「中央銀行」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「中央銀行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

中央銀行

我輩は近日中央銀行設立の擧ある可しとの噂を聞き其目的は途上に風説するが如く日本全國の金利を低下せしめんとの無稽の考案にあらずして其政府に對する關係は英倫銀行の英國政府に於るが如く日本政府の出納局たらんには全國の金融上其便益少小ならず此銀行の用も亦大なる可しとのことを過日の紙上に詳論したり然るに我國に於ては古来經濟の學を講する者甚た少なく目下百五十の銀行を〓する銀行者其人と雖とも經濟の要旨銀行の仕組に付ては漠然として其如何を辨ぜざる者多し或は我輩の論説を半解し此中央銀行なる者を堂々たる日本銀行と爲さんには單に政府の出納局たる性質を付するのみにして足れり迚此理財上の大事件を〓忽に處置し過て國に害毒を遺す恐なきに非す故に我輩は又英倫銀行の仕組と銀行たる者の性質とを〓〓し重ねて當務者の注意を促す所あらんとす

英倫銀行は今を距ること二百年前千六百九十四年に創立したる英京倫敦の合〓私立銀行なり〓〓は當初小額のものなりしが次第に〓〓し〓に千四百五十五万磅(一磅は正金五圓)餘に上りたり目今英倫銀行の事務を大別して三類に分つ可し第一國債取扱事務第二銀行紙幣發行事務第三政府並に公衆に對する銀行營業事務以上是なり第一國債取扱事務とは當時英國政府の公債は七億三千百万磅にして公債所有者の數は凡廿一万人あり而して利子拂渡の期限は當時日本にて爲す如く一年両度毎半季渡しなりと雖とも之に關する一切の事務を取扱ふ者は日本の如く各府縣廳の公債掛にあらずして英倫銀行の公債掛なり同銀行は此公務を取扱ふが爲めに手數料として公債毎百万磅に付き三百磅七百万磅以上は其半額の割合にて目今は大客二十万磅を毎年政府より受取るなり此手數料は隨分洪大なる金額なれとも假に之を官の手に委ね政府をして自から其公債を取扱はしめは其費用當時のものより增加するや論を俟たすと云へり第二銀行紙幣發行事務とは英國政府には日本政府の如く政府の紙幣を發行することなく又英國の諸銀行には日本の如く銀行と名の附く程のものは大概紙幣發行を爲さざるものなきとは大に其趣を異にし紙幣發行の特權を有する者は全國中數行に過きす英倫銀行は則ち其一行なり而して其紙幣發行の法は千五百万磅に達する迄は政府の公債證書を抵當として發行し交換の準備金を用意するに及ばずと雖とも此以上に發行せんとするときは必す之え對する同額の正金を準備せざる可らず則ち千五百万磅の紙幣を流通して得る所の利子五十万磅内外の金額は全く無より有を生したるものにて其内凡廿万磅は此特權料及ひ證印税として政府へ納め實際銀行の所得となるものは毎年凡三十万磅なり英倫銀行の紙幣は合法通貨なること日本の諸紙幣の如し又英國に於て金塊を造幣局に持参し之を貨幣に造することを依頼するときは其需に應すること日本も同樣なりと雖とも其鑄造を終る迄の時日を猶豫せさる可らす便利中の不便利なり依て英國にては此金塊を英倫銀行に持参するときは少許の手數料を以て即座に正金と交換するの法にて是又紙幣發行事務の一部なり第三政府并に公衆に對する銀行營業事務中其政府に關するものとは英國政府八千万磅の歳入中其關税たり郵便電信料たり證印税たり國税たり雜税たるを問はす一切の収入金は毎日収税吏の手より直に英倫銀行に渡し銀行は政府の出納方となりて又其仕拂の手數を爲すなり而して銀行は此出納事務を爲すか爲めに政府より別段の報酬を受ることなし唯此預り金の入越高を一時私用して其利を収むる迄の事なりと雖とも出納の都合に依り時ありては銀行より政府へ向て貸越を爲すに至ることあるか故に一概に入越高の私用を期すること能はず又其一般公衆に對する營業事務とは他諸銀行の爲す如く顧客より定期無定期の預り金を爲し貸附金を爲し海外内国へ爲〓手形を〓〓〓爲〓手形を割引し公債証書為換手形株券等を預りて其金〓受取の代理を爲し金銀珠玉〓券の保護預りて爲す等を云ふものにして此第三類銀行最第一の緊要務なり

以上は英倫銀行の事務概記にして尚此外に外國貿易〓出入の不平均より生する全國理財上の困難をも此銀行の力を以て幾分か之を緩和豫防し英國必要の大會社たるなり故に我中央銀行なるものも確實善良なる仕組に從ひ猶英倫銀行の英國に於けるか如き地位に立たしめんには其便益必す少小ならさる可し唯當時の不換紙幣の仕組とは決して両立すへからさるのみ我輩又當務者に一言せんと欲するものあり從來我國諸銀行の仕組たるや利付きの公債証書を政府に預け之と引換に貴重の合法紙幣を受取り之を貸付て金利を収むるが故に一枚の公債にして二重の利子を受るに均しく所謂無より有を生するものなり試に全國の銀行役員表を一覧す可し頭取取締役以下〓〓藩士族ならさる者甚た稀なり而して其營業は單に金貸て爲すに止まるのみ士族の生兵法此貴重の任に當らしむ我輩國の爲めに慨歎せさるを得さるなり五七年の習慣銀行の文字を誤用誤解し日本人の銀行と西人の「バンク」とは其性質の間に大逕庭あるの今日なれは新設の中央銀行も銀行と名けて其名に誤まられ再ひ國立銀行の覆轍を蹈むの恐あるを以て必すや先つ其名を正くし新に適當の名を命し舊思想を一洗することあらは又正に反るの一〓ならん歟