「日本銀行條例」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本銀行條例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本銀行條例

我政府は豫て世上に噂して中央銀行と稱したる一種特別の新大銀行たる日本銀行の條例を一昨二十七日を以て布告せられ昨今兩日我新報紙上官令欄内に登録したれは讀者就て之を見らる可し

我國現今の有樣に於ては斯る大銀行の設立に由て全國の理財に一大變動を生し農工商業上に影響する所決して少小ならさるを以て世人は久しく其銀行設立の目的、其性質、其營業の事務等を聞知せんことを希望して措くこと能はさりしなり我輩今此條例を一讀するに至て稍其仕組と營業の有樣とを推知し得たるも其設立の目的に至ては一切之を知る可らず或は現今無數の小銀行全國に散在し之を統轄するの大銀行なきを憂へたる故か東京に千七百万圓の資本を有する第十五國立銀行なる者あり之をして此中央銀行たらしむること容易なる可し或は十五銀行は暜通の國立銀行にして政府の關係厚からず且つ同性質の銀行を以て他の同性質の衆銀行を統轄し或は其舊來の弊をも改めしめんとするには適當ならずとせんか幸にして橫濱正金銀行なる者あり政府の關係の密なること他に比類す可きものなく殆んど半官半民の大銀行と云ふ可きものなり或は此正金銀行を今日の儘に使用し或は今日の儘にて不適當の廉あらは十分に之を改革し此中央銀行たらしむること亦容易なる可し然るに政府の擧此に出てす新に一大銀行を設立するの勞を厭はさるを見れは其目的の在る所蓋し前記我輩が臆測する所の外なる可し依て日本銀行の設立の目的は到底我輩の知ること能はさるものとして之を閣き我輩は單に此條例に就て推知したる日本銀行の仕組と其營業の有樣とを左に開列し讀者の參考に供せんと欲するなり

日本銀行條例通計廿五條の内(第一條)には銀行の責任は有限にして負債辨償の爲に株主の負擔す可き義務は株金に止まるとあり尚其他の條をも參照するに此銀行は暜通の有限責任合資會社たるの性質を具へたるものと知るなり(第二條)には此銀行は本店を東京に置く可し大藏卿の許可を得るに於ては各府縣の首邑其他要用なる地方に支店出張所を設置し又は他の銀行と「コルレスポンデンス」を締約することを得とあるを以て本店を東京に構へ支店出張所を各地方に設置すと知るなり然るに此條に於て許したる限りの塲所に支店出張所を設けんとするときは三府四十四縣の廳下其他要用の地方例へは下の關、四日市、敦賀、石の卷等商業上要衝の地を擇び支店出張所をおくことならんと雖とも斯たては餘りに支店出張所の數多く其費用に堪えさる可し我輩の考にて目下全國中支店の設置を要す可き歟と指を屈するは五六個所に過きす其他は總て他の信用す可き在來の諸銀行と「コルレスポンデンス」を約する位にて十分なる可し又此條中に就て不審なる一事は外國に支店等を設置するの文字なきこと是なり我國の外國貿易は一箇年六千万圓以上にして尚年に月に增進す可きは疑を容れす此貿易を維持運行せんとするには銀行、滊帆船會社、保險會社等所謂外國貿易の器械なる者備はらざる可かず而して就中銀行は其用最も廣く其功最も大にして必須欠く可らさるものなり今若し此日本銀行にして一臂を仮して我貿易を助成せんとするか必すや支店出張所を倫敦、巴里、里昂、紐育、上海等に設け其他要用の地方には在來の外國銀行と「コレルスポンデンス」を締約して我貿易商に與るに十分の便利を以てし飽まて之を奨勵して措かす全國富強の基を固くせんとこそす可きに我輩之を條例中に見ざるは不審に堪えす或は此第二條中に外國に支店出張所を設置するの意味をも含蓄したるものなるやも知る可らず唯我輩の眼を以て之を見出すこと能はざるのみ(第三條)には營業年限は開業の日より滿三十年とし株主總會の決議に據り營業の延期を請願することを得とあり別に所見なし(第四條)には資本金は一千万圓にて五万株に分ち一株二百圓とす但し株主総會の決議に依り資本金の增加を請願することを得とあり資本金は漸次增加の傾ありと思はるゝなり(第五條)には株劵は記名劵にして日本人の外賣買讓與するを許さすとあり外國人は株主たることを得さるものと知るなり(第六條)には此銀行の株主とならんとするものは大藏卿の許可を受〓可しとあり此一條は其精神の何れに在るを知らずと雖とも有限責任合資會社の株主と爲るに大藏卿の許可を要すと云ふは直接に其理由を知るに苦しむなり或は株主の責任無限のものにして負債辨償の爲めには銘々の身代限り出金す可き會〓ならんには株主の責任甚た重く世間の信用に大關係を有するものゆえ株主なる者の身元を糺し猥りに株劵を所持せしめさること甚た當然なりと雖とも既に其責任は有限にして負擔す可き義務は其株金に止まるもの〓するときは何人をして株主たらしむるも實際の差支はなき筈なり(未完)