「局外窺見」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「局外窺見」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

(続き)

を食ひ、少年の士女が窮屈なる人力車を共にし、老大の男女が不器用なる「ダンシング」を試るが如きは、今日尚

これを傍觀して悦ばざる者多し。事柄の是非醜美に拘はらず、唯舊を改るの難きこと、以て知る可さのみ。

然ば則ち道德の一點に於ては、東西主義を同ふするのみならず、其發して一個人の行事に現はるゝ所も、廣く

社會の風俗習慣と爲りて人の耳目に觸るゝ所も、此彼相異なるものあらざれば、此點に就ては雙方共に誇ること

もなく侮辱すること心なく、互に其長を學て短を補ふこそ利益ならんのみ。雙方相互に他の短を擧げて之を駁撃

すれば際限ある可らず。例へば多年來橫濱にて發兌する西字新聞等には、往々我日本國の風俗を論じ或は人物を           評するに嘗て顧慮する所なく、眞一文字に其缺典を枚擧し其瑕瑾を攻撃し、甚しきは人の私事内行をも摘發する

ものなきに非ざるが如し。我内國の人も之を見れば聊か不平なきを得ず、時としては外人の擧動に就て評論を下

だし其論勢甚だ穩かならざる者もあり。孰れか先づ之を犯したる歟、今更これを論ずる心無益なれども、今日の

事實に於て斯く雙方より粗き筆法を用ひては、其眞情を達すること能はざるのみならず、學者士君子たる者の論

壇を低くして筆端の禮儀を失ひ、通ず可き情も通ずること能はずして、却て新聞紙の功用を空ふすることならん。

内外の爲に謀て我輩の常に遺憾とする所なり。殊に我國に於ては方今著書新聞紙多からざるに非ずと雖ども、橫

文の書を著はし又は橫文に飜譯して我國情を外國に報道する者あるを聞かず。苟も外國の士人が自國に在て日本

の事情を知らんと欲する者は、唯僅に橫浜の橫字新聞を讀むの方便あるのみなれば、橫濱の新聞紙は外國の士人

の爲に日本の國情を寫す鏡の如く、日本人の言論を傅ふる反響の如し。故に此鏡にして寫眞を誤り、此反響にし

て正音を紊ることあらば、我國人の不幸のみならず、外人の不利も亦大なること固より論を俟たず。是卽ち我輩

が特に橫字新聞紙に向て注意を望む由緣なり。                    〔七月二十一日〕