「局外窺見」
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時事新報に掲載された「局外窺見」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
以上所論は、深く運輸交通の事に入り、又岐別して遂に專ら道路の談に亙りたれども、今本章の大趣意を概言
すれば、其旨とする所は西洋智學の大切なるを説くに在り。我日本の改進を謀れば、第一、物理の原則を根據と
して實際の形體上に進歩せざる可らず、第二、近時西洋に於て形體上の進歩に著しきものは運輸交通の方便にし
て文明の骨髄とも云ふ可きものなれば、我れも亦意を鋭くして此方便を求めざる可らず、第三、西洋の智學を學
て其方便を實施するには、人々文思を養て事物の利害を間接に視察すること大切なり、蒸氣船車の制、固より盛
にせざる可らず、郵便電信の法、亦然り、近來は我國人も漸く是等の利を知て之を非とする者少なしと雖ども、
獨り全國一般の道路橋梁に至ては輕々看過するものゝ如し、畢竟國人が利害を間接に見る能はざるの罪なり云々
の旨を述べたるものなり。抑も我國は二百五十年太平の末に、頓に國を問て外國の人に接し、然かも其外國人は
近時文明の外國人にして、之と改進の歩を爭はんとするは實に至難の事にして、苟も日本國人にして智力あらん
者は智を以て愚を導き、財力あらん者は亦其財力を貸して共に進歩を謀る可きは、國人相對の義務なること又疑
を容る可らず。而して政府は國力の集る處にして、其力を人民に貸すは卽ち政府の義務なれども、其力を貸すに
當り動もすれば一方に偏するの弊なきを得ず。卽ち國民中の誰れを保護して彼れを疏外するの悪弊にして、之が
爲に大に民心を痛めしものなきに非ず。斯の如きは則ち一方の保護を以て他の一方の怨を買ふものなれば、固よ
り政府たる者の得策に非ず。保護の事たる甚だ良しと雖ども、之を施すの方法亦難しと云ふ可し。故に今運輸交
通を便にするは國の大計に於て焦眉の急なりと云ふも、特に何人を保護して何事を起さしめ、特に何社に力を貸
して何物を作らしむる等の趣向にて、限あるの保護を限あるの人に貸すが如きは却て大計を誤るものなれば、一
般の法を設けて國中一般に之を施行せざる可らず。彼の電信局郵便局に資本を增加す可しと云ふも此趣意にして、
其他鐵道航海等の起業なり、一切この普通の法に由るを要す。此點より考れば、全國の道路に一般の成規を設け
て中央の政府より之を保護するは、最も無毒無害の法にして、間接に殖産を助るの一大策たる可しと信ず。
官民の間は親密を貴ぶと云ふと雖ども、此親密とは無形の情に關する文字にして、有形の事に及ぼす可らず。
政府と人民との間は其情固より親しくして密なる可しと雖ども、有形の事物に就ては其間は勉めて疏緣なるを貴
しとす。公平は疏緣の間に生じて親愛は不公平の母なりと云ふも)可なり。故に政府の保護は固より間接にして其
間の愈遠くして愈公平なる可きの理由以て知る可し。例へば一地方に土地開墾の爲にとて政府より保護するは、
とならん。先輩の常に警しむる所、西洋説の糟粕を嘗る勿れと云ふと雖ども、暇令ひ糟粕にでも之を嘗るは尚嘗
めざるに優る。朝に一書を讀で一糟を嘗め、夕に一説を聞て一粕を嘗め、次第に糟粕を嘗め盡したらば遂には佳
境にも入る可き歟。然るを老大の古學先生に非ざれば武勇豪氣の士人が、洋學の精紳を論じて漢流の評を下だし、
文思の穎敏なる者を御するに武断の簡單なるものを以てし、唯一概に西洋説の糟粕を叱咤するは遺憾に堪へざる
所なり。我輩も數年前までは一個の漢學者にして兼て又日本普通の武人なりき。先づ和漢文武の糟粕を嘗めて叉
西洋の糟粕を嘗め、漸く勉強して近時文明の佳境に入らんとて熱心する者なれば、今の老大の先輩も、西洋の糟
粕を叱することなくして先づ其糟粕を嘗ること、我輩が昔年和漢の糟粕を嘗めたるが如くならんことを願ふのみ。
〔七月二十九日〕