓〓〓て事を〓〓〓〓〓〓〓〓〓て〓〓るに在りと雖ども〓〓〓我輩毫も〓〓する所なきなり