「局外窺見」
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時事新報に掲載された「局外窺見」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
道德の域を去て詩書、圖畫、彫刻等、美術風致の事に至ても東西少しく趣を異にし物と品とに由り之に心を用
るの深淺あるのみにして大なる差違を見ず。例へば西人は家屋の外部を飾り、我國人に室内の裝置に力を用ひ、
西人は器物四夫乙美を盡して裏面を等閑にし、我國人は人の見ざる所に錢を費す等の‘如し。唯僅に趣を異にする
のみ。彼の國にて圖畫彫刻の巧なるぱ羅馬の時代より傅へて今に至り、殆ど神妙と稱す可きもの少なからず。殊
に寫眞畫法の如きは日本人の曾て知らざる所にして、近年に至てこそ少しく之を學ぶ者もあれども、其初に於て
は實に我國の畫工をして驚愕せしめたるものたり。近來聞く所に據れば、日本流の畫も彼の國に於て大に名聾を
博したりとの事なれども、或は西人が自國の舊に倦て他の新を喜ぶの好事に出でたる唯一時の流行には非ずやと、
我輩は竊に掛念する所なり。彫刻の術も東西大同小異なることならん。唯日本に固有なるは刃物の製作なり。從
來我國職工の用る刃物は、大抵皆付刃鐵とて、鍛鐵の體に薄く剛鍼を付け、之を平面に硏て裏と爲し、表の鍛鐵
の方より斜に刃を作て剛鐵の部分のみを利用す。之を付刃鍼の片刃と云ふ。或は兩斜刃のものにても、鍛鐵を割
て其間に薄き剛鐵を挾む。之を挾刃鐵と云ふ。斯くの如く剛鍛の二品を合せ用るときは、剛鐵の利用に於ては毫
も異ならずして刃物の折るゝことなく、且これを硏ぐにも殼も勞力を省く可し。都て我國の彫刻又は一切の指物
細工等、今日の巧に達して、其指物の如き、遙に諸外國の上に位するを得るは、此付刃鐵片刃の巧用居多なりと
す。日本にても往古の刃物は都て丸刃鐵なりしかども、今を去ること三百八十年、永正年中の頃、付刃鐵の法を
工夫したりと云。又或る古實家の説に、片刃の創始は小柄ならんと云ふと雖ども、其小柄の始まりさへ甚だ不分
明なれば、時代を考ふ可らず。三才圖繪に、小にして紙を裁し機を設る刃あり、長門より出づ、兼常と號す云々
とあれども、兼常の時代詳ならず。何れにも鎌倉北條の時代より小柄の製はありしものならん。左れば此片刃の
法を職工の刃物に用ひたるも年久しきことなるや疑ある可らず。何れにも付刃鐵片刃のエ風は我彫刻指物の美術
を一新したるものにして、今日に在ても其利用の巧なるは聊か他に對して誇るに足る可きものならん。
又清潔に注意するも文明の一要事にして、先づ其國に入て其人民が清潔に注意する歟、汚穢を意に介せざる歟
を見て、自から其文不文を卜するに足るものあり。西洋の人がよく此旨を重んじて、衣服の垢付きたるを嫌ふこ
と甚しければ、我日本人も身に垢付くを忌むこと甚しくして、貴賤貧富の別なく、毎日全身浴を行はざれば一兩
日を隔てゝ浴す。如何なる地方にて如何なる職業の人にても、一週に一浴せざる者はたがる可し。市街の掃除、
西洋諸國に於て盡さゞる所なし。荷蘭の如きは古來清潔を以て名を得たるものなれども、我國の風俗も亦荷蘭に
恥ぢざる者多し。此一點に就て我日本を東洋の諸國支那等に比較すれば、實に天淵の差異にして恰も別世界の如
し。固より下等社會は何れの國も同樣にして清潔の事に注意するの遑を得ず。加之衞生の原則に暗合が爲に、學
者の眼より視て往々不都合なるもの多しと雖ども、苟も日本國中々等以上の家に於ては内外の掃除に注意せざる
者なし。全國如何なる貧困の民家にても、苟も家の形を爲して住居する者に、家の内外に用る二樣の箒を備へざ
るはなし。毎朝座中の塵を掃ふは無論、咫尺にても地面あれば塵芥を止むるを好まず。又日本人には一種の風を
存し、清淨を重んじて不淨を忌むと云ふことあり。例へば足を洗ふ器にて顏を洗はず、顏を洗ふ器に食物を入れ
ず、食器を拭ふ布を以て手を拭はず。器の種類を計ふれば、人身の下部に屬する褌裙を濯ぐもの、尋常の衣裳を
濯ぐもの、面部及手を洗ふもの、食器を洗ふもの、直に食物を入るゝもの、凡そ此五種五等の區別は甚だ頴敏に
して、貧窮の甚しきに由て妨げらるゝに非ざれば之を紊亂する者なし。況や下部の排洩物の如き、之を恐るゝこ
と甚だし。一滴の汚を受けたる器は何樣に之を洗ふも尋常の用に供す可らざるものとせり。日本人が始て西洋諸
國に行き、其國の習慣として此清淨不清淨の區別甚だ穎敏ならざるを見て、心を痛ましむる者多し。畢竟この區
別は道理に基きたるものに非ず。不清淨なりとて目に觸るゝに非ず、鼻を犯すに非ず、唯我國古來の風習にして
吾人の情に感ずること他國人よりも穎敏なるまでの事なれども、此風習を存して毫も人事に害なきのみならず。
家内の秩序を維持して最も清潔の旨に叶ふものなれば、之を日本固有の美風と云て可なり。 〔七月二十五日〕